19.『勇者殺しの罰』

「だって、あいつが喧嘩売ってくるから……」


「この場で叩き斬ってあげましょうか?」


「……ゴメンナサイ」


 場面はまたしてもルナニア帝国王城、玉座の間。


 わたしが皇帝の前で項垂れている後ろには、帝国軍の代表であるエルタニア、三大将軍のソフィーヤ、大聖女のイザベラが各々の様子で立っていた。

 全員の顔に共通しているのは、また面倒事かという呆れた表情。


 部屋のすみには、メガネを掛けた怜悧な男がこちらをじっと見ている。……誰?


「陛下、勇者の死体ですが」


「首をちぎっただけなのだから、損傷は少ないはずでしょう? 究明棟の死霊科に回してあげなさい。異世界人の身体を与えれば、あのろくでなしも少しは言うことを聞くようになるでしょう」


「はっ」


 究明棟の死霊科?

 生涯関わり合いになりたくない場所ランキングにランクインおめでとう。ちなみに一位はここ、玉座の間だ。


「復活は夜明けとともに行われる。そうでしょう、イザベラ?」


「……万事問題ありません、陛下」


「そう。──ならば」


 全員の視線が一斉にわたしを向いた。


「な、なんだよ……」


「流石はブラックデッド家。余が目を離した隙にあっという間に勇者を殺しちゃったわね」


「それは──」


「事故、というのでしょう? どうやら目撃者によると、突っかかってきたのは向こうからのようだし、あなたはそんな相手に反撃しただけ。そう言いたいのよね?」


「……ぐっ」


 反論の言葉を的確に代弁され、一言も発せられない。前には皇帝、後ろにはルナニア帝国の重役──本当にわたしの平穏で慎ましい日々はどこに行ったのか。


「闘争本能こそ人間の原始的欲求だし、それに蓋を閉めるのもいけないわ。むしろ大歓迎、どんどん殺しなさい──と、言いたいところだけど勇者を殺すのはまずいのよ。これに関しては、しっかりとした罰を与えることにするわ」


 この皇帝、思想がやばい。


 ここでイザベラが前に出る。


「あら、何か言いたいことでもあるのかしら、イザベラ?」


「僭越ながら、一つ言わせていただきたいことがございます、アンネリース皇帝陛下。聖女を束ねる聖堂委員会は、ルナニア帝国の国教をも兼ねています。今回行った勇者召喚は聖堂委員会の手を借りて行ったもの。すなわち、勇者は聖堂委員会の管轄なのです」


 ……なんかイヤな言い方だな。それではまるでアズサが『勇者』というラベルを貼られた物みたいじゃないか。


「勇者を殺したのは同じくこれから聖堂委員会に所属するはずだったリリアス・ブラックデッド。彼女の罰は管轄である聖堂委員会が決めるべきではないでしょうか?」


「イザベラ、あなたに処遇を任せろというの?」


「規則に従えばそうなるでしょう」


 頭のおかしい皇帝の罰に比べて、厳格で真面目な(たぶん)イザベラの罰のほうがいい気がするが……。


「具体的にはどんな罰をお望みかしら?」


「復活適用からリリアス・ブラックデッドを外し、国外へ追放すべきかと」


「イザベラ様っ! それはあまりにも……!」


「……リリアスさんを、追放……? 復活適用を外して……」


「──へぇ?」


 大聖女であるイザベラから飛び出した言葉に、皇帝以外の人間が騒然とする。

 未だに状況が飲み込めていないわたしは、ぽかんと口を開けて首を傾げていた。


 復活適用を外す? 国外追放?


 そんなわたしに、ソフィーヤさんが耳元でこっそりと教えてくれる。


「人が死ぬと大気中に魂が放逐される。それを神殿は集めて、魂を元に新たな肉体を再構成し、目覚めさせる。それが『神殿復活』の仕組みだよ」


 そんなのは子供でも知っている常識だ。『神殿復活』があるからこそ、この世界における死というのはそこまで重要ではない。しかし、それがいったい何だというのか。


「その仕組みからリリアスさんを外す。そして、国外追放……この国の外は魔物が跋扈する危険地帯だ。つまり、イザベラ様の罰というは、リリアスさんを仮初めの死ではない、本物の死の危機に追い込むことなんだ」


「……な、な」


 理解がソフィーヤの言葉によってようやく追いついた。つまり、イザベラの罰を受け入れれば本当に死んでしまうということか!?


