S-3.『バニーメイド服戦争 〜決着の刻〜』

「ふむ。……あなたたちがリアを捕まえたのね。素晴らしい、素晴らしいわ」


「はっ。恐縮でございます。皇帝陛下」


 金髪縦ロールを先頭として、十数人のメイドたちが後ろに並んでいる。

 そして、わたしは縄でぐるぐる巻きにされて、俯いていた。


 ここは玉座の間。わたしの一番嫌いな場所で、『バニーメイド服戦争』の終結の地──。


「約束の金貨百枚よ。上手く使いなさい」


「……ありがとうございます」


 深々と礼をして、金髪縦ロールは皇帝の前から離れて、後ろに並んでいるメイドたちに合流した。


「さて」


 皇帝が玉座から降りて、わたしの前にやってくる。


「罰なのに、逃げ出しちゃ駄目よね?」


「……」


「王城の廊下掃除やってもらうわよ?」


「……分かったよ」


 満足げに頷くと、


「じゃあこの服を着て、掃除をしなさい」


 空間魔法の穴を、皇帝は空ける。

 そして、ひらひらと舞い降りてくるだろう、今回の騒動の原因となった邪悪な衣装──『バニーメイドシリーズ、露出度四十九パーセント』……!


「……っ」


 今だっ!


 身体は縄でぐるぐる巻きだが、手は縛られていない。事前にメイドたちに伝えておいた手信号の通りに手を素早く動かした。 

 皇帝は降りてくるであろうバニーメイド服に夢中でわたしとメイドたちのやり取りには気づいていない!


 そして、皇帝が空けた空間魔法から、いつまで経ってもバニーメイド服の姿は見えてこなかった。


「あら?」


 うしっ! 作戦の第一段階は成功だ!

 皇帝が空けた空間魔法──の、更に奥側にバニーメイド服がすっぽり入るだけの小さな空間魔法の穴を開けていたのだ!


 その小さな穴を作り出した術者はメイドの一人。そして、メイドたちは他にも数人ほど空間魔法の使い手がいるとのこと。

 そのメイドたちの間で渡し合いっこをすれば、皇帝からバニーメイド服を取り上げることが可能なわけよ!


 手持ちにないものは、着せられない。


 わたしの頭脳の勝利! びくとりー!


「……面倒くさい」


「え……?」


 次の瞬間、この部屋全体の光が一瞬だけ明滅したような感覚がした。内臓がひっくり返るような気持ち悪さ。……これは、【魔法探知】?


 皇帝の眉が動く。


「なるほど。リアも考えたわね?」


 ば、バレてる……?


「テルマ、べナサール、グリス、ミシェーラ……今挙げた四人以外、元の持ち場にて自身の職責を果たしなさい」


「っ、……」


 困惑顔をしつつ、メイドたちが帰っていく。

 やがて、金髪縦ロールとその他三名が残った。見事に空間魔法の使える人たちだけが残された。……もしやこの皇帝、部下の魔法適性とか全部覚えているのでは……?


「あなたたち、リアに何かを吹き込まれたのでしょう?」


「ふ、吹き込むなんてそんな人聞きの悪い」

「聞いてみれば全て分かるから。──【余は、正直な人が大好きよ】」


「なっ」


 魔眼が輝く。向けられた先は、メイド四人組だった。

 超絶勇者アズサも日頃からチートチート言っているけど皇帝の方がよっぽどチートだろ、それ。


「はい。リアさんから空間魔法で皇帝陛下の持ち物『バニーメイドシリーズ、露出度四十九パーセント』を盗むように言われました」


「はい。リリアス様は『バニーメイドシリーズ、露出度四十九パーセント』を厩舎で飼育しているグリフォンに食べさせるとのことです」


「はい。『バニーメイドシリーズ、露出度四十九パーセント』は様々な耐性を持つ素材でできているため、リリアス・ブラックデッド様は大変に悩んだ末、人の骨も溶かすと言われるグリフォンの胃酸に目をつけました」


「はい。すでに当該グリフォンには我々メイド部隊のメンバーが付き従っております」


 ……。

 魔眼による制御が終わると、メイドたちはあわあわとこちらを見てくる。


 うん、終わったよ。もう……全部……。


「なるほどね。随分と用意周到、そして計画的かつ厩舎の動物まで利用するという大胆さ。余はそういうの、嫌いじゃないわ」


 皇帝は玉座に腰掛けて頬杖をついた。そうしてこちらを不敵に見つめてくる。


「衣装を壊すことでメイドたちに与えられる金貨が無くなることは考えなかったのかしら?」


「……皇帝ならそんなせこいことしないだろ。それに、わたしの新衣装だろ? 所有権は元々わたしに譲渡するつもりだったじゃんか。わたしのものならグリフォンの胃の中にあっても、皇帝の空間魔法に入ってても同じだし……」


 皇帝は声を上げて笑った。

 笑う要素あったか?


