Side Story 1 バニーメイド服戦争

S-1.『バニーメイド服戦争 〜始まりの夢〜』

「ハァ……ハァ……!? ゆ、ゆめ……?」


 わたしは飛び起きた。寝間着のパジャマは汗が染み込んで重く、息は全力疾走した後のように荒い。


 夢を見ていた。

 それも、とびっきりの悪夢を。


 わたしが昼食にスパゲッティーを食べていると、なぜかめちゃくちゃ露出度の高い変態的なメイド服を来たエルタニアさんが飛び込んできたのだ。


 そのまま連れて行かれ、玉座の間。

 全国民が見ているような衆目の只中、皇帝は口を開く。


『余はリリアス・ブラックデッドを聖女から解任することに決めたわ。これからのリアはただのお掃除係のメイドさんよ』


 ココロが涙ながらに手を振って離れていく。


『ああ、リアちゃん……さようなら!』


 なぜ?


 アズサはココロの肩を抱きながら、にやにやしていた。


『私はココロちゃんと結婚するから、勇者は寿退社させてもらうわ!』


 ココロが連れて行かれる。


 そうして、一人残されたわたしは、王城メイドの見習いとして廊下掃除に励むのだ。


 ゴシゴシ。

 ゴシゴシ。

 ゴシゴシ。


 いつまでも続く廊下。ふと、周りを見ると誰もいない。

 目の前には皇帝の姿がある。にやにやしていた。


『聖女に戻りたいかしら?』


 戻りたいっ! ココロも何だか様子がおかしいし、もとに戻してくれ!


 皇帝は笑う。


『だったら、この『バニーメイドシリーズ、露出度七十二パーセント』を着て、余に忠誠を誓いなさい』


 そうして、わたしはバニーガールメイド服にされると背中に皇帝を乗せて四つん這いのまま王城を巡り出した。

 エルタニアさん、ココロとアズサ、ソフィーヤさんが拍手喝采でわたしが聖女に復帰することを喜んでいた。アズサはわたしのお尻を蹴ってきた。

 遠くで家族がわたしを見て笑っている。屈辱だった。


『見て見て、お馬さんだー!』


『こら、指を指しちゃいけないだろ』


 アリスは相変わらず。その隣にいるのは……?

 幼い顔をしたわたしが、バニーメイド服を着て、皇帝を乗せ、這いつくばるわたしに向かって吐き捨てるように呟いた。


『聖女って、なんなの?』



「うわぁああ、あああ、うあああああああ!!」



 頭を抱えて叫ぶ。


 凄まじい悪夢だった。

 今でも冷たい床にひざまずいて、皇帝の温かいお尻が背中の上に乗っているような感覚がある。


「……んん? リアちゃぁーん……?」


 ココロがわたしの大声に寝ぼけ眼を向けてきた。ペンギンの寝袋が可愛らしい。

 頭を撫でてやると「えへへ……」と溶けたような声を漏らして再び眠りの世界へ沈んでいった。


「くそっ、なんでこんな夢を……」


 確かに『聖女』に対して少し疑問が湧いていたところだった。

 魔王軍に突貫してこいと命令されて、死ぬ気で断ったのが数日前である。

 疲れが溜まっている。

 イザベラの言葉が耳の奥にまだ響いている。

 こんな精神状態だから、夢見が悪くなるのだ。


「……もう一度寝よ」


 とりあえず、忘れるためにココロを湯たんぽ代わりにして、目を閉じることにした。


 その悪夢が不幸の予兆に過ぎないことに、わたしはまだ、気づいていない……。




「余が来たわ。敬いなさい」


 翌朝、食堂で朝食でパンにいちごジャムを山ほど塗っている最中、皇帝がさっそうと現れた。傍らにはエルタニアを連れている。

 周りにいるメイドさんや聖女、文官などは突然現れた皇帝にひざまずいたり、スプーンをテーブルの下に落として呆けていたりしていた。いっそ哀れだ。


「皇帝陛下……!?」


 ココロは皇帝に向かって警戒した眼差しを向けて、わたしを背中に庇ってくれた。

 ありがたいけど、完全に扱いが猛獣のそれだよ。


「ココロ・ローゼマリーに用はないわ。楽にして頂戴」


「いえ、私はリアちゃんの一部ですのでお気遣いなく」


「そ。構わないわ」


 ん? 今の会話おかしくなかったか?


