31.『皇帝の勅令』
気がつくと天幕の中、目の前にソフィーヤや戦場指揮官たちがいた。周囲の景色が切り替わっている。どうやら無意識のうちに歩いてきたらしい。
ココロがいたという補給所だった場所はもはや原形の残らないほどに破壊され尽くしていた。壊れた木材の下からは血溜まりが乾いてできた黒い染みが見える。
わたしの目の前に血まみれの軍服を着た男が出てきた。血まみれだが、傷は一切見えない。
「私は、補給所の襲撃にあって生き残った者です。腹に風穴を開けられましたがローゼマリー殿の【持続回復】の効能で助かりました。戦場で苦しむ私たちに救いの手を差し伸べてくれたあの方に、恩義があります」
「……ココロの魔法は、すごいんだな……」
わたしが逆立ちしたって敵わないや。そんな魔法を惜しみなく他人に与えるなんて、ココロはいい子だ。そして、そんなココロを攫った魔王軍は、とんでもなく悪いやつらだ。
怒りがふつふつと湧いてくる。
「『アルファ』と名乗った奴は、ローゼマリー殿を攫う際に、神殿を壊すと言っていました。恐らく、奴は神殿を襲うつもりかと」
周囲の人たちはざわざわとし始める。
「……」
だけど、そんなことわたしに伝えたって意味がないじゃないか。神殿を壊される? 死ぬと復活できない? わたしは一度も死んだことないのに、実感を持てるとでも? そもそもわたしは神殿復活できないと教えてもらったばかり。神殿が壊されたからといって、わたしの生活が変わるわけでもない。
ココロが死んで復活しないのはイヤだ。そもそもココロには死んでほしくない。
だからといって、わたしに何ができるのか。ブラックデッド家でありながら殺戮に興味も持てないわたし。出来損ないのわたしに、ソフィーヤたちは一体何を期待しているんだろう。
「このことを皇帝陛下に伝えたところ、リリアス・ブラックデッドに伝えろ、と言われました。こちらが皇帝陛下直通の伝令魔石です」
真面目なソフィーヤさんの語り口に、これはドッキリでもなんでもないんだと改めて認識させられる。
差し出された魔石は、血のような紅色だった。
ソフィーヤさんは魔石に魔力を通して、わたしの手に握らせてくる。
『リア。返事をなさい』
涼やかな声が聞こえる。皇帝の声だ。
「……なに?」
『ココロが魔王軍に攫われたと聞いたわ。あなたが助けに行きなさい。これは余の勅令よ』
「な、なんでだよ! わたしが行っても役立たずだろ!? 他の三大将軍たちに行かせろよ……」
ココロの命がかかっている以上、弱いわたしが行くわけにもいかない。それくらいの分別はわたしにもある。
『リア、あなたは准三大将軍よ。初戦をこのような形で浪費するのは惜しいけれど、譲歩してあげているの。あなたならば魔王軍の残党程度、簡単に勝てるわ』
「そんなバカな……」
『ソフィが神殿に直通の転移門を開けてくれるわ。転移に耐えられるのは、一人だけ。リアが行きなさい。──そして、余にリリアス・ブラックデッドの価値を示すのよ』
言いたいことだけを言い連ねた後、魔石は沈黙してしまう。
「……………………っ、」
皇帝の話が終わった後、わたしの心に湧き上がってきたのは圧倒的な罪悪感と後悔だった。
そうだ。全てはわたしのせいだ。
あの時、皇帝相手に自分でできるとも知らない啖呵を切った。大聖女になってみせると、調子に乗って具体的な道筋もないまま言い切ってしまった。
勇者を苛立ち任せに殺してしまった。ちょっと良く考えれば分かったはずだ。皇帝の思惑が。今思えば、全て皇帝の手のひらの上だった。
そして、現在。わたしは単騎でココロを攫った魔王軍を相手にしなくてはならなくなった。全て、わたしが調子に乗っていたから。
世の中を舐めていたから。
きっとこれは罰。魔王軍にわたしとココロを殺させて自らの愚かさを知らしめるための、罰なんだ。
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