9.『烈日帝アンネリース・フォーゲル・ルナニア』
頭よりも大きな冠を斜めに被った金髪が光に照らされている。
輝くような気品と、気を抜けば魂さえ奪われそうな魅力。そして、支配者にふさわしい絶対的な威圧感。
玉座に優雅に腰掛ける彼女こそ──
「可愛い。幼いころに見たきりだけれども、あまり変わらないわね」
ルナニア帝国の絶対君主である皇帝。
アンネリース・フォーゲル・ルナニアだ。
あどけない幼女そのものの姿に、わたしの心臓は鼓動を早める。それが恐怖に対するものなのか、恋慕に由来するものなのか、わからなくなる。
「余の手元に来てくれれば、幼いあなたをたっぷりと可愛がることができたのでしょうけれども……なるほど。聖女として戻ってきたのは望外の喜びよ」
くすくすと笑う彼女に、わたしは狼狽してしまう。
「…………あ、あの、」
「余は、はっきりとものを言う人が大好きよ」
一段と威圧が強まる。
笑顔のまま圧をかけてくるぞ。さてはめちゃくちゃ短気だな、この皇帝。
「なんで、ソフィーヤさんが陛下の代わりに玉座に座っていたんですか?」
「昔、ソフィが皇帝になりたいとか言っていた気がしたから座らせてあげただけよ。あなた、気づいた時の顔がとっても面白かったわね。気分を害したかしら?」
「…………」
「ふふっ、寛容な人は大好きよ。次はどんなことをしようかしら?」
まるで少女のような笑顔を浮かべている。二百歳越えなのに。
確信した。この皇帝、心から皇帝という立場を楽しんでいる。振り回される部下たちはたまったものではないだろうな。今度ソフィーヤさんにわたしが新聞で見かけた育毛剤を教えてあげよう。
「リリアス・ブラックデッド」
「ひ、ひゃいっ!?」
いきなりフルネームを呼ぶなっ! おしっこがもれるところだったじゃないか!
「あなた、余のものになりなさい。メイド服を着させてみたいわ。ナース服も捨てがたいわね……」
「ふぇ?」
この人は何をいっているのだろうか。人を殺しすぎて頭がおかしくなったのだろうか。そもそも、人間には人権というものがあってだな。
「余は皇帝よ。あなたの人権は思うがまま。余のものになったら、余のために服を着なさい。余のために息を吸って、生きるの。そうすれば、何一つ不都合のない楽園を約束してあげるわ」
精一杯好意的に解釈すればプロポーズとも取れなくもないが、わたしは剣を突きつけられて脅されているようにしか感じない。
さっきから膝が震えて、感覚がなくなってきた。でも、体勢を変えようにも周囲の視線が四方八方から突き刺さってくる。
辛い……お腹痛い。
「お言葉ですが、陛下。国法に従えば、陛下のもの──すなわち、皇帝直属となるのは『三大将軍』と『大聖女』だけです。聖女候補であるリリアスさんは、陛下のものにはできません」
ソフィーヤさん! ああ、ソフィーヤさんっ!
皇帝から発せられる邪悪なオーラをソフィーヤが相殺してくれる。
思わず足元に縋り付いて思いっきり泣き出しそうになってしまった。泣き腫らした後は一緒に盆踊りを三日三晩踊り狂おう。約束だぞ、ソフィーヤさん!
