S-2.『バニーメイド服戦争 〜冥土鳴動メイド〜』

 その日、ルナニア帝国の魔石から強制通信が発せられた。

 魔石の映像で映し出されたのは、玉座の間に座る皇帝。そして、足を組み替えて、パチンッと指を鳴らした。


『余の足元までリリアス・ブラックデッドを連れてきなさい。報酬は金貨百枚。殺さない程度によろしく』


 その通信が各魔石に届いた瞬間、ルナニア帝国の王城はわたしを捕らえるための蟻地獄と化した。


「なんでなんでなんで!! なんでこうなった!?」


 王城の中を逃げ回る度、文官に出会う度、三大将軍(アリスだった)に出会う度!

 みんなUターンして、こちらを追いかけてくる!


 そんなに欲しいか金貨百枚!

 この金の亡者め!!


 文官の伸ばしてきて手がわたしの足に絡まる。転びそうになったわたしをココロが支えた。


「……──」


 ココロは手を伸ばしてきた文官の耳元で何かを囁く。

 家族……息子さん……トマトジュース……美味しいですよね、などという声が微かに聞こえてくる。


 ねぇ、何話してるの?


「ひっ!? それだけは」


 顔面蒼白で汗と鼻水を垂れ流す文官。即座に反転して、わたしたちを追いかけてきた連中と交戦を始めてしまう。

 それを見てココロがにこにこしていた。


 んん? どういうこと?


「でも皇帝陛下って思ったより優しいよね」


「これの、どこが、優しいって!?」


 優しいの定義を辞書で調べてほしい。


 文官たちの放った捕縛用の電撃魔法が次々と周囲を丸焦げにしていく。

 止まってる場合じゃねぇ!


「だって、たったの金貨百枚だよ? お金持ちならわざわざ私たちを追いかけてこないでしょ?」


「それは……そうかもだけど」


「ルナニア帝国は強い人が偉いからね。お金持ちは大抵強い人。つまり、私たちを追いかけてきてる人は皆クソザコナメクジなんだよ! 貧乏人でどうしようもない人!」


「──」


 ココロは素敵な笑顔を輝かせていた。毒が強過ぎる。


「あの人も」


 柱の陰から飛び出してきた文官はココロの【衝撃波】の魔法で一撃で吹き飛んだ。


「この人も」


 雪崩を打つようにして押し寄せてきたメイドたちを踏みつけて、前に進む。


「みーんな、クソザコナメクジ!」


「誰が、ナメクジだって言うんだ、アア!?」


 さっきの火魔法を乱射していたおじさんが、ズドンッと王城の床を突き破って登場してきた。

 完全に復讐の鬼と化している。


「あの人誰?」


 エルタニアに殴られたのか顔が赤く腫れてふらふらしている。


「知らない」


「この俺を知らないだと!? 調子に乗るなよ、小娘ぇ!!」


 本人は怒ったつもりだろうが、グラタンの具材がそのまま顔についている。まるでバースデーケーキに顔を突っ込んだおっさんのようだった。いまいち迫力にかける。


「リアちゃん! 掴まってッ!」


 ココロがわたしを抱えて大ジャンプ。そのまま中庭の噴水をびしょびしょに浴びて、突き抜ける。

 次の瞬間、すぐ後ろに炎の竜巻が突き刺さって、大爆発が起こった。

 一瞬で熱湯に変わった噴水の水がわたしに降り注いで思わず悲鳴をあげてしまう。


「何なの、あれ!?」


「上等攻撃火魔法【火焔渦】──こんな危ない魔法をぽんぽん使う人なんて……もしかして第四師団長『放火魔』のハンマー・ドラリゲル!?」


「二つ名みたいに言ってる単語、完全に犯罪者のそれなんだけど」


 中庭は完全に炎が回って、火炎地獄の有り様になっていた。

 追いかけてきた文官やメイドたちは、炎に阻まれて中庭に入ることが出来ない。

 ココロの肩を借りて、ふらふら進むわたしの前に噴水をぶっ壊した第四師団長が立ち塞がる。


「さぁ! ふざけた小娘の逃避行はここで終わりだ! 俺の楽しい朝食の時間を邪魔した罰を与えないとなぁ?」


 ライオンのようなたてがみにグラタンのキノコがくっついていて、やはり迫力に欠けていた。

 だが、第四師団長の頭の上で渦巻いている巨大な炎の塊が灼熱を発していて、じわじわとわたしたちは追い詰められていく。


「くぅ……ココロ、勝てそう?」


「絶対無理。二秒で灰にされる」


「ココロが二秒だったら、わたしは一秒だな」


 炎の刃が飛んできた。それを転がって回避する。すっ飛んでいった炎は大爆発して、王城の壁を粉々に打ち壊した。


 命の危機なのでは?


