13.『大聖女との出会い』

 翌日、玉座の間にて聖女たちが集められていた。


 玉座で面白そうに顔をにやけさせながら座っているのは、あの皇帝だ。

 こっちが見ていることに気がつくと、ニヤケ顔で小さく手を振ってきた。振り返さなければ不敬罪として死罪である。こんな国さっさと滅べばいいのに。


 皇帝と親しげ(そう見えるだけ)にするわたしは、ますます周囲から孤立していく。

 後で覚えてろよ。


 順番に並べられ、一番端っこのわたし。隣にはココロが来た。こうして並んでいるとまるで競売に出される奴隷のようだ。わたしは見たことがないけれど、アリスが興奮して語ってくれたことを良く覚えている。妹の情操教育はすでに失敗しているのかもしれない。


「あれが皇帝陛下……? 変わらないな……ほんと……」


「昨日わたしはここに一人でぶち込まれたんだ。ゲロ吐きそうだった」


 ひそひそと他愛もない話をしていると、大扉が開けられて、ぞろぞろと法衣を被ったおじさんおばさんが玉座の間に整列する。一斉に跪く中、一人の老婆がゆっくりと歩み出てきた。


 新聞で見たことがある。

 聖女を取りまとめる聖堂委員会の長。大聖女イザベラだ。

 前に並んでいるわたしたちに微笑みを見せると、一枚一枚ハンカチを手渡していく。


 見ると、赤、青、緑、白と様々な色のハンカチが渡される。そして、ココロにはこれまで二人しか渡されていない白が渡された。イザベラはにっこりとココロの前で満面の笑みを浮かべる。


 ココロ、もしかして成績がすごく良かったのか?


 いよいよ、わたしだ。

 さて、何色が来るのかな。


 イザベラはココロの時とは対照的に全く表情が緩まない。ハンカチを渡すときは、一応全員の前で薄っすら微笑むはずなのに。


「あ、あの……?」


 イザベラがわたしに向かって差し出したのは、黒色のハンカチだった。……え、なんで?


 周りを見ても黒いハンカチなど貰った子はいない。

 イザベラがゆっくりと口を開く。


「殺戮者め。地獄に落ちろ」


 …………。


 この人、大聖女だよな!?


 皇帝の方を見ると、ぷるぷると肩を震わせている。顔は無表情を保ったままだが、あれは間違いない。楽しんでやがるな、あのクソ皇帝!


「理由を聞いてもいい……?」


「基礎教養がまるでダメ。外交関連の知識はそれなりに。……殺戮論が満点」


 なるほど。そりゃあ殺戮者だわ。わたしでも一発で納得してしまう。


 ……違うだろ。そうじゃないだろ!


「誤解だ。わたしは殺戮者じゃない、清く正しい平和主義者だよ。それを勘違いされちゃ困る」


 イヤだ! 敬語が使えないせいでものすごくサイコパスっぽい! その証拠にイザベラさんの目なんて完全にこっちを敵認定してるじゃないか!


「貴方、これまでに人を殺したことは?」


「それなりに……」


 ブラックデッド家に入ってみるといい。感覚が死ぬから。


「罪なき人を?」


「……それなりに」


 たぶん、罪無き人だったんだろうな。


「……何人?」


「十人から数えてない。一々数えるのは時間の無駄だって、ドーラ姉さんが言ってた」


 その割にドーラ姉さんは数を数えるのが大好きな人だった。おちゃめな人だな。


「……平和主義者……?」


「言っておくけど、今まで殺してきたのだって、ほとんど事故だから! 肘が当たったとか、わたしら姉妹喧嘩に巻き込まれたとかだよ。自分の意思で殺したことなんて数回程度……あの時は……まぁ、イライラしてたんだ……ははっ」


 目覚ましがうるさくて腕を振り回したら、使用人がミンチになってたなんて珍しくない。でも、アリスのところの使用人なんて数日に一周するほどのローテーションを組めてしまう。わたしはローテーション無しだったんだ。うん、命は大切にしなくちゃな。痛いのは誰だってイヤなんだから。


「あなたは紛うことなき殺戮者です」


「うなっ」


 何を失礼なことを。それならブラックデッド家のみんなや皇帝とかはどうなってしまうんだ。


 わたしは平和主義者だ。相手を説得するためにはまず会話から入る。次に肉体言語、最後に殺しだ。

 ブラックデッド家のみんなは、まず殺す。そして神殿で復活した後、暴力を振るって、言うことを聞かなければもう一度殺す。そうやって相手を屈服させてから初めて会話に入るのだ。

 わたしのなんと慈悲深く、心優しいことか。


 皇帝がついに我慢できずに爆笑を始めてしまった。側に仕えていたソフィーヤが頭を抱えて大きなため息を漏らす。


「もういいのではなくて? イザベラ、あまりからかわないで。その子は余のものになる先約が決まっているの。聖女になりたいと踊るリアを、見てみたくないかしら?」


 ほんといい趣味してんな、腐れ皇帝。


「アンネ。本当にあのブラックデッドを聖女にするつもりですか?」


「あら、いけなかったかしら?」


「……くっ」


「貴方お得意の通り名でもつけてみる? そうね、『根絶やし聖女』なんてどうかしら」


「アンネ、冗談ではすみませんよ!」


 大聖女が皇帝に一喝する。


「ふふっ……」


 蠱惑的に笑う皇帝は、こちらをちらりと見た。こっち見んな。

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