39.『秘書兼親友の女の子』

「おーい、リアちゃ〜ん!」


「あ、ココロっ!」


 今度廊下の向こう側から現れたのはこちらを押し潰そうとする瓦礫の塊でもサイコパスショタ野郎でもない、空色の女の子だった。

 長身でわたしにも負けないほどの美少女。そして胸がでっかいうらやましいな──ココロ・ローゼマリーだ。


 身に纏うのは帝国軍の軍服であるが、真っ赤に染め直したその色は三大将軍の秘書の証。そして胸ポケットから燦然と輝くのは白いハンカチだ。


 最高評価を受けた聖女の証。


 エリート街道を爆走するわたしの部下であり、ちょっと恥ずかしいけど親友でもある。


 しかし、どうにも気になるのが、ココロの胸囲とその外見。少しばかり大き過ぎやしないか。いや、本人が実害ないって思ってるなら良いんだろうけど。帝国軍って基本的におっさんたちがたむろしてる動物園だし心配になる。皇帝管轄の帝国軍でそんなことをしてみれば一発アウトだから、そんな事が起こるはずもないのだけれども。そもそも軍服のサイズ合ってなくないか? まあ事情は分かるぞ。昔の帝国軍は男ばっかりだったからそういう女物の軍服を仕立てるのに職人さんが慣れてないというか、そんな理由で採寸をミスっちゃったとかなら。最近は皇帝の働き方改革というか私欲というかで帝国軍にも女の子が多く入ってきているみたいだし、時間が解決してくれるはずだ。


 うんうん。つまり、なーんにも問題ないな!


「はい、ピース!」


「え、あ」


 ぱしゃり。ココロのかざした魔石が光を放つ。

 多分写真を取られたのだろう。ココロが魔石を覗き込んで真剣な顔をしているからすぐにわかる。


「うん、いい感じ! メイド服のリアちゃん……はぁ、はぁ……ふふっ、へへへ……」


 魔石に映し出されていたのは半笑いでカワイイポーズを取っているわたし。流石ブラックデッド家の最高傑作。絶世の美少女が写し出されている。


 処女雪のような白髪に深海を覗き込んでいるような群青色の瞳。背は低くて、手足が伸びきっていない。幼い容姿に見えてもわたしはココロと同じれっきとした十六歳だ。


 でも、ちょっと恥ずかしいな。いきなり写真を取られるだなんて。


「ココロ?」


「ごめんね。でも気にしないで。個人利用しかしないから肖像権は大丈夫だよ」


 そこは別に気にしてないけど、個人利用か。……ふむ。


「何に使うの?」


「……………………あ、あるばむ……とか?」


「そっか! アルバムか! 親友……うん、親友だしそういうのは当たり前だよな! うんうん!」


 何だかココロが微妙にこっちから目を逸らして顔を赤らめているがどうかしたのだろうか。熱でもあるのだろうか。


「なあ、ココロ。もう疲れたしお風呂一緒にいかないか? このメイド服、なんだかいつもの服と違って慣れなくて……早く元の服を着たいんだ」


 早くお風呂に入りたくてもじもじしている自分がいる。


「お掃除は大丈夫? 皇帝陛下に任せられたんだよね?」


「へーきへーき! 廊下掃除なんてあってもなくても変わらないって! だってほら!」


 背後を指差す。

 瓦礫に死体、そして血溜まり。どれもわたしが掃除を始めたときから数分で出来たものだ。


 ルナニア帝国の王城がこんなブラックデッド家に勝るとも劣らない魔境だなんて知らなかった。知っていたら聖女になんて絶対になっていないね。一生引きこもっていたもん。


「だから大丈夫!」


「……ごめんねリアちゃん。何が大丈夫なのかさっぱり分からないよ」


 正直に言うことにした。


「さっきちびったからパンツがやばいんだよ。早くスッキリしたい」


「完全に理解したよ、大丈夫だから絶対に他の人には言わないでねっ!!」


「う、うん……」


 ちょっと引くぐらい大きな声だった。ココロは即座に私の手を取って大浴場へとスタスタ歩き始める。

 広すぎる城内で遭難した経験のあるわたしからするとすごくありがたい。


 こうしてココロと手を繋いで歩いていると、城のメイドさんたちからはまるで姉妹だと言われることがあった。背の高いココロがお姉さんでわたしが妹かな。

 色々言いたいことはあるけど、実際のところココロの方がわたしの何倍も人としてしっかりしているから文句は言えない。


 そういえば、ドーラ姉さんとアリスは今ごろ何しているのかな。やっぱり戦場で人をぶっ殺しまくっているのだろうか。このところ毎日のようにアリスは自分の部屋に遊びに来るし、服が血まみれのときもあるし、たまに生首を担いで来るし。


 ……うーん、やっぱり自分は父さんに橋の下で拾われた子供だったりしないだろうか。しないんだろうな。


 世の中ままならねぇな、ちくしょう。

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