15.『勇者が選んだ聖女』
「名を聞かせてくれるかしら?」
「赤羽梓です。アズサと呼んでください」
「ならば、アズサ。これから魔王を倒す旅に出るのだから、余の助力を受け取りなさい」
皇帝が頬杖をついたまま手を振る。すると法衣姿のおじさんが鉄の剣とたぶんお金の入った袋をアズサに差し出した。
勇者はそれを遠慮もなしに受け取ると、鉄の剣をいきなり抜いてぶんぶんと振り回し始めた。おい、刃物の扱い方がなってないぞ。
「次に旅に同行する聖女として、彼女らの中から一人選びなさい。能力は一長一短ながらも、優秀だと余が認めた者ばかりよ」
「え、こんなにたくさんの中から……?」
「彼女らはハンカチを持っているでしょう? 白色のハンカチは聖女として最高峰。各種色のハンカチは、特定分野に秀でた力を持っているわ。あなたの旅路に付き従う人よ。吟味して選びなさい」
アズサの視線がこっちを向いた。聖女たちはぴくりと肩を跳ね上げて緊張に震える。
奴隷の競売だと思ったのは、間違いじゃなかったみたいだ。皇帝め……。
勇者に選ばれれば、英雄に付き従った聖女として莫大な名声と故郷への財の仕送り、そして暮らしが手に入るだろう。
「あの」
「ふぇ? ……な、なんだよ」
なんと最初はわたし。まあ、端っこにいるし、みんなとは違った黒いハンカチを持ってるし。
「失礼だけど、こんな小さな子でも、聖女ってなれるものなの……?」
本当に失礼だな。
しかし、アズサと名乗った勇者は本当にブラックデッド一族そっくりだ。黒髪に顔の造形……ただ、瞳が赤じゃなくて黒なのは違うか。
「それに、みんなとは違った黒いハンカチ……あなたは何に特化してるの?」
「わたしはこれでも十六だ。ブラックデッド家の次女で、回復魔法が得意だな。それ以外はからっきしだ。おすすめはしないぞ」
「いや、自分でそれを言うの……でも、回復魔法か。旅に一人ヒーラーは欲しいけど……」
アズサが頭をかく。
すると、皇帝がこほんと可愛らしい咳をして注意を集めた。
「この場に集められた聖女は、みな回復魔法を遜色なく使えるわ。リアの特技は何だったかしら? 伝えてあげなさいな」
「……皇帝……っ」
「早くしないと日が暮れてしまうわよ」
余計なことを! ……しかし、特技か。なんだろうな。
「ブラックデッドだから、人は何人も殺してきたけど……それだけだぞ。そもそも引きこもりのわたしに特技なんてものはない」
「人を……殺してきたの? その小さな身体で、その幼さで……!?」
おや、勇者ちゃんがすごい顔をしている。
「ドーラ姉さんほどではないけど、人をミンチにすることくらいはできるよ。ただ、わたしは平和主義者で──」
「ごめん、無理。こんな純粋無垢そうな顔をして人をミンチにする幼女とか見ちゃったら、私眠れなくなる」
「よ、幼女……!? わ、わたしは──」
「白から彩度が離れた色のハンカチは聖女としての素質がないことを表しているわ。……そうね、リアは黒。力と魔力が強くて、人を殺す才能だけはあるブラックデッド。聖女の素質はゼロとだけ言っておくわよ」
皇帝の追撃により、わたしは衆目の前で床に崩れ落ちる。
「後、私は胸の大きな子のほうがいい。だからごめん」
「死ね、変態勇者っ!! うわぁあああんっ!!」
こうしてわたしは勇者に断られた。計画通りなんだけどちょっぴりだけ、傷ついた。
それからアズサは早々と質問をしていき、全員に質問を終えた後、迷いなく一人の前に立つ。
「じゃあ、この子にしようかな」
「……ええっ! わ、私ですか!?」
選ばれたのは、ココロだった。隣には崩れ落ちたわたしが真っ白に燃え尽きて残っている。
ココロ・ローゼマリー。
確かに勇者に付き従う聖女として、彼女はふさわしい。聖女適性最高の白色。献身的な心遣い。そして、他の聖女候補に比べて大人びた風貌。
