11.『一口欠けたサンドイッチ』

「おかえりなさい、リアちゃんっ!」


「おわぁっ!?」


 わたしより大きな身長の女の子が抱きついてきた。そのままよしよしされて、ぎゅっとされる。

 目の前にはココロ・ローゼマリーの可愛らしい顔立ちがある。


 皇帝に対する謁見、エルタニアの鬼畜試験を乗り越え、やっとのことで解放されたわたしは、自由時間ということでココロを探そうと王城を一回りしてみたのだが──思いの外、王城が立派で大きく、運動不足のわたしは危うく遭難するところだった。


 結局、時間に間に合わず夕飯も取れなくて涙ぐんでいるわたしを、王城のメイドたちが囲んで質問攻めにした後、なぜか登録してある自室へ向かわされたところである。


 ココロがわたしと相部屋に登録したのだ。……しかし、エルタニアによると双方の合意がなければ相部屋にはできないはずなのだが……ちょっぴり怖いのでこれ以上追求しないでおく。


「じゃーんっ!」


「ココロ、これは……?」


 存分に大きな胸の洗礼を受けたところで、ココロが取り出したのは人の頭が三つほど入りそうな大きなバスケット。


「ご飯だよ。リアちゃん、まだ食べていなかったよね? 取ってきたんだ!」


「ココロぉ……!」


 なんて優しい子なんだ! 皇帝とか見てきたせいで人の心の温かみをすっかり忘れていた!


 思い出したようにきゅぅとお腹が鳴る。


「あ、開けてもいいか……開けてもいいよな!?」


「もう、リアちゃんがっつき過ぎだよ。食べ物は逃げたりしません」


 バスケットを開けると、そこにはレタスやお肉やらがタレ絡まってパンに挟まったサンドイッチがあった。


 くうっ、この芳しい匂い、たまらないよ。


 いつの間にか垂れてきたよだれを慌てて拭う。


「元々はバイキング形式だったんだけど……バスケットに入れるために、具を選んで朝食用のパンに挟んだんだ。……どうかな?」


 そう言って遠慮がちに笑うココロの両手をがしりと掴んでぶんぶん振り回す。


「いいよ、いいに決まってるっ!」


「えと……えへへ」


 ココロの顔がみるみるうちに赤く染まって、顔が蕩けた。

 そんなココロを見ていると変な気持ちになってくるので、急いで食事に手を付ける。食前の祈りも無しに、パクリと一口サイズの欠けがサンドイッチに生まれた。


「んん!!」


 たっぷりの肉汁にタレが酸味で引き締めて、それをレタスなどの野菜が包み込み、調和してくれる。


「おいしいっ……!」


「よかったぁ! まだまだあるから、たくさん食べて?」


 にこりとココロは微笑んでくれる。今日出会ったばかりなのにここまでしてくれるだなんて。ココロが男を連れてきたときはじっくりと見定めてやろう。変なやつに取られるくらいならわたしがもらってやる!


 胃の腑に落ちるとたちまち熱を帯びて、身体の中に炎が灯ったようだった。今日あった様々な恐怖体験、苦労体験が、このサンドイッチを食べるためだけの前座に過ぎなかったように思えてくる。


 うめぇ、うめぇ……!


 またたく間に平らげて一息つく。


 ぽろり、と。

 水滴が膝の上に落ちた。


 再び、ぽろり。

 膝の上に落ちる。


「……あれ……?」


 視界が歪んでいる。頬を触ると温かく濡れた感触。

 わたしはどうやら泣いているらしい。


 ココロはびっくりして目を見開いている。

 意味がわからない。美味しいものを食べたならば笑顔になるはず。それなのに……。


 涙が止まらない。


「……なんで……?」


「もしかして、まずいのを無理して食べてたの……? 私のせい……ご、ごめんなさ──」


 ココロがくしゃくしゃに顔を歪めて、両手に顔を伏せる。


「違う……そんなわけない」


「……え」


 嗚咽を堪えて。


「たぶん……わたし、他の人と一緒に……仲良く話して、食べたこと……人生で一度もなかったから……それで、わたし」


「リアちゃん……」


 こんな楽しいご飯の時間は、生まれて初めてで。

 だから、きっと。

 わたしはココロの顔を上げて、笑う。無理やりに笑って見せる。


「やっぱり、わたし、ココロの前だとおかしくなるな。こんなにおかしくさせるんだ。……これからもわたしと仲良くしないと、怒るからな……!」


「リアちゃん……本当に、泣き虫なんだから」


「わたしの涙腺は、ここまで脆くなかったはずなのに……はは。ココロに会ってから泣きっぱなしだ」


 たぶん、わたしの心の中で大切なところを優しく触ってくれるのが、ココロなのだ。だから、ココロの前ではこんなにも無防備になってしまう。


 全く、この魔性の女め……!


「ほら、まだまだたくさんあるよ! 食べるたびに泣いていたら夜が明けちゃいます」


「……今回ので一個貸しだからな。いつかおまえを助けて、いっぱい泣かせてやる」


「もう、泣かせるだなんて。……リアちゃんは悪い子だ」


「ブラックデッド家の次女だからな。わたしは悪い女の子なんだぜ?」


 互いに顔を見合わせて。


「ふふっ」「くくっ」


 ぷはっ、とわたし共々吹き出す。


 今決めたんだ。サンドイッチのために人助けをするブラックデッド。そんなのも新鮮でいいじゃないか。


 一つのサンドイッチがバスケットの中から消える。それをわたしは、涙の跡が残る満面の笑みで頬張った。

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