 たらりと汗が垂れる。

 なんで聖女がこんな目に合わないと行けないんだ?


「ここはお互いが悪かったってことで示談に──」


「俺は何も悪くない。貴様が悪い」


「ねぇココロ! この人正論しか言わないよ!?」


「王城で火魔法をぶっ放す人が正論側かぁ……」


 ココロが遠い目をし始めた。


 帰ってきてよココロ!


「バーベキューがお似合いだよなぁ!? さあ、踊れ! 灼熱の鉄板の上で焼ける豚肉のように!!」


「わたしは豚じゃないよ! おまえ最低だな!!」


 灼熱の炎を纏った拳が振り下ろされる。わたしが咄嗟に目を閉じた、その時だった。

 エルタニアが中庭を覆う炎の壁を一撃で切り払い、突撃してきたのだ。


「第四師団長ハンマー・ドラリゲル! 落ち着いてください、でないと殺しますよ!」


 物騒だった。


「エルタニアァ! テメェ、また邪魔すんのか!?」


「彼女は皇帝陛下のお気に入りです。殺せば貴方も殺されますよ」


「うっせぇ! なら簡単だ! 小娘を焼き殺した後に皇帝もぶっ潰せばいい!」


 第四師団長が次々に火炎弾を飛ばすが、エルタニアは邪悪なオーラを纏った巨剣で切り払って撃ち落とす。


「安易な脳筋発言は謹んでください、第四師団長」


 次の瞬間、エルタニアの巨剣が振り下ろされて、炎が一掃──中庭に底が見えないほどの断裂が刻まれた。脳天直撃。普通の人ならば確実に死んでいる。


「……やりましたか?」


 そのセリフはまずいって。


 案の定、断裂から勢いよく炎を噴き上げて飛び出してきたのは、第四師団長だ。エルタニアの巨剣を頭突きで弾き飛ばす。


「だあっははははは!! どうした、どうしたぁ! その『ダリスダーテの巨人の剣』の切れ味はこんなモンじゃねぇだろうがよぉ!!」

「ちっ、相変わらずうるさい……!」


 第四師団長の手に握られているのは炎の刃。足元の地面が爆裂し、二人は超音速の剣戟を繰り広げ始めた。


「はぇ……すっごい」


 完全に、超次元バトルに突入してしまっている。

 文官やメイドたちも目を丸くして目の前で繰り広げられている戦闘に見入っているし──


「よし、この隙に逃げ──」


 振り返ると、ココロが崩れ落ちていた。


「ココロっ!?」


「……ごめん、ね……リアちゃん……」


 見ると、顔が真っ赤に染まっている。あの炎と熱湯が入り乱れる空間で熱中症になってしまったのだ。


「私は、もう……ここまでだから」


「な、なに言ってるんだよ……ココロ」


 嘘だろ……?

 たかが『バニーメイド服』を巡る争いでココロに怪我をさせてしまうだなんて……。


「……っ、ごめんな、ココロ!」


 最初から皇帝の指示に従っていれば、あの変態的なメイド服を着て、屈辱を飲んでいれば、こんなこと起きなかった!

 わたしは、本当に──


「だから……私をおいて、逃げて」


「そんなこと、できるわけないだろ……! こんな危ない場所に一人にしておけるか!」


 床に崩れ落ちたココロの手を握る。

 どうしてこうなったんだ……。


 どうして、どうして──!


「──捕まえました」


 次の瞬間、手を群衆の中から飛び出してきた一人のメイドに掴まれて、近くにあった扉の奥に強引に連れ込まれた。わたしが手を握っていたココロも一緒に。

 扉が閉まると静寂が訪れる。


「え……?」


 目を上げると、わたしとココロの周りはメイドたちが取り囲んでいた。どうやら王城メイドの宿舎に引っ張り込まれたらしい。

 ひそひそと声が交わされる。


「この子がリリアス・ブラックデッド?」「そうそう金貨百枚」「で、私たちの仕事を奪う不届き者」「私たちメイド部隊が城の掃除する予定なのに」「ちょっとシメる?」


 じろじろと見られる。完全に敵国に捕まった捕虜の扱いだった。というかシメるってなんだ。わたしはお魚じゃないぞ。


 メイドの一人が前に進んできた。豪奢な金髪を縦ロールに飾った、いかにもなお嬢様メイドだ。

 貴族の中には自分の子供を進んで王城メイドにする家もあるという。あの皇帝のもとに送り出すなんて、親の顔が見てみたい。


「ねえ、金貨百枚さん」


 もう名前になっちゃってるし。


「わたしはリリアスだよ……リアって呼んでくれればいいから……」


「リアさん、私たちは金貨百枚がほしいんです。どうか犠牲になってくれますか?」


 直球。わたしの尊厳に死ねと言われたようなもの。


「金貨百枚でなにすんだよ! どうせお菓子を買ったりとか服を買ったりするんだろ!」


 そこら辺のリア充みたいにな! わたしの尊厳をリア充の養分にしてたまるか!


