8.『皇帝の噂』
予定時刻ギリギリになって、やっとついたわたしは玉座の間に従者たちによって通される。
目上の玉座に座って物憂げにこちらを見つめている男がいた。暗い灰色の髪を短く整えたイケメンお兄さんである。
「やあ、よく来てくれたね。会えて嬉しいよ」
穏やかに笑いかけてくるが、騙されてはならない。
この皇帝は先代皇帝から冠を奪い、二百年以上もこの国の君主であり続けた化け物だ。他国にバーサーカーどもを差し向けてはお金を巻き上げ、自身も三大将軍に負けずとも劣らぬ武力を持っているというバーサーカーの中のバーサーカーである。
こんな優男のような表情の裏には残虐非道な顔が隠れているに違いない。メイド服を着ることを部下に強要するような変態性が隠れているに違いないのだ。
「あなたが、皇帝……ですか?」
「ああ、そうだとも。私がルナニア帝国皇帝、アンネリース・フォーゲル・ルナニアである。まずは良く来てくれたね、お茶はないけど歓迎しよう」
…………?
笑顔が眩しい。なんだろう、この気持ちは。
目の前の人物が噂の人物と正反対を向いている気がする。
こんな優男が皇帝? 二百年近く生きている化け物? バーサーカーどもを束ねるスーパーバーサーカーだというのか?
っていうか、違くないか。この人、新聞で見た覚えあるんだけど。
皇帝ではなく、三大将軍として。
あれ?
「あの、一つ質問してもいいですか?」
「許すぞ、何でも聞くといい」
「えっと、皇帝って……下剋上とかあるんですか? ……あなたって、三大将軍のソフィーヤ・アークラスさんですよね? なんか名前まで変わってるけど、とりあえずおめでとうございます。前皇帝がめちゃくちゃにしたこの国を正しく導いてください」
優男の目が丸くなった。
そう。この優男の名前はソフィーヤ・アークラス。
ブラックデッド家が独占している三大将軍の地位を初めて奪い取った傑物である。
……まあ、わたしが三大将軍の地位につばを吐きかけた結果なんだけどさ。家族に小言を言われたし、わたしの代わりに鞘に収まった彼のことは結構良く覚えている。
バーサーカーしかいない帝国軍で唯一まともな思考を持つ人格者。皆殺ししか選択肢のない帝国軍を抑えて、敵国に降伏勧告を進める役回りを務めるうちに、他国での評価はうなぎのぼりだという。……いや、どういうことだよ。
「……あの?」
「はぁ。やはり、無理があります、皇帝陛下……」
優男は頭を押さえて玉座から立ち上がる。そして、わたしのところまで降りてくると、ぽんっと肩を叩いて物憂げに微笑んだ。
「……がんばってね」
去り際にはらりと落ちる灰色の抜け毛。……あれ?
なぜだか中間管理職の悲哀という文字列が頭をよぎる。
玉座の後ろからわたしと同じくらいの背丈をした女の子がゆっくりと歩み出てきた。
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