アズサの視界には最初からココロ以外映っていなかったに違いない。そう理性では分かっているのに。……なんか気に入らない。ぼこぼこにしてやりたい。
「では、選ばれなかった者は明日、王城の庭に集合よ。勇者を逃したところで、あなたたちは聖女なのだから。帝国の発展の礎になりなさい」
「あの……私はどうするんですか……?」
ココロが不安げに瞳を揺らす。それを見て、皇帝は嗜虐的に唇を舐めた。
「確か、ココロ・ローゼマリーだったかしら? 旅支度を整えて、湯浴みでもしていなさい。後で余自ら迎えに行くわ」
「は、はい」
「ココロ……」
わたしが呼び止めると、ココロは悲しげに笑みを浮かべる。
「……選ばれちゃった」
「わたし、もしかしたらこういう時が来るかもしれないって思ってたんだ。ココロはいいやつだから、勇者が選ぶのも当然だよ。おめでとう」
「リアちゃん、私は……」
なんでそんな顔をするんだ、ココロ。王城に来て、聖女になって、しかも勇者に選ばれたんだぞ。もっと嬉しそうな顔をしろよ。
なんで、そんな泣きそうな顔なんかするんだ。
「旅支度を手伝うよ。ココロはなんだか心配だから。……出会ってから別れるまで、結構すぐだったな。ほんと、運命の女神もひどいことをするよ」
ブラックデッド家は神を信仰しないで、強者や始祖のブラックドラゴンを尊んでいたらしい。わたしもそっちに鞍替えしようかな。
「……じゃあね」「またな」
そんなわたしたちを見て、勇者ちゃんは何やらとても罪悪感に駆られているような、そんな表情を浮かべていた。
「……王様、あの」
「あら、アズサが選んだ結果じゃない。余に何とかしろと言われてもねぇ」
そうだ。わたしとココロを引き裂いたのはおまえだ、勇者。地獄の炎に焼かれて詫びろ。
「な、なによ!」
そんなわたしの猛獣のような視線を受けて、勇者は慌てて「【ステータスオープン】」と唱え、自分の世界にこもってしまった。あ、この引きこもり! 出てこい、卑怯だぞ!
「あなたも早く自室に戻りなさい。余は明日から三大将軍たちを集めて会議を開かねばならないから」
「……ん? ドーラ姉さんとアリスも呼ぶのか?」
「ええ。あなたも姉妹のよしみで参加してみる? ソフィーヤも顔見知りなのだし」
「断るね。誰がそんな物騒な会議に参加するか」
それに、下手に参加すれば殺人を押しつけられる気がする。そんな会議まっぴらごめんだ。
「それは残念」
皇帝はまるで思ってなさそうな顔でくすくすと笑う。そして、一心不乱に光る板を眺めていたアズサへ呆れたように声をかけた。
「力試しがしたいならば、中庭の訓練場へ向かいなさい。帝国軍の見習いとして今朝、門戸を叩いたばかりの少年がいるの。彼相手に存分に力を振るうといいわ」
「それは、」
「あら、負けるのが怖いのかしら?」
流石は皇帝だ。煽るのも一流だな。
「ぐっ……その少年が私の剣を受けて無事な保証はないですよね? 私は女神から色んなスキルを貰っています。そんな私に見習いが勝てるわけがないと思うんです」
流石は勇者だ。その自信はすごいと思う。
一つ失念していることがあるとすれば、相手は『帝国軍』の見習いだということ。バーサーカー志願の見習いなど、まともな人間であるはずがない。
まあ、勇者なんだし大丈夫か。
「勝ってから吠えなさい。別に殺してしまっても構わないわ。代わりはいくらでもいるんだもの」
「なっ!?」
殺しても大丈夫だぞ、勇者ちゃん。神殿でひょっこり復活するんだから。代わりなんていなくても、数日に分ければ十分本人だけで勤められる。
「……この国の幼女は、王様やら聖女やら……なんでこんなに物騒なのよ……」
何か聞こえたような気がするが気にしないでおこう。うっかり腕が滑って勇者をミートスープにしてしまいそうだ。
こうして、アカバネ・アズサが勇者としてこの世界に召喚された。
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