28.『前線へ進め!』

 イザベラに頼み込み、転移門を構築してもらって前線までひとっ飛びした。


 表向きの要件は見習い聖女としての仕事の経験を積むため。本当の理由はココロがバーサーカーの相手をしていて正気を保っていられるか確かめる必要があったからだ。後、普通に会いたいからね。

 一つ問題なのは。


「……これが、帝国軍……?」


 凄惨な戦場(魔族目線)を見渡して、隣に立っていた勇者アズサは崩れ落ちた。


 転移門になぜか無理やりついてきたアズサのことだ。ぐずぐずしていたのに、前線に行くと言ったら『勇者の私も連れていきなさいよぉ!』と耳元かつ大声で叫ばれたのだ。ちくしょう、決闘の仕返しか。まだ耳がぴりぴりするぞ。


「帝国軍は相変わらずバーサクしてんなぁ」


「度が過ぎるでしょ!!」


 魔族の死体が無造作に戦場のあちらこちらに積み上がっている。少し早い戦後処理お片付けをしている兵士が気持ち悪いほどの笑顔で仲間と肩を組んでピースサインしていた。魔族の死体の山の上で。パシャパシャ。


 思い出のアルバムとかなんとか言われて、こんな写真が挟まっていたら確実に暖炉に投げ込む自信がある。その後三日間はその人を避けるね。だって怖いもん。


「おや、リリアスさんと勇者様じゃないか」


「ソフィーヤさん!」


 幸薄イケメンお兄さんの登場にわたしの心は一気に晴れやかになる。……その手に髭面の角の生えたおじさんの生首を担いでいなければ、飛びついていただろう。


「……それは?」


「死烈公ビルギッタライだよ。僕が相手をしたんだ。降伏しろっていう呼びかけを無視して突っ込んでくるから相手にせざるを得なくてね。彼はとても強かったよ。負けてしまうかと思った」


 その割には軍服に一つの傷も汚れもないし、疲労感を感じさせないほどソフィーヤは涼やかな表情を保っている。よし、深く考えるのやめよう。


 やっぱすげぇやソフィーヤさん!


「やっぱり、それって四天王ですよね……」


 アズサは哀愁漂う顔でソフィーヤに向き直っている。今にも身投げしそうだ。

 その表情を見て、ソフィーヤにも何かしら感じるところはあったようだった。


「ああ、そうですね。貴方の仕事を私が奪ってしまったことになるのですか。すいません。……しかし、ご理解をお願いします。帝国を守ることは帝国に暮らす者の義務ですから」


「いや、そうじゃなくて……なんで地元民が勇者をよそに四天王なんて強キャラを倒せるのかっていう、そういう話をしているんだけど……」


「魔王軍は強いです。なので魔王軍によく襲われるこの国も同様に強くなりました。みんな頑張ってくれています。力を合わせればなんでもできるんです。覚えておいてください」


「いや、そういう意味じゃなくて…………はい、もういいです……ありがとうございました……」


「どういたしまして。聞きたいことがあれば何でも聞いてください。この世界に召喚したのは私たちの自分勝手な都合です。だからその分の償いだけはしっかりとさせてくださいね」


「……あ、はい……」


 流石ソフィーヤさん! アズサの要領の得ない問いにもしっかりと受け答えしている。わたしだったらこんなぐたぐたしたやつなんか殴りたくなってしまうのに。


「普通こういう国の危機、みたいなところで颯爽と勇者が現れて無双するんじゃないの……? なんでモブ兵士が無双しているの……? 私の出番は……? てか、私なんで序盤で死んでるの……? チートスキルは……? 女神からもらったのに……」


 アズサは質問が終わったはずなのにぶつぶつと良く分からないことを呟きながら拳を握りしめている。こいつの言動が理解不能なのはいつものことだ。


「ところで君たちはどうして前線に? リリアスさんは召集令が出ていないはず。勇者様も同様だ」


「……えっと、わたしはココロに会いに来たんだ。なんでも補給所の手伝いをするんだとかなんとか」


「ココロ・ローゼマリー……あの子が……」


「……? ココロがどうかしたの?」


 ソフィーヤさんがなんだかおかしいような気がする。

 それも一瞬だけであり。


「白ハンカチの見習い聖女だよね。少し調べてみるよ。補給所の手伝いをしていれば、記録には残っているはずだから。君たちはここにいてくれ」


「ありがとう! やっぱりソフィーヤさんしか頼れる人はいないよ!」


「はは、僕を持ち上げ過ぎたよ。……ところで、リリアスさんと一緒に来た勇者様はどうされるので? やはりともに征く聖女が気になるのでしょうか?」


「いや、もうココロちゃんは……」


 と、その時。


「にゃはははははっ! アリス・ブラックデッド、ただいま戻りました! ソフィお兄さんの言うとおり、隊長格たちは端っこに隠れて逃げていたから、みーんな首を飛ばしてきたよ!」


 元気いっぱいの無邪気な声。


 私の思考がぴしりと石のように固まった。

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