「今日も可愛いわね。良い匂いもするし」


 皇帝がわたしの髪の毛をさわさわし始めた。こいつやば過ぎだろ。


「シャンプーは何を使っているの?」


「じ、実家から送られてきたやつだよ……」


「なら今度から余のものを使うといいわ。あなたの髪は極上だから、余の匂いと同じでなければ気がすまないの」


「…………」


 エルタニアさんにメイド服を着せていたことからも分かっていたけれど。こいつ、まごうことなき変態である。


「それはそうと、リアの罰が決まったわ。これを言うために今朝は訪れたのよ」


「へ?」


 何だそれは。嫌な予感しかしないぞ。


「ば、罰? なんの?」


「勇者殺しの罰よ。まさか、イザベラとともに大聖女の仕事の手伝いをしただけで罰が終わったとは思っていないでしょうね?」


 皇帝は図々しくわたしの向かいの席に腰を降ろして、脚を組んだ。輝かしい金髪がさらさらと流れる。

 最悪である。なんで朝っぱらからこんな顔を見ながら朝食を取らなければならないのか。

 ほんと、黙ってれば美幼女なのに。


「そこのあなた。サンドイッチと紅茶をお願いしてもいいかしら?」


「は、はいっ! 命にかえても!」


 近くにいた一般文官が餌食となり、何度もつまづきそうになりながら、厨房へとかけていく。そんなもんで命をかけられるほど、命って安売りされるようになったっけ?


 どうやら皇帝には人の気持ちを考えるということが出来ないようだ。


「罰は前にも言った通り、王城の廊下掃除よ。メイドたちに混ざり、メイドから教えを請いなさい」


「王城の廊下掃除……」


 いちごジャムを山ほどの塗ったパンを一口食べる。甘さと酸っぱさのマリアージュ。やはりいちごジャムは最高だ。


「城内の廊下の距離を合計すると、軽く一キロメートルは越える。それを雑巾で這いつくばりながらゴシゴシするの」


「い、一キロ!? そんなの無理だろ!」


「あなたの姉であるドーラ・ブラックデッドにも昔同じことをさせたわ」


「ただの拷問だろ、それぇ!!」


「その後は顔を合わせても一週間は無視されたわね」


 肉体労働な拷問だ。

 皇帝の下した罰とは、本当に罰だったのだ。


「……ん?」


 しかし、ここでわたしはふと今朝見た夢を思い出す。

 夢でも同じように廊下を這いつくばっていた。


 しかしっ!

 変態的な服を着ない、皇帝を背中に乗せて四つん這いにならないなどの違いがある!

 残念だったな、夢の精霊! 正夢をわたしに見せようなど、正月に出直してこい!!


 メイドからサンドイッチの乗っている皿を目の前に置かれた皇帝は、お腹が空いていたのか迷わずサンドイッチを掴んでパクリ。


「む」


 一口食べた後に、サンドイッチのパンを取り外して、卵やチーズの間に挟まっていたきゅうりを横に並べ始めた。好き嫌いは良くないぞ。


「でも、王城の廊下掃除をその服で行うのは良くないわよね?」


「……?」


 皇帝がわたしの服装を眺める。

 確かに雑巾がけには向いてないワンピースドレスだとは思う。スカートが汚れるかもだし。


 んん?

 嫌な予感がする。


「そんなリアのために新衣装──作業服を用意しておいたわ」


 皇帝は空間に穴を空ける。

 というか、空間魔法ってめちゃくちゃ難しくて高度な魔法のはずなんだけど、ルナニア帝国の上層部はポンポン使うな。

 その穴から引っ張り出していたのは──


 うさ耳のついたキャップに、フリル満載のやけに露出度の多いドレス……


「ひっ」


 思わず喉から小さな悲鳴が漏れた。


 夢で見た。

 夢で見た!


 夢で見たことある!!


