5.『お友達と呼ぶには変態』

 ココロがにこにこと笑いかけてくれるのはいいが、わたしはうまく笑えているだろうか。


 たぶん、ココロはわたしと誰かを勘違いしているのだ。でなければ、存在しない記憶を大量に持っているちょっと頭のアレな子として認識しなければならなくなる。


「……? どうしたの? 熱でもあるのかな」


「ど、どうだろう……」


 すかさずココロが額と額をくっつけてきた。そして、頬を赤く染めて、にっこり照れたように笑ってくる。


 ……う。可愛い。


 イヤだな。わたしを助けてくれた美少女が頭のアレな子だなんて。頭がおかしいのはブラックデッド家で十分なのに。


 ……でも、初対面でわたしの名前出していたし……やっぱり……。


 ふわりとココロの髪の毛から清涼感のある甘い匂いがする。


 あ、この匂い大好き。もう細かいこと考えるのをやめよう。こんなに可愛い子が頭がアレな子なわけないじゃないか。ちょっと良く考えればわかるはずだろう。それでも聖人君子と名乗るのか、わたし。


「助けてくれてありがとな。一応自己紹介しておくと、わたしはリリアス・ブラックデッド、十六歳。好きなものはお茶漬けと肉じゃが」


「知ってるよ! あ、こっちもお返しに……ココロ・ローゼマリー、十六歳です。好きなものはリリアスちゃん! これからよろしくね!」


「……うん? よ、よろしくな」


 うわぁ、すっごい距離が近い。


 手とか握られてる。顔と顔がもうくっつくんじゃなかろうか。……あ、もみもみし始めた。くすぐったい。

 誰にでもこんなスキンシップを取るのか、この子。もしや変態なのではなかろうか。


「どうしてあそこで倒れていたの? 危ないよ、リリアスちゃんとっても可愛いんだから! この世界には変質者とか、誘拐犯とかがいっぱいいるんだよ?」


 あ、ほっぺにわたしの手をすりすりし始めた。

 というか、今この状況そのものがそうなのでは?


「わたしは屋敷の部屋にこもって色々やってたんだ。……その、八年ぐらい。そしたら、父さんがブラックデッド家を継げとか言い始めてさ。今王城で聖女を募集してるだろ? それにかこつけて逃げてきたんだ」


 やべぇな、今考えるとこれ。わたしも父さんも。


「うーん? 家を継げって言われたの? リリアスちゃんならうまくできるんじゃないかな。だって、リリアスちゃんとってもいい子だし!」


 ここでクエッションマークが一つ。

 いい子とブラックデッド家の関係はなんだよ!?


 ブラックデッドなんていい子の対義語みたいなものだろう。……いいや、むしろこれではっきりした。

 わたしとココロは、小さいころに会っていたという事実はない。これは彼女の妄想か、誰かと勘違いしているのだ。


 だって、そうだろう? ココロの記憶では、わたしは何度も遊びと称して彼女をぶち殺しているんだぞ。そんな相手を友達として見られるだろうか。


 わたしなら絶対無理。自分を殺した相手に『わたしたち友達でしょ、ズッ友だぞ♪』とか言われたら四の五の言わずに遁走する。間違いない。


 ココロがよっぽどドMでもなければ……え、まさかそうなのか?


「でも、良かったかも。私も聖女になりに行くんだ。そのために今日は帝都まで来たんだから」


「ココロは、回復魔法を使える……んだよな?」


「もちろんだよ。私たちよく傷を治しあっていたでしょ?」


「……そうか、うん! そうだよな! ココロの魔法は本当にすごいよな」


「ふふっ、変なリリアスちゃん」


 疲れる。すごく疲れるぞ、この会話。


 ただ唯一救いがあるとすれば、ココロが素直だということ。人を疑うことを全く知らないのだ。

 ころころと感情豊かに変わっていく彼女を見て、もしわたしが本当に彼女の言うような幼なじみだったらどれほど良かったか、とつい想像してしまう。


 ……きっと、わたしのダメダメな人生に、光を与えてくれるに違いないのだ。引きこもりのわたしが、初対面でここまで話すなんて、この子相手じゃなければできなかったかもしれない。


