14.『勇者召喚』

「さあて。聖女の任命も終わったことだし、そろそろ勇者召喚を始めましょうか」


 皇帝が一声上げると、法衣の人たちが一斉に両手を組み合わせ、祈りを捧げる。彼ら彼女からはキラキラとした光の粒子が立ち昇り、皇帝の元に集まっていく。


「余は伝説に基づいて勇者を召喚する。海の向こうの魔王、その脅威が迫ってきているからだ。魔物の跋扈、魔族の軍勢──それらを打ち払い、光をもたらさんと勇者は召喚される。祈れ、勇者が我らの世界に訪れることを! 祈れ、勇者が善に与するものであることを! 女神ではなく、余に祈るのだ!」


 皇帝が玉座からゆっくりと立ち上がる。光の粒子が手のひらに集まって、大きな剣が現れた。


「なんか、すごいな! ちゃんと民のことを憂う皇帝っぽい! ……でも、本当に勇者なんて必要あるのか? 三大将軍とかで十分なんじゃ……」


「しっーだよ、リアちゃん……っ!」


 皇帝は、剣を床に打ち付ける。

 カァン、と音が高らかに鳴り響き、わたしたちの目の前に巨大で複雑な魔法陣が現れた。


 祝詞の合唱。燐光の乱舞。皇帝の言葉。

 その全てが複雑に絡み合い、一つの結果をもたらす。

 魔法陣から天を衝く光の柱が立ち昇った。


 ……やがて、光が収まる。


 衆目を集める。わたしも興味津々に見てしまう。



「あれ……私……?」



 目の前には、高等学校の制服をまとった黒髪黒目の少女が呆然と立ち尽くしており──


「勇者召喚の儀は成功したようね。イザベラ、後は任せたわ」

「分かりました、アンネリース皇帝陛下」


 皇帝は退屈そうに玉座に座り直して、脚を組む。


 ……本当に皇帝は勇者に興味があったのか? 面白そうだからとかそういう理由で適当に召喚してみたとか、そういうんじゃないよな?


 少女の前に、イザベラは進み出た。


「勇者様! どうか私たちの世界をお救いください! 今、私たちの世界は邪悪な魔王によって破滅の危機にあるのです!」


 嘘こけ。帝国が世界から恐れられているんだ。三大将軍とか帝国軍とかが戦争を仕掛けまくっているからな。魔王よりよっぽどたち悪いんじゃないのか?


「私が、勇者……? 確か、通学路でトラックにはねられて……それで、女神とかいう人からスキルとか貰って」


「やはり、貴方が選ばれし勇者なのですね! 千年の予言にあった救世主こそ、貴方様なのです!」


 嘘こけ。千年の予言とか救世主とか聞いたことないぞ。イザベラさん、あんた本当に大聖女なのか? 純情な少女を言いくるめているペテン師にしか見えないぞ。


「じゃあ、もしかして……【ステータスオープン】」


 少女の目の前に、薄い光を帯びた板のようなものが現れる。数字やら文字やらが書かれたそれに、勇者は周りの目も気にしないで夢中のようだった。


「本当に出ちゃったよ……スキルは、全魔法適性・全属性耐性・物理耐性・剣術・体術・剛力・堅牢・縮地・先読・魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・鑑定・女神の加護・アイテムボックス・言語理解……ユニークスキルは、リスポーン!? つまり、何度死んでも蘇るってこと!? チートじゃん!!」


 少女は目をキラキラさせて雄叫びを上げたり、拳を握りしめたりしている。完全にやばいやつだ。


「なぁ、ココロ……あれって、自分の能力値とかが全部あそこに書かれてるってことか?」


「たぶん、そうじゃないかな? 昔の勇者も同じようなことをしたっていうし……」


「…………うわぁ」


 エルタニアの言葉が思い出される。


『自分の能力値を自慢気にさらけ出すのは、公道で恥部を露出するような愚かしい行為です』


 つまり、あの勇者は今全裸で大通りを爆走しているようなものか。逮捕しろよ、何やってんだ、警察。


 法衣を着たおじさんがエルタニアさんに命じられて勇者が何かを口走るたびにメモ取ってるし……何なら後ろの人、光る板を覗き込んでるし、肝心の勇者は全くそれに気づいてないし。


「すごいなぁ……こんなラノベみたいなこと、本当にあるんだ! ……えっと、じゃあ私が勇者で、あなたたちは私に助けを求めているってことでいいんですよね? 魔王を倒せば、それでいいんですよね?」


 うんうん、と白々しく頷く周りの人たち。


「元の世界に戻ることとか、報酬とかは……」


「魔王を倒したら元の世界に返してあげるわ。そうね。魔王討伐した報酬は……何でも好きなものを頼んでもいいわよ。富でも、領地でも、男でも。だから帝国のために励みなさい」


「なら……あなたの地位を貰うこともできるってことですよね?」


 ……? 何いってんだ、こいつ。


 勇者がキメ顔で人差し指を皇帝に向けて突きつけている。

 人々にどよめきが走った。それを聞いてなぜか誇らしげにしている勇者ちゃん。


 皇帝の口角がキュッと上がる。たったそれだけなのに、部屋の温度が数度一気に下がったようにわたしは感じた。


「つまり、余から皇位を簒奪する気があると言うのかしら?」


「どうなんですか? 何でもいいなら、文字通り王の座も譲ってくれるんですよね?」


「……いいわよ。魔王を倒せたなら、ね」


 勇者には、皇帝のあの目が見えていないのか? 人を人とも思わない冷酷さ。圧倒的上位から人々に慈悲を垂らす神のごとき光が。


 まあ、わたしも昨日同じようなことを仕出かしたから勇者ちゃんと同類なんだろうけどさ……。

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