27.5-2.『虐殺者たち』

 死屍累々。


 見渡す限りの荒野で死体が山と積まれている。


 死体の種類は大きく二分される。それは頭に捻れた角が生えていたり、背中からコウモリのような羽が生えていたり、身体の一部が触手と化していたりする『魔族』のもの。そして、帝国軍の軍服を着た兵士のものだ。


 見渡す限り、酷い目にあったと分かるような死に様ばかりだ。首がちょん切れていたり、爆発四散していたりとロクな死に方をしていない。


「【代行者たる我が名はテイオリス 灼熱よ猛れ 敵の心の臓を燃やし尽くせ!】」


「【代行者たる我が名はアスタロテ 吹雪よ唸れ 敵の脳髄を凍え朽ちさせろ!】」


「【代行者たる我が名はルークルタ 爆炎よ轟け 敵の臓物を打ち砕き、威を示せ!】」


 帝国の魔法使いが詠唱をすると、遁走していた魔族たちの背後から業火やら吹雪やら爆発やらが襲いかかり、散り散りに吹き飛ばされる。


「逃げろ、逃げろ!」「だから俺は帝国になんて行きたくなかったんだよ!」「うっせぇ、魔王様に逆らう気か!?」「お前がうっせぇよ!」「ギャアアアアアアアアッ!」「野郎、俺たちを虫けらのように扱いやがって!」「もう許さな──アアアアア!」「あいつら頭いかれてやがる!」


 そうして悲鳴を上げる彼らの頭上に、バラバラと帝国軍陣地から放物線を描いて次々と兵士が射出され、降り立つ。ギラギラと輝く鈍い鉄色に、魔族たちは絶望に泣き喚いた。


「野郎ども! 薄汚い魔族どもをぶち殺せッ! 帝国に歯向かったことのツケを味合わせろ! 復活してもなお消えぬ恐怖を、魂の底に刻みつけろ! 皆殺しだァッッ!!」


「「「オォオオオオオオオオオオッッッ!!」」」


 帝国兵たちの鬨の声に合わせて、魔族たちが散り散りに逃げ出した。帝国兵たちは剣や刀を振り上げて、襲いかかる。


 魔法で焦土と化した戦場に、悲鳴と血潮が飛び散り、魔族の首があちこちでちょん切られていく。

 かつて世界を席巻した魔王軍。圧倒的な武力と魔力によって世界の大部分を支配したといわれているが、もはやその面影はない。


 悲鳴は魔族のもの。死体もほとんどが魔族のもの。


 圧倒的な武力と魔力? ならそれを上回る力で押し潰せばいいじゃないか。


 この戦場では、それが体現されていた。

 帝国軍の兵士は、総じて士気が高い。それはもう傍からみれば麻薬中毒者かと思うような有様だ。神殿復活によって無限に再生される命。それを活用した命を落とすことが前提の戦闘訓練。そして、目と鼻の先にぶら下げられた哀れな獲物。


『魔族一匹、金貨一枚……って言ったらどうする?』



「我々の任務は何だッッ!?」


「「「愚かなクソ魔族どもをぶち殺すことです!!」」」


「我々は何のために戦うッッ!?」


「帝国のために!」「皇帝陛下のために!」「金貨のために!」「血を浴びるために!」「魔族を滅ぼすために!」


「ならばどうするッッ!? 行動で示せ、首級で示せ、お前たちの命で示してみせよッッ!!」


 剣、メイス、モーニングスター、マジカルステッキが戦場のあちこちで掲げられた。


「「「ウオォォオオオオオオオオオ!」」」


「死ねや、クソ魔族どもォオオオッ!」「金貨ッ金貨ッ!」「皇帝陛下のためにィイイイイ!」「ブチ殺すぞわれェ!」「そんなことよりも皇帝陛下のおみ足をペロペロしたい」「魔族を殺せェ! 殺せ、殺せェ!」「ヒャッハア! 殺戮の時間だ!!」


