24.『神殿への道のり』
ルナニア帝国の王城は崖に囲まれ、背後は険しい岩山がそびえ立っている。
マルクタ山とかいうこの山は、ルナニア帝国の経済を回す主要な鉱石を採掘できる鉱山としての役目を持ち、背面からの奇襲を防ぐ役目も持つ。
そして、山頂には、ルナニア帝国において最も重要な施設──神殿がある。
蘇りの奇跡、神殿復活を行うために必要な施設だ。帝国民はいくら死んでも、惨たらしく殺されても、死体すら遺さないように殺されても、夜明けと共に神殿で一斉に復活する。
他国にも、魔王軍にも神殿と同じようなものはあり──。
ここまで本のページを捲った瞬間、わたしは本を脇にいた従者に放り投げて、目の前に用意したエチケット袋に向かって、盛大に戻してしまった。
「……くそう、つらい……」
揺られているのは魔力車である。登っているのは岩山だ。三秒に一度は小石を踏んづけてガタガタと揺れ、山風によって車体が揺らされる。
わたしは乗り物酔いをしやすいのだ。帝都のような整備された道でわいわい話しながら進むのと、皇帝に『読んでいなかったらおしおきよ、後でテストするから』と素敵な笑顔で押しつけられた本を読みながら黙ってガタガタするのとでは雲泥の差だ。
確かにわたしは試験で成績が悪かった。
だけど、こんな教育方針ではいい子も性格がねじ曲がるぞ。……なるほど、だから皇帝のような化け物が生まれたのか。なっとく。
それから一時間。わたしは車で地獄のように揺られ続け、本を半分ほど読んだところで車は止まった。
月と星のおかげで夜でも視界が開ける。
ここは人の足でも厳しい峻険な岩山を削って作り出された空間。小さな街ほど規模と敷地を誇る古めかしい神殿があった。
「ここが神殿か……暗いし、寒いし……もう帰りたい……」
泣き言を言いながら歩を進める。
石畳が敷き詰められた広場、それを囲うように八方に配置された神像。皇帝に持たされた本によると、神殿が建設された当時、人々から信仰されていた古い神々だという。
見上げる。
全ての神像の首が切り落とされて、下に無造作に転がっていた。なんという罰当たり。いくら皇帝が神につばを吐きかけるような人で有名だとしてもこれは一線を超えているのではないのか。
「来ましたか。リリアス・ブラックデッド」
「ひゃあ!?」
闇の中からぬっと現れる老婆に、わたしは素っ頓狂な声を上げる。本当に怖い。色んな意味で。
「……びっくりした……」
「アンネリースから助命していただいたのですね。……本当にあの人は昔から……」
苦々しく顔を歪めながら、イザベラは舌打ちをする。そして、懐から葉巻を取り出し、火をつけ始めた。……この人本当に大聖女だよな?
「何をぼさっとしているのですか。復活は面倒なのですから、早く終わらせますよ」
「えぇ……面倒とか言っちゃうの……?」
「私が大聖女に見えませんか? それはそれで結構。他人の色眼鏡で判断される地位など意味がありませんから」
イザベラはじろりとわたしを眺める。
「私は葉巻が大好きですし、お酒も嗜みます。聖書より恋愛小説のほうが好みです。好きな音楽はハードロック。好きな食べ物はサーロインステーキです。……何か問題でも?」
たくましいなぁ。わたしもこういう大人になりたいや。恋愛小説はわたしも好きだぞ。
「バカのように呆けていないで、足を動かしなさい。ブラックデッドはこれだから嫌なのです」
「ありゃ、ブラックデッド家に何かされたの? ドーラ姉さんとか?」
「あのクソ生意気なガキですか。あれが戦場に出ると敵味方関係なく消し飛ばすので、復活の手間が増えるんですよ」
「あー……」
簡単に想像できた。ドーラ姉さんは敵軍をたった一人で薙ぎ倒して三万人ほど虐殺したこともあった。その中に味方も入っていたなんて初めて知ったけど。
すっきりしたんだろうな。わたしには味わえない感覚だ。
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