「──ソフィーヤ。余の威光に従わないのか?」
凍えるような気配がした。皇帝がソフィからソフィーヤと呼び変えただけだというのに、玉座の間の空気が凍りつく。
理解する。
彼女は、殺戮者だということを。絶対的な覇者にして二百年を生きる少女の姿を象った化け物だということを。
膝が笑って思わずへたり込んでしまう。
ソフィーヤは、そんな中でも皇帝の目線を真っ直ぐと受け止めていた。
「出過ぎた真似をお許しください」
「……ふっ、そうね。それじゃあ面白くないわね。ありがとう、ソフィ」
直前までの冷たい空気が霧散する。
「リリアス・ブラックデッド。あなたは別室で聖女の適性試験を受けることを許すわ。帝国のために励みなさい」
「……は、はいっ!」
「ただし」
皇帝がわたしを見つめる。その熱っぽく、魂すらも貫くような視線を受けて、呼吸ができなくなる。目の前の女の子のことしか考えられなくなる。
この人は、視線を向けるだけで、人を殺せる。
「聖女になるのなら、妥協は許さないわ。大聖女を目指しなさい、リリアス・ブラックデッド。どのような適性でも、聖女に取り立ててあげる。大聖女になれないなら……そうね、竜の血が流れているのだから三大将軍を目指して殺戮の道に進むのもいいわね」
「…………わたしは平和主義者なんだぞ……そんなことできるわけないじゃないか……」
「ふ~ん?」
皇帝は興味深げにこちらを見る。
ここでわたしは口を押さえた。心の声が口に出てしまっていた。……これは。
「面白い、本当にあなたは面白いわね……いいわ。あなたに敬語は似合わない。友と対するように余に接しなさい」
「そんなこと」
「【余は、信念を語る人が大好きよ】」
皇帝の瞳が真っ赤に光る。……まさか、これは『魔眼』……!?
わたしの口が勝手に動き出す。
「──わたしは代々のブラックデッド家とは違う。その証拠に見ろ、この真っ白な髪と真っ青な目を! こんな美少女が虐殺なんてするわけないだろ? わたしは心優しい聖人君子で、将来は聖女になってぐうたらするんだ! 勝手なことを言いやがって覚えてろよ、すぐに大聖女になって吠え面をかかせてやるっ! ……後、わたしを呼ぶ時は、リリアス・ブラックデッドじゃなくて、リアと呼んでくれ。怖いからさ……」
「…………」
完全に終わった。
引きずり出されたわたしの本音は、場を皇帝の威圧にも負けぬほど凍らせた。
魔眼を使って本音を自白させるなんて、友達との付き合い方が分かるというものだ。この性悪女め……。
皇帝の周囲の従者たちが、わたしを見てひそひそと何かを言っている。
──ブラックデッド家が何を言っているんだ?
──聖女なんぞ務まるわけがない。
──殺戮者の一族が聖女だと?
──殺戮者は一生殺戮者だ。
──ブラックデッド家の出来損ないが……。
「……」
それは、当然の反応。武力しか取り柄のないブラックデッドが、武力を捨てると言っているのだ。その思考に至ったことそのものが、そもそもの異端。
わたしは、ブラックデッド家の最高傑作なんてものじゃない。
「…………っ、」
唇を噛み締め、耐え忍ぶ。
自分が一番分かっている。
そうだ。
──わたしは、一族の恥。
失敗作だ。
「あっはっはっはっ! あはっ、あっはははっ!」
皇帝が突然大きな声で笑い出した。
それと同調するように周囲の従者たちも失笑する。ソフィーヤは笑わなかった。ただ、じっとこっちを見つめている。
「あなたは大聖女になって、この国に何をもたらしてくれるのかしら?」
「……せ、世界平和とか……?」
やばい。何も考えてなかった。
「『平和』……なんとも甘くてうっとりする言葉よね」
皇帝が立ち上がった。
コツコツと、こちらに向かって近づいてくるではないか。
な、なんだよ! なんか怖いから近づくな!
「──かつて、この大陸には十六の国と三種族が暮らしていた。──今、この大陸に残された国は八つ。そのどれもが一種族で統治されているの」
皇帝はわたしの顎を手で持ち上げると、ぐいっと近くに寄せた。
「この意味を考えてから、もう一度『世界平和』について教えてくれる? ──答えを期待しているから」
「……なんだよ……それ」
仲良くしろよな……みんな……。
「もういいわ。下がりなさい──リア」
そして、皇帝は手をしっしと振ってわたしを追い出すように合図する。
大扉が閉まる瞬間、わたしの目に映ったのは、意味深にこちらを見つめる皇帝とその周りでにやにやとこちらを見る性格の悪そうなおじさんおばさん。
くそう、もう少しわたしが平和主義者であることをアピールしておけばよかった……。
やだなぁ、のんびり聖女やれればそれでよかったのに、大聖女か。
お給料とか上がるのかな?
お昼寝の回数とか、おやつの回数とか……。
こうして、地獄のような謁見は終わったのだった。
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