 皇帝から賜ったありがたいお言葉によって、帝国軍はバーサーカーの集団となって魔王軍を蹂躙していたのである。




 ある戦場で、眩い光の柱が立ち上った。光の柱が傾く。根本には一人の人間がいた。その人物は、光の柱をまるで大剣を握るように持つと。


 ブオンッ、と振り回した。


 半径一キロ圏内が時計回りに振り回した灼熱の光によって溶かされ、蒸発した。荒野だったそこは隕石が落ちたかのように陥没し、ドロドロの巨大な溶岩湖となった。もちろん、魔族たちは骨すら残らずに蒸発し、運悪く巻き込まれた帝国兵たちも同様の末路を辿った。


「……二千人くらい、かな……」


 圧倒的な力を振るい、溶岩湖を作り出した人物は長い黒髪をなびかせて赤い瞳を瞬かせる。表情は氷のように冷たく無表情のままだ。




 また別の戦場にて、魔王軍の軍隊長たちが撤退していた。他の魔族のような泡を食っての撤退ではない。的確なルートを策定し、冷静な判断に基づいての戦術的撤退だ。

 魔王軍の軍隊長を任せられた彼らの顔はみな一様に重く、険しい。


「なぜ我々が逃げるはめになっているのだ! 答えよ、クインザザ!」


「うっさいわよ! ラーンダルク王国の都をいくつも壊滅させてきた私たちが、無様に逃げ帰るですって!? 許せないわ、あのウジ虫ども!」


「……王国が簡単だからといって、ルナニア帝国の進軍隊長に手を上げたのはあなたではありませんか……」


「なんなのよ、トラーズ。まさか我ら魔王軍が臆したとでもいうの!?」


「……これだから前線に出たことのない輩は。……帝国と戦うのは負け戦です。それだから族長会議であれほどの押し付け合いになっていたではありませんか」


「うっさいわよ! 魔王軍は常勝軍団なのよ! か弱い人間ごときに負けるわけがないわ! 今に見てなさい……帝国軍のウジ虫どもを一人残らず引きちぎって……!」


 触手を苛立ちに尖らせる女魔族に、トラーズと呼ばれた少年魔族は隠れてため息をついた。


 本隊と合流したらシャワーを浴びて早めに寝よう。そうしてあの悪夢を忘れよう。損耗率九十パーセント以上の帝国領土に入ったことが間違いだったんだ。この調子だと逃げ切れそうだし……なんとかなりそうだな。しみじみ思った矢先だった。


「──にゃはははははっ!」


 無邪気な声が夜闇に響き渡った。


「な、なによ!?」


「敵!?」


 すかさず護衛の魔族が臨戦態勢になる。

 黒い風が吹いた。そうとしか形容できなかった。


「え」


 護衛の魔族の首が一人残らずあるべき場所についていなかった。首を切り飛ばされた、そう認識する間もなく一斉に血を吹き出して、絶命する。


「ひっ──」


「ばいばーい!」


 次の瞬間、悲鳴を上げる女魔族の首も切り飛ばされていた。


「化け物め……っ!」


 少年魔族は怖気に全身を震わせながら、鞘に手を当て目をつむる。気配の察知に全ての感覚を費やす。


 仲間たちはみんな首を断たれて一撃で死んだ。人間よりも生命力に特化し、肉体強度が強い魔族の身体でさえも意味をなさなかった。

 ならば、攻撃に回るしかない。防ぐことが能わぬのならば打ち込むしかない。


 魔王様の側近であり、魔王軍最強の腕を持つラインハルト様に認められた──『絶刀』の異名を賜ったこの身ならば──ッ!


「────!」


 一瞬の揺らぎ。


 そこに居合いで抜き放った刀を全力で叩きつける。


「つまんなーい!」


 刀は空を切った。空が回っている。自分の首が切り飛ばされて宙をくるくると回っていた。


「そん、な……」


 トラーズは、夜闇の中に子供の背丈をした黒髪を認めた。悪魔のような赤い瞳を輝かせた幼い少女の姿を最後に目に映した後、意識は闇に落ちた。


「ドーラお姉ちゃんもそろそろ終わったかな? ……うーん、今回のコレクションはこの男の子でいっか。かわいかったし!」


 少年魔族の生首を引っ掴んだ少女は、るんるんとハミングしながら追撃が終わったことを胸につけた伝令用の魔石に報告した。


 こうして、魔王軍は皆殺しにされていく。



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