38.『メイド聖女と殺人鬼、命の危機を添えて〜』
ルナニア帝国の王城の廊下には真っ赤な絨毯が敷かれている。
端っこに金糸なんかが編み込まれている豪華仕様だ。脳死で洗濯機なんかに突っ込んでしまえば大変なことになる。本当にこれだから貴族や王族は嫌なのだ。見栄を張るのが命だからな、あいつらは。
「ジュースとか絨毯にこぼしたら拭けばいいじゃんか……血がぶち撒けられたりした場合はどうすればいいんだろ……?」
王城の廊下は皇帝の豪華絢爛な趣味嗜好を反映してか、とにかく長いし、めちゃくちゃ広い。
わたしは今、廊下の絨毯をゴシゴシしている。掃除をしているのだ。朝からずっと──あ、やばい。腰からグキッてなってはいけない音がした。痛い。死にそう。
「……くそう、くそう……」
どうしてこうなったのか?
それは勇者を一回殺してしまったせいだ。わたしことリリアス・ブラックデッドは異世界勇者(名前はアズサ)になぜだか知らないが決闘を挑まれ、そのまま返り討ちにして殺してやったのだ。
あれはとても気持ち良かった──とか、そんなことは言ってはいけない。なぜならわたしはバーサーカーしかいない帝国で数少ない平和主義者なんだからな。うん。
その後ちゃんと神殿で勇者も蘇ったし、それで終わったと思ったのだ。……王城の廊下掃除とかいう皇帝の罰さえなければ。
イザベラの神殿事件から一週間が経った。
新進気鋭の見習い聖女にして四人目の三大将軍(准)『根絶やし聖女』リリアス・ブラックデッド。
今日の仕事は廊下掃除である。
「なんで王城の廊下にこんなに血がついているんだよ……ありえねぇだろ……」
誰かがここで殺し合いでもしたのだろうか。
さっきなんて片腕が転がっていたのだ。多分右手だと思う。千切れ飛んだのをそのまま放置したのだろう。
片付ける人の事も考えろ、野蛮人どもめ。
こんなことに慣れてきた自分が怖い。そろそろ退職をするべきかもしれない。
わたしは一応聖女なんだぞ。
「……ん?」
ふと、何やら耳慣れた音が聞こえてきた。絶叫&悲鳴、そして轟音だ。あ、今回はそこに誰かの高笑いもプラス。
廊下の向こう側に目を向けると。
いきなりぶっとい王城の柱が回転しながらこちらに突っ込んでくるのが見えた。
「ひぇっ」
ぼけっと突っ立っているとそのまま柱は背後の壁をぶち抜いて雷鳴のような音を立てながら辺り一帯を粉微塵に粉砕する。わたしの身長が三センチ高かったら首から上が吹っ飛んでいた。世も末である。
「な、なななっ……!?」
「──せんぱ〜いっ! どこですか!? 隠れてないで出てきてくださいよ! ぶった斬りますよ! アズサせんぱ〜いっ!!」
疾風を伴って姿を表したのは、淡いふわふわとした金髪とつぶらにきらめく青い瞳が特徴的な少年だった。
帝国軍の軍服をあたかもマントのように羽織っており、手には抜き身のものすごい長さの刀が握られている。誰かこいつを銃刀法違反で今すぐひっ捕らえろ!
「すいませんっ!!」
「な、何だよ」
ずいっと、いつの間にか真正面にいる。素直に怖い。
ってか、距離が近いな、引っ付いてくんな!
凶器を持った人間がこっちに寄るんじゃねぇ!
「メイドさんですよね。一つお聞きしたいことがあるんですっ」
「いや、わたしは……その」
キラキラとした視線に押されながら、曖昧に言葉を濁す。
今のわたしの格好は、いつもの黒ワンピース(妹のやつ)ではない。
黒と白のコントラストが素敵なメイド服である。
当初、皇帝はめちゃくちゃ露出の多い変態趣向丸出しの服を無理やり着せようとしてきたが、わたしが泣きわめいて全力で抵抗した結果、なんとかまだマシなメイド服を勝ち取ったのだ。正義は勝つ。
王城のメイドたちを巻き込んで三時間に渡る攻防を繰り広げた出来事はまだ記憶に新しい。
負けたはずの皇帝がわたしのメイド服姿を見ながらにやにやしていたのは気になったけど。
つまるところ、わたしはメイドもどきだ。本職ではない。
「……何かメイドさんに用でもあるのか?」
「アズサ先輩を知らないですか? アズサ先輩っていうのは勇者様のことなんですけど」
知っている。前にわたしが首をふっ飛ばした相手だ。あいつ、今度は何をやらかしたのだろうか。
「魔王討伐三日目の晩に魔物の群れに轢き殺されて、帝国の神殿に帰ってきてるはずなんですけど、なかなか連絡が来なくて」
「へー」
アズサは元の世界では高校生とやらをやっていたらしい。平和な世界だ。いきなり魔物の群れに放り込まれて勝てというほうが難しいだろう。
「勇者パーティの仲間たちはみんな一旦帝国に戻ってきてアズサ先輩を探してるんですけど、知りませんか? 例えば、どこか行きそうな場所に心当たりとかあったりとか」
つまり、目の前の少年は死んでしまったアズサを再び戦場に引きずり出すためにやってきたらしい。
うーん、わたしには関係ないな。勝手にやってくれ。
「残念だけどわたしは知らないんだ。他を当たって──」
刃が奔った。
わたしの隣に立っていた柱が真っ二つになって崩れ落ちた。
「嘘ついていたら殺します」
「本当だよ怖いなお前っ!?」
ちびりそうになってしまった。
にこやかに殺意を剥き出しにしてくる。本当に怖い。倫理観が死んでいる。
むー、と唸ってから。
「メイドさんでも知らないのか。しょうがない。しらみつぶしに尋問してぶっ殺──……あ、お時間を取ってごめんなさい!」
「おい今何つった」
「ボクは勇者パーティー所属のシロって言います。仲良くしてくださいねっ! それでは〜!」
嵐のように走り去っていく少年ことシロ。向こう側で再び轟音と悲鳴が響き始めたがもう自分には関係ない。勝手にしろ。
「……うぅ」
ぺたり、とへたり込む。
めちゃくちゃ怖かった……。
あいつの壊した柱ってわたしが弁償とかしなくてもいいんだよな。間違いなくあいつの責任だし。
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