「良いわよ、その狡猾さ。余は大好きだわ」


「わたしは皇帝が大っ嫌いだよ……」


「それは上々。余は嫌われ者になることには慣れているから」


 慣れないでくれよ。何だか悲しくなるじゃんか。


「人に好かれる人間になるように努力してくれ」


「余は努力する人を見るのは好きだけど、自分が努力することは嫌いなの。悪いわね」


 そして、このセリフだ。嫌になってくる。


「さて、返してもらうわよ。余の『バニーメイドシリーズ、露出度四十九パーセント』」


 皇帝が指を鳴らす。

 瞬間、メイド四人組の隣にそれぞれ空間の穴が引き裂かれるように開かれて、中身がバラバラと落ちてきた。

 飲み物、食べ物……食器にそれぞれの衣服まで。


 お、あれは今わたしがはまってる恋愛小説じゃんか。

 それに金髪縦ロールの隣に空いた穴からはガシャガシャと大量のゲームソフトが落ちてきていた。金髪縦ロールが顔を真っ赤にしている。

 王城メイドは真面目そうに見えて意外と娯楽に飢えているのだ。

 わたしもゲームはする方だし、なんなら好きだぞ。友だちになれるかもしれない。


 というか、完全にこれって個人のプライバシー無視されてるよな……。


「……あら?」


 最後のゲームソフトが音を立てて落ちてきたところで、空間魔法の中身暴露大会は終わった。

 バニーメイド服は誰の空間魔法からも出てこなかった。


「どういうことかしら?」


「もうあの変態衣装ならグリフォンの胃の中だぞ。厩舎に待機してる子に空間魔法でリレーして送ったんだ」


「…………」


 そう。

 玉座の間に集ったメイドは、全員ではない。


『はい。すでに当該グリフォンには我々メイド部隊のメンバーが付き従っております』──つまるところ、空間魔法で奪った後はすぐに厩舎にいるもう一人の空間魔法の使い手であるメイドの下へ衣装を送ったというわけだ。


 そして、変態衣装はグリフォンがもぐもぐしてくれた。あいつらは何でも食べるし、何でも消化するからな。昔ペットで飼っていたやつに頭を食べられそうになってえらい目に合ったことを良く覚えている。


「……余が詰問する時には、すでに終わっていたというわけね」


「そうだぞ、皇帝。残念だったな、やーいやーい」


 煽るわたしと手で顔を覆う皇帝。メイドたちが青ざめた。

 皇帝は、ため息をついて手をしっしと振りかざす。


「……はぁ。もう良い。テルマ、あなたに一つ勅令を与えるわ。リアにメイド服を着せなさい。あなたたちが普段着ている標準のもので構わないから。メイド長には余から伝えておくわ」


「……分かりました、皇帝陛下」


 金髪縦ロールが落ち着いた様子で頷いた。


「……ふふふ、勝った、勝ったぞ……! わたしは皇帝に勝ったんだ!!」


 ひゃっほーいっ、と飛び上がって喜んでみる。メイドたちにちょっと引かれた。


 だが、関係あるものか!

 これで、あの夢は回避されたのだ!


 わたしは、自由だ!


 こうして、わたしと皇帝とメイドとその他大勢を巻き込んだ『バニーメイド服戦争』は、肝心のバニーメイド服の消失という、わたしの勝利で幕を下ろしたのだった!!


 正義は勝つ! 覚えておけよ、皇帝!!


 ◇


「リアはあれで終わりだと思ったのかしら?」


 その日の深夜。

 皇帝が寝室のクローゼットを開く。


 そこには、新品のバニーメイド服があった。その隣には海賊服が、その隣にはナース服、その隣には異世界の女子高生の制服、その隣には──


「ふふっ……」


 皇帝は、一着の衣装を取り出した。

 帝国の服飾規定により、一般衣服の露出度の指定は『五十パーセント未満』であることが規則によって決められている。

 しかし、これは──布面積は極限まで削られて、圧倒的エモーションでセンセーショナルなメイド服。──いや、水着。

 水着とも怪しい布面積を誇るそれは、もはや一歩間違えれば全年齢対象から弾かれる危うさを秘めている。


 その名は──ッ!


「『バニーメイドシリーズ、露出度七十二パーセント』……ふふ、ふふふっ」


 皇帝の名の下に、強権を発動した結果手に入れた違法なブツ。しかし、法律の頂点に立つ皇帝が握れば、それは違法なブツから認可物に変わるのだ……。



 ここで、始まりを振り返ってみよう。

 夢の中。リリアスは皇帝にどんな衣装の着用を強制させられたのだろうか?

『四十九パーセント』などという甘っちょろいもので、本当にあったのか?


 果たして。

 悪夢は、本当に終わったのか?


 その真相は、まだ誰も知らない──。

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