22.『スイーツタイム!』
その日の夜。
ルナニア帝国、ルクセンネリア城下街。
大貴族の邸宅が立ち並び、大通りには商人たちの雑然とした声が響いている。夜にも関わらず多くの人々が行き交うなか、わたしはココロと一緒にとある喫茶店にて、甘味を嗜んでいた。
夜に甘味? 太る? 何を言うのか。
わたしは太らない体質だ。なにせ八年間もベッドでぐうたらしていた人間が、幼女に間違われるほどに体格も身長も体重も成長していなかったのだ。
本当に、わたしの身体に取り込まれた栄養素はどこに行ってしまったのだろうか。せめて胸だけはちょっと欲しい。皇帝と比べて優越感に浸りたい。
注文したのはりんごとぶどうのパフェ。なんと今なら半額中。
ウェイターがニコニコ顔でわたしたちのテーブルに二つのパフェを置こうと近づいてくる。
「どうしてこうなったっ!? おい、誰か教えてくれよ! 無責任じゃあないのか、なぁ!!」
「まぁまぁ、リアちゃん」
わたしの凶相が目に入り、ピクリと震えて忍び足でパフェだけ置いて去っていく。
ウェイターに向けて頭を下げたココロは、スプーンでパフェのてっぺんについている大きなぶどうの剥き身をすくい、生クリームと絡めて──
「そもそもあの皇帝は──」
「えいっ」
おもむろに口に突っ込んできた。「むぐっ」と突っ込まれ、最初に感じたのは生クリームのミルキーな甘さ(牛乳が苦手でも!)。種を取ったぶどうは存分にぷりぷりとした食感と果実特有の爽やかさを届けてくれる。
「あ、おいしい」
それらが混じり合って渾然一体となる。わたしの喉が嚥下した時には、すでに凶相は鳴りを沈め、目に星の瞬いた幼い乙女(わたしの姿)がそこにはあった。
「すごいよ、これすごくおいしいっ! ココロも食べてみてよ!」
我ながらちょーちょろい。
「そう? じゃあ、私にあーんしてくれない?」
「……? いいけど……」
パフェを食べて頬を緩ませるココロをニヤニヤと見つめていると、銀色の瞳と目があった。
「わたしが殺した勇者──アズサだっけ? そいつが死んで聖女の仕事はどうなったんだ?」
「あっ、そうだよ! リアちゃんがアズサちゃんを殺したせいでこっちはひどい目にあったんだから! 同期の子から一緒にいたっていうだけで、色々問い詰められてさ」
むっとした視線をこっちに向けられる。
「それは……ごめん」
「仲良くしないとだめだよ? 私たちに代わって魔王を倒してくれるんだから」
「だって、あいつ色々と言ってきたし、なんか調子乗ってたし…………あーもう、分かったよっ! ココロがそんなに言うのなら仲直りするよ! アズサはどうか知らないけどな」
ぱくりと再び生クリームを口に含む。
「そう? アズサちゃんもいい子だよ。あの時は、ぼこぼこにされた後で気が立っていただけだと思う。ちゃんと話し合えば仲良くなれるよ。私はそう信じてる」
ココロは本当にいい子だな。聖人君子の称号をココロに譲ったほうがいい気がしてきた。伝承に残っている聖女よりも聖女をしている。
勇者アズサを思い出しているうちに、アズサの放った言葉を思い出してビシリとスプーンを運ぶ手を止めた。
錆びた鉄人形のようにぎりぎりと顔を上げる。
「……その」
「うん?」
「あ、アズサとのファーストキスうんぬんは……」
妙に気になる。別にココロが誰とくっつこうと自由なはずなのに。なんだろう、このモヤモヤは。
「ああ、それかぁ……」
ちょっぴり照れたように頬をかいて。
「あれは事故だよ。私がうっかり転んだ時にアズサちゃんが受け止めてくれて、その拍子に……えへへ」
よし。もっかい殺そう。
「でも、私の食べちゃいたいランキング一位はリアちゃんのままで──リアちゃん?」
握ったスプーンがいつの間にか真っ二つにねじ切れていた。おかしいな。さっきまで折れていなかったのに。きっと脆かったんだろう。そうだ、そうに違いない。
「そ、そうかそうか! そうだよな! 出会って間もない人とチューなんて、そんなえっちなことできないよな、あははははっ!」
「ふふっ、変なリアちゃん!」
真っ二つに折れたスプーンを端に片付けて、もう一つのスプーンでパフェをゴソッと口に入れる。