 イザベラの厳しい眼光がわたしを貫く。


「この世界を救ってくださる勇者を殺したのですよ? 復活するからなどという言葉は免罪符にはなりえません。女神が遣わして下さった大切な勇者を、あなたは私利私欲のままに殺したのです」


「……そんなの」


 おかしいだろ、という言葉が曖昧になって消える。全員の視線が、わたしに集まっていたからだ。口をパクパクと開けても乾いた空気の塊しか出てこない。


 死。それがどんな感覚なのか分からない。わたしは殺されたことがない。死ぬと神殿で復活できるという常識はあるが、死という感覚は、経験したことがないのだ。仮初めの死ですら体験したことがないのだ。


 本物の死がすぐそこにある。


「っ」


 パチン、っと。


 小さくとも響く音がした。

 みんなの目が、音の鳴った方向へ集まる。

 皇帝が退屈そうに、手のひらを打ち鳴らしたのだ。


「……陛下?」


「余は、国益が大好きよ」


 みんなの視線が一斉にイザベラに向く。

 イザベラは動じることはなかった。


「第一に見せしめ。勇者を害する存在が、今後現れないようにするために適切な措置でしょう。第二に安定化。その勇者を中心とすることでより国教の意義が強まり、国民が強固な一体となります。最後に──」


「もういいわ。十分よ」


 見せしめとか言いやがったぞ、この大聖女。

 組織のトップはみんなこうなのか? 慈愛の心を持った権力者はいないのか? やっぱり権力ってクソだなという結論にまとまってしまうぞ。


 皇帝の眼差しがイザベラに注がれる。黄金の瞳に見つめられ、流石の大聖女も肩を揺らした。


「やっぱり、余がリアの処遇を決めるわ。面倒くさいもの」


「アンネリース……!? それでは聖堂委員会の威が失墜して……」


「──余は皇帝だ、イザベラ。このルナニア帝国における全ての事柄は余が決める」


「しかし……っ!」


「イザベラ。分かったのならば、膝を折れ。何度も同じ事を言わせるな。──だって面白くないもの」


 大聖女が頭を垂れて、膝を折る。

 皇帝はわたしに顔を向けた。

 自然と背筋が伸びる。


 皇帝の癖に……。いや、皇帝だから……?


「イザベラ。あなたには勘違いをして欲しくないのよ。勇者は別にどうでもいいの。余が欲しいのはアカバネ・アズサ。可愛くてちょっぴりおバカな女の子が欲しいの」


「な」


「それでいて、リアも欲しいわ。もう先約が済んでいるもの。余のものになるという約束がね」


「……そんな約束した覚えないんだけど」


「お黙りなさい、リア」


「……」


 やっぱり権力ってクソだな!


「聖堂委員会という組織を国教として、国をまとめた功績は高く買うわ。幼き日の奴隷から、よくぞここまで成り上がったわね。あなたとは余の配下の中で一番長い時間をともに過ごした気がするわ」


 イザベラの表情が良く分からない。


「でも、長い時間ともに過ごしたからって、少し調子に乗っていないかしら? 勇者を利用して聖堂委員会の権力を増長させようとしていることは別にいいのよ。けどね、余のものを奪う理由にされることは気に食わないわ。──イザベラ、自室に戻りなさい」


「……私は──!」


「イザベラ。余は、聞き分けの良い子が大好きよ」


「…………っ、」


 もはや決定事項だった。皇帝の勅令に従い、従者たちが大聖女の両脇に立つ。イザベラはゆっくりと礼をした後、従者たちに率いられて大扉の向こうへと消えていった。


 そんな様子を呆然とわたしだけが見ていた。ソフィーヤとエルタニアは俯いたまま微動だにしない。まるで彫像のように固められている。


「さて、改めてあなたの罰を決めないとねぇ」

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