30.『もっと悪魔な姉』
歓声が聞こえた。ふと、向こうを見ると人だかりができている。残虐非道な兵士たちの心をこうも惹くものなんて、一つに決まっているのだ。
もっと残虐非道で、バーサーカーな人物。
人だかりの中心を長い黒髪を伸ばした女が歩いていた。冷たく光る赤い瞳を持ち、表情は凍りついたように動かない。
「あ、ドーラお姉ちゃん!」
アリスが声を上げる。
ドーラ・ブラックデッド。私たちブラックデッド姉妹の長女にして、史上最強と謳われる三大将軍。
わたしは、姉のことを良く知らない。わたしが引きこもる前から戦争によく行っており、家をほとんど空けていたからだ。
引きこもってからはたまに届く家族宛ての手紙を除いて、関わりがなかった。
「……」
気づいているはずだ。わたしがリリアス・ブラックデッドだということに。疑問に思うはずだ。引きこもりのわたしがなんで戦場にいるのか。
冷たい瞳が、わたしを見やる。
ぞくりと怖気が走った。
ドーラの姿がかき消えた。
「────ッ!」
直後、すさまじい衝撃が全身に叩きつけられた。
甲高い金属の絶叫と視界を彩る火花。巻き起こる突風に思わずへたり込んでしまう。
目の前にはアリスの姿があった。いつの間にか取り出した刀で、わたしに向けられたドーラの手刀を防いでいる。
アリスが防いでいなければ、今ごろ虫の標本のようにされていただろう。
「……アリス、余計なことをしちゃダメ」
「ダメなのはドーラお姉ちゃんだよ! あたしが防がなかったらリアお姉ちゃん死んじゃってたよ? ぶしゃあー、って! ぐさぁー、って!」
意味が分からない。なんでいきなり殺そうとしてきたんだろう。なんで刀と手がぶつかって金属音がするんだろう。
分からないことだらけだ。
「リリアス」
「な、なに……?」
「……三大将軍になったんだね」
「え、うそ!? リアお姉ちゃんが三大将軍!? あの引きこもりのダメダメ人間が、帝国の最大戦力になっちゃったの!?」
ドーラの言葉にアリスは目を丸くして叫んだ。
「部下が言ってたの。新聞を読んだって……」
あんの、新聞かぁ……っ!
「違うよ、姉さん! わたしは三大将軍になってない。まだ准三大将軍だから!」
「大して変わらない」
「全然違うから! 皇帝のものでもないし、なんならわたしの本職は聖女だから!」
「『根絶やし聖女』」
「…………ちくしょう!」
あの皇帝め、まさかこうなることを予想して三大将軍の通り名を聖女と関連付けたのか?
ドーラは無表情のままだ。そういえば姉が表情を変えたのを見たことがないかもしれない。なんでこんな無表情姉の後にわたしとアリスが生まれてきたんだろう。割と本気で気になるぞ。
「それよりもドーラ姉さん、何をするんだよ! 人に暴力を振るっちゃいけないんだぞ! 人殺しは犯罪なんだ!!」
鶏の卵からブラックドラゴンが生まれるのを見たような表情になるアズサ。なんか文句あんのか。
「今の攻撃くらい避けられないと、三大将軍として失格。役立たず」
「なっ」
「強くなって。でないと大切なものを守れない。昔を思い出して。あなたはもっと強かったよ」
「大切なものって……」
「じゃあね」
そのままドーラはアリスの首根っこをぎゅうっ、と引っ掴んで通り過ぎる。「苦しい、苦しいよ!」というアリスの悲鳴をよそに、空の彼方でも見つめているような良く分からない表情で歩いて行ってしまった。
その後ろを大量の取り巻きたちがぞろぞろとついていく。
「やっぱりドーラ様はお美しいですわ」「あの冷たい目……ぞくぞくしてしまいます」「ドーラ様の妹様もなんと羨ましい。ドーラ様直々に首を絞めていただけるなんて」「そうだ、後でアリス様に首を絞めてもらおう! そうすれば間接首絞めになる!」「あなた天才ですの!?」「よし、早速──」
半分以上が危険思想の持ち主だったような気がするが、気がするだけだろう。見たところ遠巻きにドーラを見ているだけだ。彼らがドーラを傷つけるようなことはないと思う。しいて言えばアリスだが……まあ、あいつは殺人が大好きなので問題ないか。
うん、今日もブラックデッド家は絶好調だ。
「ねぇ、リア」
「おまえにリアなんて愛称で呼ぶことを許した覚えはない。地面に額をこすりつけろ」
「リアの姉妹っていつもあんな感じなの?」
無視された。仕方ないやつだな、全く。
「うん。わたしの家、ブラックデッド家は代々帝国の三大将軍を世襲してきたっていう頭のおかしい一族なんだ」
「あんたは? 平和主義者だってほざいていた気がするけど」
「わたしは……たぶん引きこもって新聞読んだり、ゲームとかしてたからブラックデッド家に染まらなかったんじゃないか? ……良く分かんないけど」
「……台風みたいな人たちね」
しかし、謎が残る。わたしの幼少期のことだ。ココロの妄想の中では、わたしはブラックデッド家に染まりきっており、散々なことをしでかしたらしい。ココロだけならいいが、妹のアリスも姉のドーラも同じようなことを口にしていた。
今のリリアス・ブラックデッドは、腑抜けていると。
「むぅ……」
だが、わたしの幼いころの記憶は、両親が本当の両親ではないかもしれないと心配し、精神を病んで引きこもった。ただ、それだけだ。八年間の歳月を、引きこもりのダメ人間として過ごした記憶しかないのだ。
みんなの言うような『リリアス・ブラックデッド』としての記憶はない。
「うーん、わたしは平和主義者なんだぞ。そんな話あっていいはずがないんだ」
きっとみんな何かおかしなキノコでも食べて集団幻覚を見ているに違いない。きっとそうだ。そのせいで存在しない記憶までもが生成されたのだ。
騒がしい足音が聞こえてくる。
今度は何なんだ、また厄介事か。と呆れる思考の裏側に気持ちの悪い予感がした。
鼓動が訳もなく早鐘を打つ。
「リリアス閣下はいるか! 火急の知らせだ!」
軍服の男が慌てた様子でわたしの元に駆け寄ってくる。その表情は固く強張り、良い報せでないことは前もって知らせる。
「なに?」
男は端的に言った。
「ココロ・ローゼマリーが魔王軍に攫われた」
「っ!」
「なんですって!?」
え……なんで?
なんで、魔王軍がココロを狙うんだ?
「ココロ・ローゼマリーの仮所属していた補給所が魔族の襲撃を受けた。生き残った者から得た情報によると、襲撃者は自らを魔王軍と名乗ったらしい」
「なんで魔王軍が補給所にあっさりと潜入できるのよ! 戦記系ラノベだと、補給所は真っ先に敵に狙われるから防備を固めろとか書いてあるのよ!」
「いや、帝国軍の兵士はみんな前線で敵をぶちのめすことしか教わっていないもので……それに、死んでも神殿で蘇れるんですよ。何をそんな顔をしているんですか? でも、みんなは放っておけという中、ソフィーヤ閣下だけはリリアス閣下に急いで知らせろ、と……」
「死んでも蘇る……でも、死ぬって……」
「何かおかしなことでもありましたか?」
「しいて言うのならば、ルナニア帝国の生死感が狂ってるわ!!」
アズサの怒鳴り声が響く中、わたしの視線ががくんと下がった。──知らぬ間に膝から崩れ落ちていた。
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