「使い道? そんなの決まってます」


 顔を背けてぷいっとしていると、金髪縦ロールは言った。


「故郷への仕送りです。うちの領地に嵐が直撃して被害が多く出ています。お金が必要なんです」


「……」


 嘘だろ。

 そんなこと言われたら黙るしかないじゃねぇか。

 謝らなくちゃいけない雰囲気になるじゃん。

 そんな真剣な顔をこっちに向けないでよ……。


「お願いします」


「やめてよ……ずるいって……」


 自分がバニーメイド服を着て?

 廊下掃除をすれば?

 彼女たちが助かって?

 ひいては多くの人々の生活が助かる?


 わたしの尊厳と多くの生活。天秤にかけるならば、いかに。


 頭をフル回転。

 覚悟を決める。


「……分かった。君たちが、わたしを皇帝のところまで連れて行ってもいい」


 どこかほっとしたような表情で、金髪縦ロールはわたしの腕を掴もうとして、


「だだし、これを見てからだ!」


「なにを……?」


 わたしは魔石を取り出した。

 映し出されるのは、先ほどこっそりと撮影しておいた写真だ。皇帝が得意満面の笑みで『バニーメイド服』を広げている。

 その様子に、流石のメイドたちもドン引きしたようだった。


「……なに、これ」「こんなの服じゃない」「私たちの神聖なメイド服をこんなに改造して」「ありえない」「何そのうさ耳……ちぎりたいんだけど」「てか、メイド服っていうより水着じゃん」


 散々ドン引かせた後、いそいそと魔石をしまってわたしは叫ぶ。


「わたしが皇帝に捕まったら、こんなのを着せられて廊下掃除をするんだ!」


 沈黙。


「……だから、なんですか? あなたが着るんですよね?」


 え、嘘。

 みんな冷たくない?


「め、メイドさんの印象とかイメージとか、ブランドとかが多分めちゃくちゃ下がると思うぞ!?」


「……」


「わたしが目立つような服を着て、目立つような失敗とかするんだ。メイドさんのイメージはだだ下がりだろ! それでも良いのか、メイドさん!?」


 ひそひそと会話が交わされる。

 どうしようか、とかそんな感じ。しかし、金髪縦ロールの視線はまだ固まったままだ。


 くそう、こうなったら──


「考えてもみろよ! あの変態な皇帝だぞ!? わたしがこの服を着て毎日を過ごしてたら、あいつは止まらなくなるぞ……きっと、この王城にいる全員のメイド服をこの『バニーメイドシリーズ、露出度四十九パーセント』にするに決まってるだろ!?」


 どこからか小さな悲鳴が漏れた。

 明らかにざわつきが大きくなる。


 どうだ!?


 ──名付けて、死なばもろとも作戦だ!


 皇帝の変態性を利用した作戦。いつもエルタニアをメイド服にしてそばに置いている皇帝だ。その醜聞は城のみんなに轟いているはず……!

 流石の金髪縦ロールもみんなを巻き込んでのバニーメイド服は嫌に違いない。


 金髪縦ロールは、プルプルと震えだした。


「……しかし……しかし……それでも、故郷の復興のためには金貨百枚が……!」


 ……。


 止めてよ!

 めちゃくちゃこっちが悪いみたいじゃん!


「だからさ、取引をしようよ」


 一斉に視線がわたしに集まる。……たくさんの視線が集まるのには慣れてない。ちょっとゲロ吐きそうになった。


「……取引、ですか……?」


「そうだ。そっちは金貨百枚が手に入って、こっちは変態な服を着なくてもいいっていう取引だ」


 わたしは、どきどきする心臓をなだめて、指を二本立てた。


「こっちからお願いすることは二つ。それを聞いてくれたら、わたしを皇帝に突き出しても構わない」


 金髪縦ロールは、迷った後、ゆっくりと頷いた。


「……分かりました」


「まず一つ目。ココロを医務室まで運んでほしい」


「それは当然です。怪我人は早急に医務室に運ぶのが常識でしょう? あなたは私たちを何だと思ってるんですか?」


「いや、その……頭のおかしいバーサーカーをいっぱい見てきたからつい……」


 良かった。これでココロは何とかなる。

 いつも助けてくれて、本当にありがとうな、ココロ。

 そう思いながら、頭を撫でてやると「えへへ……」と気の抜けるような鳴き声を漏らして眠ってしまった。かわいい。


 よし。

 次は──


「後は……この中に、空間魔法が得意なメイドさんっているか?」

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