美味しいなぁ。甘いものでも食べなければ脳が壊れてしまう。
「リアちゃんが三大将軍かぁ……いつかなると思っていたけど、すぐになっちゃったね! おめでとう、『根絶やし聖女』!」
「違ぁーう! 『准』三大将軍だ! 間違えたら大変なことになるんだから! 呼び方も物騒だし、皇帝の策略にまんまと嵌ったんだよ!」
「昔は『三大将軍になりたい!』とか『みんなのために人をいっぱい殺したい!』とか言ってたのに」
そいつは紛れもない危険人物だ、警察に突き出しちまえ。
「リアちゃんだよ?」
「そんな会話した覚えないんだけどなぁ」
皇帝は着実に外堀を埋めてきている。皇帝直属──つまり、皇帝のものになるのは『大聖女』と『三大将軍』。今はまだギリギリ踏みとどまってるが、その両方に足をずっぽりと漬かっている状態だ。皇帝が怪しい笑みを浮かべて下へ下へ引っ張ってくる。
本当にわたしなんかを皇帝はなぜ欲しているのか。馬の代わりとして背中に皇帝を乗せるのだろうか。わたしはそんな趣味は持ち合わせていないぞ、皇帝。
これでわたしたち姉妹全員が三大将軍(一人ちょっと違うけど)になってしまったことになる。父さんが飛んで跳ねて喜ぶだろう。
三大将軍も大事だけど、わたしの本業は聖女だ。筆記試験で出されたような算数も解けるようになればなんだかかっこいいし、回復魔法の練習も勉強をしなくちゃいけない。
「なぁ、ココロ。白ハンカチってことはテストでの成績が良かったってことだよな。わたしに治癒魔法と勉強を教えてくれないか?」
「……リアちゃん……リアちゃん……!」
「おい」
妙にキラキラとした目でわたしを呼び続けていたが、一転して元の態度に戻る。なんか怖い。
「ふふーん、勉強のことなら任せてよ! 三十分に一回頭撫でてもらったら手を打つよ。回復魔法は三十分に十秒リアちゃんのおっぱいを揉ませて!」
「それでいいの?」
こちとらぺぇの欠片もねぇんだけど。そんなに揉みたいなら自分の立派なものを代用してはどうだろうか。
「それがいい! そういうのがいい!」
思わず拳を握り締めた。他意はない。
よく分からんがココロが良いというのならば、それで良いんだろう。
「そういえばこの後、皇帝からアズサを殺した罰として、大聖女と一緒に復活の手伝いに神殿に行かせられるんだ。その時にアズサには謝るよ」
「んー。なんか心配だから仲直りの言葉、一緒に考えてあげるよ! リアちゃんに任せるとアズサちゃんと鉢合わせたらまたすぐに殺し合いになっちゃいそうだし」
「わたしを何だと思ってるんだよ! わたしだって、もう十六で、しっかりとした社交性──」
思い返されるのは、八年間の引きこもり生活。ベッドの上でゴロゴロとして、部屋には脱ぎっぱなしの靴下やらパンツやらが散乱していて、時たまベッドにジュースをこぼして悲鳴を上げていたあの日々。
社交性……社交性……。
「社交性?」
「──は、ないかもだけど、常識は持ってるから! イカれた帝国のやつらとは頭の出来が違うんだ!」
「人の好意は素直に受け取ること。でないとつんつんするよ!」
「わふっ」
ココロはわたしの鼻をつんっと弾く。朱色に染まった鼻を押さえて、恨めしげに目線を上げるとにっこり笑った顔がそこにある。なぜか逆らえないその言葉を受けて、わたしはしぶしぶ頭を下げた。
「……お願いします……」
「任せておいて!」
パチリと片目をつむったココロは、やっぱり可愛くて眼福だった。
その後、一通り指導を受け、ココロは『仲直り五箇条』なるメモまで渡してくれた。
「本当にこんなんでいいのか? やっぱり手土産に菓子折りとか持っていったほうがいいんじゃないか? あいつにそこまでするのは癪だけど」
「いいんだって! 気持ちが大切だから、ちゃんと二人でお話すること。分かった?」
「……分かったよ」
本当にできた人間である。ブラックデッド家の親族たちにお手本として見せてやりたい。そうだ、後で家に誘おう。初めてできた友達だ。きっと父さんも喜んでくれるに違いない。
一息つくために、紅茶を二人分頼んだ。
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