33.『逆賊との邂逅』
神殿の前の大広場にて、一人の老婆が魔法陣を描いている。そして、そこを囲うように建てられた首の落とされた神像の肩の上に、影絵のような奥行きのないヒトガタが座っていた。
老婆の名はイザベラ。ルナニア帝国の大聖女だ。
ヒトガタはアルファ。魔王軍に属する魔族だ。
彼女らは帝国の心臓部たる神殿を破壊しようと工作している最中らしい。
「……やばい……緊張してきた……」
物陰に隠れて、逆賊の二人を見ながらわたしは大きく深呼吸した。
まずはココロがどこにいるのかを確かめなくてはいけない。その後、どうにかして二人をやっつけるのだ。
「この魔法陣……あなたの指示通りに描いていますけど、本当に神殿を破壊などできるのですか?」
この声はイザベラだ。
「我を疑うのか。まさに皇帝の犬だな。未だに皇帝に未練があるとは。神殿を破壊すれば間違いなくお前は皇帝に見放されるだろう。どうする? 今からでも止めておくか?」
こっちのなんだかザラザラした声はアルファとかいう魔族のものだ。なんだ、その黒くてのっぺりした身体。どういう仕組みなんだ?
「冗談を言わないでください。私は、私の信念に従って、神殿を破壊するんです。魔族であるあなたに協力している意味を履き違えないでください」
「くっくっく……果たして、お前の信念は本当に純粋なのかどうか……」
二人が会話をしている中、わたしは物陰から観察しついにココロを見つけた。
「……ココロ……っ!」
魔法陣の中央に鎖で簀巻きにされている。ぴくりとも動かない様子からどうやら眠っているらしい。死んでいないことを願う。
二人をどうにかする方法を考えていると。
「よくきたな、皇帝の私兵」
後ろから声がした。振り返ると誰もいない。……いや、自分の影が揺らめいている。やがて、影が動きを止めて、無数の目玉や口が現れた。
「お前一人か」「リリアス・ブラックデッドだな」「皇帝にも舐められたものだ」「自国の生命線である神殿を守る役目をこのような子供に押し付けるとは」「勇者も出してこないとは」「まあいい」
無数の目玉や口が一斉にギョロギョロするのは素直に気持ち悪い。
「とりあえず死ね」
「──ッ!」
自分の影がいきなり盛り上がり、わたしを包み込もうとする。慌てて転がって躱すと影は物陰にしていた岩の台座にぶち当たり、ギゴバコという廃材を粉砕するような轟音を立てて飲み込んでしまった。
影が地面に戻った時には、台座のあった場所には何も残されていない。
消化したのだ。
物陰から飛び出してきたわたしに、イザベラは気づく。
「あなたは……」
「イザベラさん……なんで、ココロを捕まえたんだ! ココロで一体何をするつもりなんだ!?」
「……」
「そんなの、このわたしが許さないぞ!!」
わたしの大声にイザベラは一瞬だけ顔を歪ませた。そんな気がした。
次の瞬間、イザベラは手のひらを私に向けた。
「【代行者たる我が名はイザベラ 灼熱よ猛れ 敵の心の臓を燃やし尽くせ】」
イザベラの手から身の丈ほどの火球が放たれた。
破滅的な予感を感じ取ったわたしは咄嗟に石畳の崩れているところに身を屈め、自分自身に【持続回復】の魔法を全力で付与する。
全身が砕け散るような衝撃と背の焼ける痛み。真っ白に染まった視界が痛みを意識させる。
「うぐっ、ああああああああああああッ!」
背中が焼けた。血管に溶岩でも流し込まれたかと思うような痛みだ。引きこもってばかりのわたしが初体験するような痛みでは断じてない。
「無様ですね、リリアス・ブラックデッド。ブラックデッドの名が泣きますよ」
「ばかに、するなぁあ……っ!」
焼けただれた皮膚が【持続回復】によって治されていく。わたしは回復魔法が使える。回復魔法が使えるということは、この程度の攻撃では死にはしないということ。
わたしは回復魔法しか使えない。つまり、攻撃手段はこの拳しかないということ。
──勝ち目はあるのか?
その疑問は浮かび上がるのと同時に、泡が弾けるようにして消えていた。
「ココロを、返してもらうぞ……っ!」
地を踏み締め、イザベラに突撃する。
『根絶やし聖女』を押しつけられた少女は、友を救うただそれだけのために戦いに突貫することになる。
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