6.『聖女入城』

 『聖女』。


 ルナニア帝国における聖女とは、どういった存在なのか。これを説明せねばならないだろう。


 その由来は遥かな昔、この世界を救うために異世界からやってきた勇者がいた。その旅路に付き添った一人の女僧侶が、聖女と呼ばれたことに起因する。


 しかし、今の時代。聖女というのは、大げさな名前をつけられた帝国直属の回復術師である。職業というからには、その職に就いている者は大勢おり、ルナニア帝国では総勢五百人以上の聖女がいるという。


 つまるところ、ちょっと仰々しい公務員だ。


 聖女を統括する『聖堂委員会』、そのトップに据えられた大聖女を頂点とした組織を軸に活動する。

 その仕事の幅は大きく、辺境の孤児院を経営することもあれば、外交官として他国に出向くこともある。


 今回募集しているのは、従来の公務員聖女とは少々違った、本来の意味に近い聖女である。


 近々皇帝によって勇者が、この世界に召喚されるらしい。勇者に魔王討伐の責務を与え、それに随行する聖女を募集しているのだ。


 ……そう、旅をしなくてはならないのだ。下手をこけば、見知らぬ人と一緒に食事も野宿も、生活を共にしなければならないのだ……。


「そんなのはいやだからな。そうだな……聖女候補のなかでちょっぴり優秀なくらいが丁度いい! 一番優秀な人が勇者とやらについていくんだろ? なら、ちょっぴり優秀な人は王城に雇われてぐうたらできるって寸法だ!」


 どうだ、この作戦は!


 これならば引きこもりのわたしでも面倒事は回避できる。一気に国家公務員になって、国の税金で甘い汁を吸うことができるのだ。血みどろ野蛮人だらけの一族とは、こういうところが差ってわけよ。


「そういうの良くないと思うよ。なんというか、小狡い?」


「ココロはマジメだな」


「そう思うのなら、頭撫でて」


 空色の髪に指を通して梳く。すぐさま日向ぼっこしている猫のような表情になるココロ。のどがごろごろなりそうだ。

 かーわいーなぁ。妹のアリスと交換したい。


 や、やめて、その大きな胸で抱きしめるのはやめて、人目もあるから……。


 現在、わたしとココロは王城のどこまでも長い長い廊下を歩いている。赤い絨毯である。端っこに金糸が縫い込まれている。紅茶とかうっかりこぼしたりしたらお掃除大変そうだな、とか思ってしまう。


 わたしたちの前後で列になってぞろぞろ歩いているのは他の聖女候補だ。


 順番に名前が呼ばれている。そして、わたしの番が来たとき、なんか偉そうな法衣を着た人がぴくりと顔を痙攣させて震えだした。


「り、リリアス・ブラック……デッド、様」


「はーい」


 うーん。他の人はみんなさん付けだったのに、わたしだけ様付けだ。


 名前を聞いた他の聖女候補は、一斉にわたしから距離を取った。みんな信じられないような顔でひそひそと話している。


 一人の少女に目を向けてみる。にこりと微笑んでみる。その少女は泡を噴きながら卒倒した。さらにみんなが一歩下がる。


 なんでだよ。

 わたしの身近に残っているのはココロだけだ。


「どうしたの? お腹いたい?」


 ココロが天使に見える。


「いやあ……あはは」


 見事にわたしだけが浮いていた。


 小さな身長に、どう見ても初等学校からやって来ましたという容姿。そして、名前だ。


 リリアス・ブラックデッド。

 まず、名前の響きから物騒だ。なんだ、ブラックデッドって。いかにも人を殺してそうな家名(偏見)じゃないか。この家名を選んだ祖先にじっくりたっぷり聞いてやりたい。そして、武力の頂点に君臨し、三大将軍の座を世襲してきた一族に連なる者が、聖女になるために王城を歩いているのが問題だ。


 将軍と聖女、対義語にもほどがある。


 しかし、わたしは平和主義者だ。一族のようなバーサーカーでは断じてあらず。他の聖女候補にちらりと目を向けられても、笑顔でおじぎができるほどなのだ。


 その人、今ぴくぴくしながら担架で運ばれてるけど。


「こちらに注目してください、注目してくださいっ! これから適性試験を行います!」


 メガネをかけた若いお姉さんがほぼ悲鳴のような声をあげる。まあ、仕方ないもんね。みんな子犬のようにガタガタ震えているもの。


「あなた」


 姉と妹の日ごろの行いが見える見える。きっと王城でも暴虐の限りを尽くしたんだろう。気に入らないやつらを片っ端からぶち殺したに違いない。たぶん、取っておいたプリンを食われたとかそういう理由で。


「あなたですよ」


 でも、あの破滅の化身と名高いドーラ姉さんを従わせるって、皇帝はどんな手を使ったんだろ。ちょっと気になることもない。


「リリアス・ブラックデッドさん」


「ふぇ?」


 肩を叩かれて振り返る。そこには鋭い刃のような印象のメイド服の女がいた。

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