20.『根絶やし聖女の誕生』

 皇帝は細い手指を顔に添えて小首を傾げる。


「勇者を特別扱いするのは不公平よね。ルナニア帝国における殺人って、そんなに重い罪でもないし……王城の廊下掃除でいいかしら?」


「え?」


 急に話がちっちゃくなったな。さっきまでの緊張感はどこにいってしまったんだ。


「メイドたちに混ざれば、一足先にリアのメイド服姿が見られるじゃない?」


「おい」


 目的はそっちか。


 ソフィーヤが一歩前に進み出た。え、ソフィーヤさん……?


「あなたも何か言いたいことでもあるのかしら、ソフィ?」


「勇者が、王城で見習い聖女に殺された。……この情報はすでにメイドどもに出回っています。箝口令を敷いたところで噂というのは広まっていくもの。これでは、伝承にある勇者とあまりにもかけ離れており、軽視される恐れがあると」


「人間の国に余の名が轟いていない国でもあると?」


 確かにそうだ。バーサーカーどもが常在するルナニア帝国を軽視などできるはずもない。


「人間の国ではありません。海の向こうの魔王が活気づいてしまうかと。今まで以上に魔物や魔族の侵攻が活発になるでしょう」


「それは面倒ね……」


 三大将軍も帝国軍も一騎当千の実力を持つが、数が限られているのだ。それこそ黒いアイツやネズミのように無限に湧き出てくる魔物を止めるすべはない。


 ……もしかして、わたしのせい?


 もしかしなくても自分のせいなのだが。


「もう帰ってもいいわよ、リア。罰の内容については後日通達するから」


 そんなことを投げやりに言われる。

 心のもやもやは溜まったままだ。


 わたしには引きこもりとしての信条というものがある。迷惑はかけるけれど自分の挽回できないほど迷惑はかけないということが信条の一つ。

 だから、つい口に出してしまった。


「この状況はわたしのせいなんだろ? わたしにもできる限り手伝わせてくれないか? ……頼むよ、皇帝」


 ソフィーヤとエルタニアの疑いの目。だが、対照的に皇帝の目だけはキラキラと玩具を目の前にした子供のように輝いている。

 イヤな予感がする。イヤな予感がした後は大抵の場合、イヤなことが起きる。良い予感なんてしたことないのに。不公平だ。


「といっても……わ、わたしにできる範囲だからな!? 魔物に襲われた人の傷を癒やすだとか……そういうのだぞ!」


「できる範囲で、ね。時にリア。テオラルドのやつが本人たっての希望だと言っていたけれど、その理由までは聞いていなかったわね。──あの時の質問をもう一度するわ。どうして、リアは聖女を志すのかしら?」


「それはみんなを助けようっていうわたしの博愛の精神が──」


「余は、本音を語る人が大好きよ」


 皇帝の瞳が微かに光を帯びた。


「っ、分かった分かったから、魔眼はやめろ!」


 本当に油断も隙もない人だなっ!

 友だちいるか? クラスメイトと昼休みに弁当を一緒に食べていたか? 皇帝ともあろうお方がトイレでご飯を食べていたわけじゃないよな?


「今ものすごく不快だわ。どうしてかしら」


 怖すぎる。人の思考を読むなんて人間じゃねぇ。


「誤解だよ、わたしは何も考えてもいないし、心の中はいつも皇帝賛美と帝国国歌で満たされている」


「「……」」


 ソフィーヤさんとエルタニアさんの視線が痛い!


 ……しかし、改めて考えるとわたしはなんで聖女になったんだろうか。普段の自分ならば、のらりくらりと理由をつけて躱しているはずなのに。

 自分がダメ人間という自覚はある。どうしようもないめんどくさがり屋で、周りに迷惑ばかりかけて。


 ……だけど。それでも。わたしは。


「……偶然見つけたんだよ。家を継がされそうになって、それで新聞に載っていた聖女になろうって思った。最初はただそれだけだったけど……」


 服の裾をぎゅうと両手で握りしめる。


「……父さんが、すごく喜んでくれたんだ。引きこもってばかりで、本当はわたしを疎ましく思っているはずの使用人たちも涙を流してくれる人がいて……こんなダメなわたしでも、聖女を目指すことだけは頑張ってみようって、初めて思えたんだ」


 そうだった。わたしの目的は、結局のところそこに行き着くのだ。今までお世話になった両親や使用人たちに恩返し……とまではいかないけれども。

 出来るかどうかも分からないけど。

 アリスやドーラ姉さんに負けないほど、聖女として活躍するためには。


「わたし、あれから考えたんだ。昔の初代聖女って世界平和を目指してたんだろ?」


 真っ直ぐと、皇帝を見据える。


「だったらさ、わたしがそれを引き継ぐよ」


「……どうやって、世界平和を実現するのかしら?」


「良く分かんないけど、みんなで美味しいプリンでも食べればいいんじゃないの? ほら、美味しいもの食べたらその日あった嫌なこととか全部どうでも良くなるじゃん? ──わたしは、平和な世の中を作るために頑張りたい!」


 誰も反応しない。

 え、ソフィーヤさんとかエルタニアさんとか……みんなは違うの?

 美味しいスイーツは万能だぞ?


 ソフィーヤさんが「失礼」といって、進み出てきた。


「では、八人のお友だちいて……その、リリアスさんの言うようなプリンが一つだけだったとしたら?」


「八等分すればいいじゃん」


 再びの沈黙。


「プリンを八等分すれば、満足できない人が出てくるわ」


「だったら大きいプリンを用意すればいい。小さいプリンしか用意してないのが悪いんだぞ」


 皇帝は手のひらに頬を乗せて唇を歪ませた。


「まるで子供みたいね。そもそも八つの国の君主を集めるのだって、そう簡単な事ではないのよ?」


「そんなにおかしなことかよ。子供っぽくてもいいじゃんか。……わたしまだ十六だし……」


 わたしでもやるときはやるんだぞ。たぶん。


「……あはっ」


 笑われた。


「あはっ、あははははははっ!!」


 皇帝が大声を出して笑っている。

 なんだよ。決意を語ったわたしがバカみたいじゃないか。……てか、わたし何を言ったんだっけ? やばい。頭の中が真っ白になってきた。頬が熱い。


「余は決めたわ。やはり、あなたはそうなのね。ならばそれにふさわしい地位を授けましょう。──史上初めてとなる三大将軍の四人目の地位を」


 呆然と皇帝を仰ぎ見る。


「…………へ?」


 今、なんて言った?

 ソフィーヤさんたちも理解に戸惑った顔をしていらっしゃるぞ。


「さあ、虐殺に励みなさい。他国の兵士、魔物、魔族、そして魔王──全てを殺し尽くす権利が、あなたの手に与えられたのよ。聖女と兼任? 大いに結構。今ここに、聖女でありながら大将軍となった傑物に、余から二つ名を授けましょう」


 そうして、皇帝は頬杖をついて不敵に笑った。


「『根絶やし聖女』のリリアス・ブラックデッド。これがリアの二つ名よ。『天光招来』のドーラ・ブラックデッド、『王奪権』のソフィーヤ・アークラス、『首刈り姫』のアリス・ブラックデッド……そうそうたる人材が揃ったわね」


 ……。…………は?


 はぁあああああああああああああああああああああああっ!?

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