35.5.『烈日帝の喝采』
とある寝室にて、一人の少女が枕に顔を埋めて脚をバタバタしている。
少女の視線の先には、魔石から届く映像がリアルタイムで映し出されている石板があった。そこには黒く染まった激烈な魔力を撒き散らすリリアス・ブラックデッドの姿がある。
髪は雪色から漆黒に染まり、瞳は紅色に染まっていた。
「あっはははっ、最高、最高よっ! やはりあたしの目に狂いはなかったわ! なんていう魔力なの……? ぞくぞくしちゃうわ……っ!」
ルナニア帝国皇帝、アンネリース・フォーゲル・ルナニアだ。
彼女はまるで年若い少女のような仕草で、喜びを表現する。
ぴょんとベッドから飛び降りて、大きな棚のなかから魔石を取り出す。そして、コツコツ爪で叩くと。
『……何用でしょうか、アンネリース皇帝陛下』
ソフィーヤの声が聞こえた。魔石に向かって心弾むままに、興奮した口調で矢継き早に言葉を送る。
「視界を共有してあげるから、リアの活躍を見るのよ! やはり素晴らしいわ! あたしの目に狂いはなかった! 記憶を弄って、性格まで反転してあげたのに、それを全て乗り越えたのよ! あたしの術は千年塔の賢者でも解けないのに、それをリアはココロ・ローゼマリーの補助があったとはいえ意志の力だけで解いてみせた!! 本当に、素晴らしいわ!!」
『落ち着いてください、陛下。子供じみた態度は、あまり公には晒さないでください……そういうのは、夜伽の時だけにしてください。後、一人称が戻っていますよ。皇帝の一人称は『余』です。『あたし』じゃありません』
ソフィーヤの忠言が届き、皇帝は頬をむっと膨らませる。
「夜伽だって、ただ一緒に紅茶を飲んでいるだけじゃないのよ……。あなたが皇帝のイメージ作りに励むのは分かるけどね、いい加減、窮屈になってきたわ」
『今度お忍びで遊園地でも動物園でも行きますから……今は我慢してください』
「約束ね。あたしパンダとキリンが見たいわ」
『……分かりました、皇帝陛下』
ソフィーヤと視界を共有する魔法を編むと、途端に驚きの声が向こうから発せられる。それを聞いて「うしっ」と一人拳を握りしめると。
『皇帝』らしい声と態度に戻して、皇帝は厳かに囁いた。
「どう見るかしら、今のリリアス・ブラックデッドを」
『……まるで、あの悪夢の再来ですね』
「リアの父も難儀なものよ。余を守るためとはいえ、攻め込んできたリアに十回以上は殺されたのだから。ソフィも二回殺されたのよね?」
『……あの姿、かつて相対したことを思い出します。魔王でさえ、あれほどではなかった。……一回目は、気づいていたら神殿で復活していました。二回目は剣を交えるところまでは行ったのですが……惜しくも』
苦々しく吐露するのは、かつてソフィーヤとリリアスがぶつかった戦績。ソフィーヤは皇帝の居城まで攻め込んできたリリアスと戦った。
結果は惨敗。彼女の父であるはずのテオラルドの首を目の前に放り投げられた時点で思考が止まり、次の瞬間には神殿で復活していた。
正しく化け物。あれほどの殺戮者は、全世界を見渡しても皇帝と魔王しかいないだろう。
『そんな彼女が大人しく陛下に封印されるだなんて……一体何があったのですか?』
「そうね、あなたはその時死んでいたんだっけね。……ただの賭けをしたのよ。友の命を交換に、リアの記憶と性格を代償にしてね。あのリリアスが『平和主義者』だなんて、本当におかしなこと。でも、リアは聖女になった。そして、今も必死に聖女足らんと、友を救おうと献身を重ねている……」
皇帝は含み笑いをすると、大きく手を広げてこの場にはいないリアに向かって語りかける。
「かつての初代聖女は、世界平和を願った末に自らの敵を全て滅ぼす殺戮者に変貌し、結局世界に討たれた。──リアは、どうかしら?」
皇帝の黄金の瞳は爛々と輝いて、リリアスの姿を目に映していた。
「さあ、見せてみなさい。人の輝きを。友を救おうと願う、少女の願望を。余が作り出した逆境を跳ね除ける意志の力を!」
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