29.『悪魔な妹』
「あれ?」
ぎぎぎ、と振り返る。
遠くから何かを抱えて走ってくるのはわたしと同じくらいの女の子だ。
ショートカットの黒髪にきらきらとしている赤い瞳。戦場に似合わないような女の子だが、わたしは知っている。
この悪魔は、父さんを二回も殺した殺人鬼だ。一回目は素手でお腹を突き破り、二回目は刀で四つに切り分けたのだ。
髪留めには子供っぽい色と柄のリボン。ガーリーな改造を施した特注サイズの軍服をオシャレ女子といったふうに着こなしている。
アリス・ブラックデッド。わたしの愚妹にして最年少の三大将軍。
わたしが引きこもってから、連日からかってきたせいで、人格が大いに歪んだ原因。
つまり、わたしのトラウマだ。
「……もしかして、リアお姉ちゃんっ!? どうしよどうしよ、すごいものを見ちゃったよ! あのリアお姉ちゃんが部屋を出て外に立ってるなんて!」
「人を珍獣扱いするなっ!」
この妹は姉をなんだと思っているのか。
「珍獣じゃなくて、ツチノコ……ううん、チュパカブラみたいなもんでしょ!」
ぴょんぴょんと跳ねて回り、抱えていたものを放り出して抱きついてくる。いや、血なまぐさっ!? おまえ何をしてきたんだよ。
アリスが落としたものを見る。
「ひぇっ」
それは少年魔族の事切れた生首だった。驚きと苦悶に表情が歪められている。
「かわいかったからコレクションにするの!」
「今すぐぽいってしろ! 変なものを拾ってくるなっ!」
「にゃははっ、あいかわらずお姉ちゃんは潔癖症なんだから! ちゃんと血抜きしてきれいにしておくから大丈夫!」
そういう問題じゃねぇ!
「まだそんなこと言ってるの? お姉ちゃん、昔はすごかったのに……引きこもってからダメ人間まっしぐら。あたしちょっと悲しいよ」
「……すごかったって、どんな感じ?」
「そりゃもう人なんか虫ケラとしか見ていなくて、バッサバッサとブチ殺して、高笑いしながら街を潰して、山を削って、海を沸かして──」
なんだそのデタラメな化け物は。
「でも今のダメダメお姉ちゃんはブラックデッドの穀潰しなんだから、路上に捨てられる運命なんだよ。……でも大丈夫! あたしがちゃんとお姉ちゃんをお嫁さんとして拾ってあげるから! そのまま死ぬまで面倒を見てあげる! 孫に囲まれて一緒に縁側でお茶を飲もうね!」
「うっさいわ! もう就職したんだよ、わたしは」
「にゃははははっ! またまたぁ~、社会の底辺で泥をすすってたお姉ちゃんに就職なんてできるわけないじゃん! やーい、社会の汚泥ぃ~、人間の最底辺~」
殺してやろうか、この妹。いや、手を出せば逆にこっちが殺されてしまう。我慢だ我慢。
屋敷に飾ってあった生首といい、今の状況といい、アリスはもうどうしようもないところまでブラックデッドに染められてしまったようだった。かわいそうに。異端はむしろこっち、とかそういうことは言わないほうがいい。
「ところで、お隣さんはだあれ?」
アリスが小首を傾げて、わたしの隣を見る。アズサはアリスの落とした生首を見て、がたがたと震えているようだけど。
「こいつは皇帝が暇つぶしに召喚した勇者だ。名前はアズサ。異世界人だ」
指を差すとアズサはわたしの指をへし折ろうとしてきた。指を向けられたことが気に入らなかったらしい。流石異世界バーサーカーだ。陰湿なことをしてくる。
「……赤羽梓です。アズサって呼んでね」
「へぇーっ! すっごーい! かわいいね!」
アリスはぴょんとわたしから離れると、すぐにアズサに抱きついた。そのままぐりぐりと胸に頭をこすりつける。
陽の気配を感じる。初対面の人にあれほど簡単に近づけるものか。やつの距離感は壊れているに違いない。
「アズサお姉ちゃん! あたしのお嫁さんになって!」
「……? っ!?」
「きっとあたしたちなら幸せな毎日を送れると思うの! だからこれから毎日味噌汁を──」
距離を百からすっと飛ばしてゼロに近づけていくアリス。わたしは両脇を捕まえて強引に引き剥がす。
「なんでよー!」
「まだ治ってなかったのか、そのプロポーズ癖。こいつの戯言なんて気にしなくていいぞ。アリスは自分の気に入った女の子にいきなり求婚を迫る節操なしだ。……これで何人目だ?」
「そろそろ九百人! いっぱいお嫁さんを囲ってハーレム作るの!」
妹は覇王にでもなるつもりなのだろうか。
「ちなみにその中には、わたしとドーラ姉さんも入ってるからな」
「……へ、へぇ……『お嫁さん』っていうのは、その、お友達的な……?」
「ううん! 結婚式を挙げるほうのお嫁さん!」
アズサがドン引きしている。そりゃそうだ。
「ねぇ、アズサお姉ちゃん……あたしと夜の営みしたくない……?」
「!?」
「わたしとセックスしたくない?」
「止めろっ、言い換えてもダメだ! もっとダメだっ! おまえはもう口を開くなっ!!」
「えぇー、もったいなーい」
このびっちめ!
どうやってこのちびっ子を懲らしめようかとじっくり観察していたら、ふと、アリスの膝小僧が擦りむいているのを見つけた。
「おい、アリス……それ」
「あっ、なんでもないよー!」
指摘するとアリスは慌てたように屈み込んで膝を隠すではないか。ずんずんと近づいて、ぱっとアリスの手のひらを退ける。
血と砂に塗れた生傷があった。
「もしかして、戦争でやられたのか!? どこのどいつだ? 後で父さんに伝えて殺してもらおう」
「そこは自分でやらないのがお姉ちゃんだよね」
「うっさい!」
ちくしょう。このときに限っては力が欲しい。アリスを傷つけたやつの脳天をぶち撒けてやりたい。
「転んだだけだから、別に誰にもやられてないよ!」
「……ほんと?」
「うん」
「そっか。──【我が名はブラックデッド 慈悲の祈りよ 彼の者に一筋の雫を】」
アリスの傷を治してから、治癒したばかりの柔肌を守るようにハンカチを巻いてやる。……イザベラさんからもらった黒ハンカチだけどな。
「わたしの回復魔法あんまり上手じゃないけど、痛みは収まっただろ。後でちゃんと病院行けよ」
ちゃんとした回復魔法の使えるココロが羨ましい。けど、こういうときには、自分がちょっとでも使えてよかったなと思う。
「……お姉ちゃんって魔法それだけしか使えないよね。喧嘩も弱いし、力も弱いし、攻撃魔法使えないし。ブラックデッド家の名前が泣いてるよ?」
「勝手に泣かせとけ。そういうのわたしには必要ないよ」
「……」
なんだこいつ、せっかく傷を治してあげたのに。今度おやつにプリンが出ても分けてやんないからな。
アリスはじっとこちらを見つめてくる。
「お姉ちゃん」
「んだよ」
いきなり飛びついてきた。てか、止めろ! 血がつくじゃん、服が汚れるじゃんか!
「やっぱり大好き! ……もう結婚するしかないよねっ!」
「なんでそうなるんだよ!?」
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