「バニーメイドシリーズ、露出度四十九パーセント──」


「わぁああああああああ!!!!」


 テーブルをひっくり返して逃げ出そうとしたわたしの腕を、がしりと誰かが掴んだ。

 いつの間にか正面に回り込んだエルタニアがいた。相変わらずメイド服を身にまとって、こちらに向かって表情筋が死んだ顔を向けてきた。

 思念波が伝わってくる。


 逃さねぇぞ、こら。


「八つ当たりだろ! 自分がメイド服を着させられたからってそんな」


「ねぇ、リア。余は、可愛い子が大好きよ。可愛い子は可愛い服を着なくちゃならないの。これは世界の法則なのよ」


 皇帝がにやにやしながら、変態衣装を持って近づいてくる。尊厳の危機を感じる。人としての尊厳だ。


「ただの私欲だろぉ!? こんなパワハラ許されてもいいのかよ! 労基に訴えるぞ!」


「労基は買収した。もはや敵はいない」


「──」


 ここは世紀末か?


 とにかく!


「わたしは、そんな服──ぜってぇ、着ないからな!」


「暴れないでください。別に死ぬわけでもあるまいし」


「生と死の二面で判断できるほど人間は都合良いように作られてねぇんだよ!!」


 腕を振り回す。ぶんぶん振り回す。

 当然わたしを締め上げたエルタニアには指一本届かない。

 だけど。


 腕を振り回した拍子に、水の入ったグラスが吹っ飛んでいった。グラスはこの騒動からできるだけ離れようとしていた文官の後頭部に見事命中。


「グワァー!?」


 グラスが粉々に砕け散り、その文官は死んだように(たぶん本当に死んだ)ぶっ倒れた。


 その文官が持っていた熱々のグラタンが宙を舞って、軍人たちが集まっていたテーブルの方へと飛んでいく。


 そのうちの一人──筋骨隆々のおじさんが何事かと振り返った。熱々のグラタンが見事に顔面にぶち当たった。


「──…………」


「は、ハンマーさん?」「落ち着いてください!?」「早く皆を避難させないと──」


 周りの人が必死に宥めたが。

 その軍人がむくりと、立ち上がった。


 相変わらず顔面に熱々のグラタンがへばりついたまま。視界も塞がった状態で──


「誰だぁ! ブッコロシてやるッツツツツ!!」


 火魔法を辺り構わず乱射し始めた。


 テーブルが砕け散り、炎の刃で何人もの軍人が火だるまになって転げ回った。パニックがパニックを呼んで、メイドや文官たちが逃げ惑う。


 黒煙が立ち込め、怒号と悲鳴が食堂を満たす。

 平和で優雅な王城の食堂はいつの間にか地獄絵図に早変わりを遂げていた。


「……ねぇ」


「なあに、リアちゃん」


 ココロはこちらに飛んできた火魔法を【反射】の魔法で打ち返しながら答えた。……打ち返した火魔法は厨房に飛んでいき、大爆発を起こしている。


「これってわたしのせい?」


「バタフライエフェクト……カオス理論」


「ん?」


「なんでもないよ。たぶん、運命とかそんな感じだと思うな」


「そっか! わたしのせいじゃないんだな!」


 なら、安心だ!


 わたしを捕まえていたエルタニアは、いつの間にか火魔法を乱射しているおじさんと殴り合っているし、皇帝は──


「本当にこの衣装嫌? これを取り寄せるの大変だったのよ? それに露出が多いように見えて完全耐火、防水、防衝撃の素材を──」


 ……何も変わっていなかった。

 この地獄絵図の只中にいても、バニーメイド服を掲げてキラキラとした目でこちらを説得しようとしてきている。ありえねぇ、頭どうなってんだ。


「とにかくっ! わたしはそんなの絶対に着ないからな!! ココロ、逃げるぞ!!」


「二人きりの逃避行!? 行くっ!」


 わたしは妙に張り切っているココロの手を握って、悲鳴あふれる食堂から全速力で逃げ出した。


「……ふふ、ふふふっ。余から逃げ切れるとでも? このルナニアの王城は余の身体と言っても過言ではないのよ? ──必ず捕まえてみせるわ、リア」


 こうして、わたしと皇帝の『バニーメイド服戦争』が幕を切って落とされたのだった──。

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