7.『灰色のメイドさん』
一つにまとめた灰色の髪。そして、圧倒的なまでの無表情。切れ目からは見定めるような灰色の眼がこっちにじろじろと向けられている。
まるで相対している人をまな板の上に寝かされている魚のような気分にさせる女だった。
命の危険を感じる。なんで周りの人たちはこの人を怖がらないんだろう。ブラックデッド家に常日頃から入り浸っているわたしでも怖いんだけど。
「私はエルタニア・アークラスと申します。所属は帝国軍、階級は中将、第二師団長です。あなたの母君──軍事大臣にはお世話になっております」
「え、あ……こちらこそわたしの母がいつもお世話になっています……」
帝国軍といえば三大将軍と一緒に各国で戦争を仕掛けまくっているという、ブラックデッド家とはまた違ったバーサーカーどもだ。
その隊長? バーサーカー筆頭じゃないか。
わたしの命の危機管理センサーに間違いはなかった。帝国軍の軍人がわたしの母の横領とかもろもろの一番の被害者なのだ。
死んだ魚のような目。こっちを人間とも捉えていないような冷たいおぞましい目。
あ、死ぬかも……。わたし終わるかも……。
「皇帝陛下との謁見があります。謁見時刻まで後十分です。お急ぎください」
「……んん? 十分!? え、なんでそんなすぐ……いや、そもそも」
「あなたの父君であるブラックデッド卿が無理やり謁見時間を陛下のご予定にねじ込んだためです。さっさとしてください」
いやいやいや、ちょっと待て。普通に迷惑行為だよね? それに皇帝と父さんってそんなに仲良かったの? ルナニア帝国の絶対君主に予定をねじ込めるほどの権力を持っていたの?
え、マジ?
「行きますよ」
「あ、エルタニアさん! 引っ張らないで……服が伸びちゃうから……」
「リアちゃん!」
呆然とやり取りを見ていた聖女候補の少女の中からココロが声をあげる。
「いやあ、あはは。なんか皇帝に呼ばれちゃったみたいでさ。すぐに戻るから、待ってて」
「……うん、待ってるからね! 一生待ってるからね! だから、絶対に戻ってきてね!」
すごく重い。まるで今生の別れみたい。ただ謁見するだけなのに。まるで皇帝が凶悪な殺人鬼みたいじゃないか、あはははは!
「皇帝陛下は時間を厳守する方を好みます。早く向かわれたほうがよろしいかと」
「ちなみに、遅刻した場合はどうなるの……?」
「先月、謁見時刻から二秒遅れた者が一族郎党王城の壁に吊るされました。陛下はコンマ一秒も逃さぬ正確な体内時計をお持ちになっておられます」
「ひぇ」
ああ、気づいていたさ。気づいていたとも。
頭のおかしいブラックデッド家を従わせ、バーサーカー集団の帝国軍をも従わせて、他国に戦争を吹っかけまくってお金を巻き上げているのが、ルナニア帝国の皇帝だ。
部下が頭のおかしいバーサーカーならば、その上に立つのはもっと頭のおかしいバーサーカーだと相場が決まってる!
わたしは命を大切にするタイプのブラックデッドだ。そんなトップと謁見するだなんて、命がいくつあっても足りないぞ!
というか、ブラックデッド家も皇帝も一族郎党って好きだな。連帯責任大好きか。いい迷惑だ。
「……帰ってもいいですか?」
「王城の壁は綺麗にしておきます。安心して吊るされてください」
「安心できるかぁーっ!! どうしてこうなった! 家を継ぐとか、聖女になるとか、皇帝に謁見とか! 全部父さんのせいじゃないか! 聖女になった後でじっくりコトコトぶっ殺して味噌汁にしてやるっ!!」
「自業自得かと」
「わたしは、その言葉が、大っ嫌いなんだよっ!」
狂乱状態に陥っているわたしを他の聖女候補の少女たちは恐る恐る遠目に見守っている。
あ、やばい。平和主義者たるわたしがふさわしくない言葉遣いをしてしまった気がする。殺すとか、色々。
これではまるでブラックデッド家じゃないか。いや、そうなんだけれども。
「後、八分です。ここから玉座の間まで徒歩と階段合わせて十分です。走ってください。ハリアップ、ハリアップ」
「くそぉおおおおおっ!」
涙を散らしながら走る。わたしは少女たちに言い訳の時間も与えないこの世界を深く憎んだ。
「気になったんですけどっ!」
「すごいですね、全力疾走しながらここまでテンションを変えられるなんて。流石はブラックデッド家、生粋のサイコパスです」
おまえも大概だよ!
「どうして帝国軍の偉い人がメイド服なんて着ているんですかっ?」
「皇帝陛下のご趣味です。陛下は私たち部下を囲んでのハーレムをご所望いたしております。これはコスプレ勤務プレイの一環です」
「きっもっ!?」
ヤバいやつじゃん。変態じゃねぇか。
それを実行する皇帝も。それに従う部下たちも。
「今の発言、陛下に対する侮辱として報告してもよろしいでしょうか?」
こちらに向けられる無表情。命の危機管理センサーが360°ぐるりと一周してぶっ壊れた。
「わぁあああああっ! なし、今のなし! まだ王城のシミにはなりたくないからぁっ!!」
この日、全力疾走しながら泣き叫ぶわたしの声は、王城内にいる全員にばっちり聞こえたという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます