12.『眠れぬ夜』
ココロの膝の上にわたしは座って、一緒に夜空を眺めている。ココロの太ももはぷにぷにしておりとても心地いい。良い匂いがして安心する。
「なぁ、ココロ」
「なあに、リアちゃん」
「明日召喚される勇者って、どんなやつかな」
「うん? 気になるの? リアちゃんも英雄様に取り入って玉の輿に乗ろうって寸法なのかな?」
そんなわけないだろ。そもそもブラックデッド家は帝国有数の名家だ。逆に勇者がわたしの玉の輿に乗ってくるやもしれん。
くすくすと笑う声に、からかわれたと気づいたわたしは頬を膨らませる。ココロはそんな頬をつんつんと突いてくる。
「おとぎ話だと日本ってところから召喚される高校生だって。日本ってどんなとこだろうね……」
ココロはどうやら勇者について詳しいようだ。そりゃそうだろう。わたしと違って、至極真っ当に聖女を目指している身なんだから。これから旅をするかもしれない相手を知ろうとするのは当然のことで……。なんだか気に入らない。なんでだろ。
「高校生って、高等学校の生徒のことか? 学業の途中で召喚されるだなんて……流石皇帝だな。異世界にまで迷惑かけるだなんて」
「そうかな? 召喚された本人はすごく喜んでいたみたいだよ? 退屈な日常、とかに辟易してたんだとか……」
「ふーん。まあ、分からないこともないけどさ。けど、わざわざ安全な学校生活を捨ててまで戦争に行こうとは思わないなぁ」
「ちなみに、勇者様は全員黒髪らしいですよ?」
にやにやと耳元で囁くココロに、わたしはぴくりと肩を跳ね上がらせた。
なんと。ということは、勇者はブラックデッド家のようなバーサーカーだということか。それならば、安全を放棄してまで戦争に行く理由も納得できる。
なるほどなるほど……なるほどなぁ。
「やっぱやだな」
「え?」
「そんな頭のおかしなやつに、ココロは旅に連れていかれるんだろ? わたしだったらごめんだね」
その言葉がわたしの口から出た瞬間、ココロは膝の上に乗った小さなわたしを押しつぶすようにぎゅうとしてきた。
苦しい、苦しいっ!
「やっぱり、初夜は大切にしないといけないよねっ!!」
目が怖い。
「なんの話だよっ!?」
「一緒に寝よって話だよっ」
絶対違う気がする。まぁ、ココロならわたしに危害を加えないという妙な信頼感があるので流されるままわたしはベッドに横になる。
「あ」
「どうしたの?」
もぞもぞとして、わたしは小さな声で呟いた。
「……きまくら」
「え?」
「抱きまくら……おっきなペンギンのやつ。わたし、あれないと眠れないの……」
ココロが目を丸くする。
しまった。家に置いて来てしまった。引きこもり生活が続いたせいで身近な物は手の届く範囲に揃っている感覚になってしまった。
おっきなペンギンの抱きまくら。あれは新聞のクロスワードで初めて当てた思い出の品なのだ。そして、世界に二つとない希少なものでもある。
……どうしよう。
「ふふーん。そういう時のために……じゃーん!」
ココロが持ち込んだ荷物をごそごそと探して、引っ張り出す。そ、それは──
「ペンギンの、パジャマ……」
ありえない。かのパジャマは特売品で、わたしが父に土下座までして頼み込んでも売り切れの一点張りだったはず。
それを、ココロが持っているなんて……!?
ココロがペンギンのパジャマに着替える。見違えるような人の大きさのペンギンの姿があった。パジャマではなく、寝袋といった感じ。
「一緒に眠れば、抱きまくらの代わりにはなるかもしれな──」
「わぁあああああ〜っ♪」
おっきなペンギン! おっきなペンギン!
「ちょ、ま、やめ、」
ベッドに押し倒して、めちゃくちゃにしてやった。ブラックデッド家は力が強い。その力を不完全ながらも受け継いだわたしは、か弱いペンギンごとき簡単に押さえつけられる。
途中からココロの泣き叫ぶような声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。わたしがもみくちゃにしているのは、おっきなペンギンなのだから。
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