16.『おふろタイム!』

 その日の夜。


 わたしは王城の片隅にある露天大浴場にて、湯浴みを楽しんでいた。


 バカみたいにでかい大浴場だ。


 床は混じり気のない白の正方形のタイルが連ねられており、浴槽は床と同じ高さに設けられていた。お湯は金色の竜を象った口から湯気を伴わせて絶え間なく吐き出されている。浴槽の縁から水が流れ出て、床と区別がつかない。一面から湯気がもうもうと漂っているのだ。


 どれだけのお金をかけたんだろう。


 空を見上げるとまだ日の名残りが山際をオレンジ色に染めている。反対側の空にはポツポツと星が見えていた。


「……はぁ~」


 そんな豪奢極まりない大浴場のお湯に浸かり、脚をゆらゆらとさせていると。

 広い浴槽にも関わらず、わたしの隣のお湯に浸かってきた人物が一人。


「どうかしら。余の王城、自慢の大浴場よ」


「なんで入ってくるんだよ、皇帝」


 ちっちゃくて細やかに動く足。そして、滑るような滑らかさを湛えた太もも。わたしと同じく真っ平らな胴。そして、大きな冠を外した金髪と輝かしい魅力を放つ美貌。


 ルナニア帝国皇帝、アンネリース・フォーゲル・ルナニアだ。

 豪奢な服飾を脱いで、裸体となった皇帝は謁見の時とは違うある種の幼さが加えられていた。


 人をたくさん殺していても、ちゃんと身体は女の子なんだな。毛むくじゃらの化け物とか、腐ったゾンビとかじゃなくてほっとした。


「あら、余の肢体に興味があるのかしら?」


「そんなんじゃない。ただ、びっくりしただけだ。皇帝は二百歳を越えてるだろ? なんでそんな身体のままなんだよ。人間じゃないだろ」


 くすくすと笑い、皇帝はお湯の中で身体を伸ばす。足の指先をぴくぴくと動かして、水面を叩く。小さくてかわいらしい指先が波で弧を描いていく。

 その仕草に妙な色気を感じて、わたしは慌てて目を逸らした。


 えっちぃ。


「失礼ね。ならば、私が実は神だって告白したらどうするの?」


「そっちのほうがなんか安心するよ。願いとか叶えてくれるのか?」


 神の気分なんだろうな。実際、皇帝くらいになると。


「残念ね。余は純正の人間よ」


「わたしの期待を返してくれ」


 ちょっぴり期待していた自分がにくい。純情な子供心を弄んだことをいつか後悔させてやる。


「長生きのコツは知恵を得る事と躊躇しない事。健康の秘訣は毎朝の運動とバランスの良い食事、そしてお風呂にたっぷり入ること」


「普通の人間になれってことか」


「そういうことよ、リア」


 ぱしゃぱしゃと水をすくって遊ぶ皇帝。


 やっぱり、こうしてみると普通の女の子だ。からかい好きで、長風呂な女の子。しかし、皇帝と一緒にお風呂に入るだなんて、引きこもりの時は想像もできなかったな。人生何が起きるか分からないものだ。


「やっぱり、ココロと一緒に入りたかったのではなくて? でも、あの子は勇者に誘われたものね」


「思い出させるなよ。あのアズサとかいう異世界勇者……ココロにずいずい寄りやがって……」


 思い出しただけで気分が盛り下がってきた。

 ココロとのお風呂の先約はすでにアズサに取られていたのだ。だから寂しく一人で先にお風呂に入っていた……のに、皇帝が入ってきて良く分からなくなってしまった。


 旅に出る前に仲を深めておく、という考え方は理解できないこともない。


 だけど。


「あいつはココロの大きな胸が見たいがためだけに、お風呂に誘ったんだ! きっとそうに違いない! あいつはおっきな胸が大好きな変態だからな! ココロの胸に触っていいのはわたしだけなんだぞ!!」


 ココロがあいつに迫られて涙ぐんでいる姿が容易に想像できる。きっとアズサの本性は極めて度し難い変態に違いないのだ。ぐへへ、いい身体してるじゃねぇかお前さん、ちょっと遊んでいこうぜ──とか、そういうことを普段からやっているに違いないのだ。


 許すまじ!


「あなたも大概よねぇ。本当に羨ましいわ」


「何がだよ!」


「何でもないわ。続けてちょうだい」


「続けるも何もないっ!!」


 わたしは怒り心頭もやもやした気持ちのままお湯に頬まで突っ込んだ。水面にぶくぶくと泡が立つ。


 皇帝の眦が上がり、そしてゆっくりと下がっていった。

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