18.『VS勇者』

 わたしとアズサは、中庭の真ん中に移動する。


 デコボコに地面が砕けており、アズサが戦ったという『見習い』がどんな規格外か見えてきた。魔法剣士だろうか。地面に綺麗な切れ目がついているのを見ると、斬撃を飛ばす系の理不尽剣士みたい。


 きっと強いんだろうな。帝国の未来は安泰だ。


「ほら、剣」


 わたしのほうへ剣が飛んできたので慌てて躱す。


「刃物を投げるなよっ!?」


 鉄の塊が地面に当たってボスンと音を立てた。ギラギラしている。硬そうだし、いかにも重そうな剣だ。


「……わたし、こんな重いの振り回すのやなんだけど」


「なに、決闘を放り出すつもり?」


「そういうわけじゃないけどさ……暴力で解決するのは野蛮だと思うんだ。ここはオセロとかで……」


「そんな決闘あるかぁっ!! ここは、異世界なんでしょ!? 剣と魔法のファンタジーな世界なんでしょ!? 決闘とか定番じゃない! 剣を取りなさいよ、魔法を使いなさいよ! 召喚されてから散々な目にあってきたのよ、私にファンタジーを味あわせてよっ!!」


 あまりにも理不尽だ。何だこの勇者、やっぱりバーサーカーじゃないか。黒髪を持つ人はバーサーカーになる法則でもあるのか?


 やがて、息を切らしたアズサは目に危険な光を宿らせて狂気じみた笑顔を浮かべる。

 剣を手にして今にも斬りかかってきそうだ。超怖い。


「ふふふふふ……ならば、あんたが剣を取れるようにしてあげる……」


「なあ、ちょっと落ち着けって。何だったら、ココロと一緒に城下街の喫茶店でお茶でも……今ならりんごとぶどうのパフェが安くなっているんだ」


 わたしは平和主義者だ。相手を説得するためにはまず会話から入る。次に肉体言語、最後に殺しだ。


 だから会話を──


「私はもうココロちゃんのファーストキスを──」


 瞬間。


 わたしは地面に落ちている剣を勇者の顔面に向かって投げていた。


 投げた剣は勇者の頬を浅く切り裂いて、そのまま背後に屹立する尖塔を木っ端微塵に爆砕する。熱で溶けたのか赤い閃光と化して、そのまま雲を突き抜けて消えていった。


 遅れて、すさまじい突風と尖塔の崩壊する轟音が響く。


「……は?」


 なぜか躱した本人が驚いた表情を見せていた。へっぴり腰でブルブルと震えているように見えるが、仮にも女神からスキルを貰った超絶勇者なのだ。きっと勇者の世界に伝わる超能力とやらの発動ポーズに違いない。


「ちょ、ま──」


「死ね」


 わたしはアズサの懐に潜り込んで顔面をグーで殴っていた。思ったより硬い。だが、気にしないで強引に拳を振り切る。


 べしょり、と血糊が身体中についた。


 警戒を緩めずに、そのままアズサの目を見上げると。

 目の前には首が無くなったアズサの身体と、くるくると冗談のように飛んでいく首があった。

 勇者と戦うんだから、一度や二度は殺される覚悟をしていたのに。


「よっわぁ……」


 呟いてみる。楽しい。

 やばい。ちょっと歪みそう。

 勇者ちゃんが可愛く見えてきた。


 平和主義者のわたしが殺してしまったことは悔やまれるが、いつもの事故だ。ブラックデッド家の由緒正しい家訓にも『邪魔者は殺せ』と書かれている。


 そんなことよりも。


「──大丈夫か!? 変なことはされてないか? ……え、えっちなこととかされてないよな!?」


 死体を飛び越えて、ココロのところまでダッシュ。そのまま抱きつく。……あ、血がココロについてしまった。まあ、いいか。一緒にお風呂に入れば問題なしだ。ついでに洗いっこをしよう。


「よしよし、大丈夫だよな。うんうん。最初からおかしいと思ってたんだ。あの勇者は迷いなくココロを選んだ。このおっきな胸を見て決めたんだ! そんな不埒なやつにココロは任せられない!」


「リアちゃん……」


「前に父さんが言ってたんだ。『女の子の胸を見て話すような奴は、首を飛ばしてお頭の煮付けにしてしまえ』って。やっぱりうちの家は頭がおかしいよな? 人の頭を煮付けにできるかっての。だから、首だけ飛ばしといたぞ」


 女の子を胸で見て判断するなんて最低だ。天誅を加えても許されるだろう。


「…………」


「ごめんごめん。友達だからって抱きつくのはベタベタしすぎだったな」


 よほどあの変態勇者が怖かったんだろう。固くなってしまったココロをポンポンと叩く。


「わたしの家は父さんから妹まで、みんな頭がおかしいけれど、もうあんな家からは解放されたんだ。あんな変態から解放されたココロも、わたしと一緒に聖女としてやっていくんだ。これからよろしくなっ、ココロ!」


 わたしは、にっこり笑って手を差し出す。


「……よろしくね、リアちゃん!」


 ココロはそんな手をぎゅうと握ってくれて、向日葵のような笑みを浮かべてくれた。


 ガシャン、と何かが落ちた音がした。

 その方向へ振り返ると、わなわなと肩を怒らせたメイドもどきのエルタニアがいて、────あ。


「……勇者様……? リリアスさん、あなたはいったい何をしているんですか……?」


「あ、あはは~?」


「目を見なさい? 私の目を見て白状しなさい?」


「いや、なんか勇者の首が勝手に取れて」


「そんなわけあるかぁ────っ!!」


 死んだ目をかっぴらいて、空間魔法の穴から例の巨剣を取り出そうとしているエルタニア。


 わたしは脱兎のごとく遁走した。

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