 今も、銀色の瞳でわたしを信頼しきっているようににこにこと花のように笑っている。


 だから、わたしは、勇気をちょっぴり出してみることにしたのだ。


「……あのさ」


「ん?」


「わたしと、友だちになってくれないか?」


 沈黙。沈黙が痛い。


「……? 私たち、とっくに友だちだよね。……もしかして、友達だと思っていたのは、私だけ……?」


 やめろよ、その言葉。発狂するぞ。


 ココロは絶望した顔に早変わりを見せる。

 なぜかグサリと刺さる言葉を呟くココロに、わたしは首をぶんぶん振った。


「もう、一度。……わたしは、たぶんきみの知る『わたし』じゃない。だから、もう一度、友だちになってくれないか?」


 心臓が苦しい。ドキドキが止まらない。ブラックデッド家の次女が、友達を作るというだけでここまで緊張するなんて。


 あ、やばい。涙まで出てきた。どうしよう、止まらない。

 今、きっとわたしの顔は世界一の美貌の座をこの少女に譲り渡すほどぐちゃぐちゃだ。


「っ!」


 そんなわたしを見て、ココロは何を思ったのか急に距離を縮めて抱きついてきた。


 苦しい、苦しい。苦しいけど……。

 そうして、背中に手を回して、ゆっくりとさすってくる。


「当たり前だよ。変わってしまった? その程度で私があなたの友達をやめるとでも思った? ……ふふっ、やめてあげないから。私はね、ずーっと、あなただけの友だち、親友、パートナーだよ」


「ココロぉ……っ」


「っ」


 感極まって、わたしは出会ったばかりの少女の名を十年来の親友のように呼んでしまう。強く抱きしめ返すと、ピクリと彼女の身体は硬直した。


「──はむっ」


「ひゃあっ!?」


 今度は別の意味で心臓が跳ねた。


 いきなりココロがわたしの耳を口で咥えてきたのだ。あ、やめて、もぐもぐしないで。


 そうして、幸せの絶頂のような緩んだ笑顔で、ココロはだらだらとよだれを垂らす。……あの、ココロさん?


「えへへぇ、初夜はどこがいいかなあ?」


「…………………………………………」


 何この人。怖い。どうしよう。


 最初の直感は間違っていなかった。ココロは不思議ちゃんの変態だったのだ。まさか初対面の人にこの矢印が向くのではないだろうな? わたしだから良かったものの……。


 涙が一瞬で乾いてしまった。最近ドライアイまっしぐらだな。今度目薬を入れよう、そうしよう。


「はい、目薬だよ」


 目薬が出てきた。ドライアイ用のちょっぴり高いやつ。


「いや、怖っ!? 今の会話からどこに目薬要素を見出したんだよっ!?」


「リリアスちゃんが困っていて、わたしがそれを助ける。『うぃんうぃん』の関係だと思わない?」


「……うーん?」


 『うぃん』がわたしだけに向いているような気がするけれど。それ以前に話が噛み合ってないような……まあ、細かいことはいっか。


「あ、王城についたみたいだよ。ほら、行こう」


 いつの間にか、車は王城の門の前についていた。そういえば、ココロも聖女になるんだったか。しかし、わたしは運がいいな。自分の足で歩くならどれほど日を浴びて死んでいたか。


「ありがとな、ココロ」


「えへへっ、どういたしまして、リリアスちゃん!」


「リアでいいよ。そっちのほうが慣れてるからさ」


「えっ!? 昔はリアって呼ぶと殴ってきたのに……まさか自分から!?」


 わたし、本当にココロのなかではどんなイメージなんだろうか。やっぱりブラックデッド家のイメージなのかな。だったらやだな。


「一つ言っとくけど、わたしはそんな野蛮人じゃないからな。捏造だ、捏造。わたしは平和主義者で、心優しい聖人君子なんだ」


「……」


「なんだよ、その可哀想な人を見る目はっ!」


 ぷはっ、とココロが吹き出す。わたしも同士に吹き出してしまった。そして二人で笑った。大いに笑い合った。


「やっぱり、リリアスちゃん……ううん、リアちゃんはおもしろいね。昔と変わったところもあるけど、やっぱり、リアちゃんはリアちゃんだ」


「その凝り固まった変なイメージを崩してやるから、覚悟しとけよ! わたしは断じてブラックデッド家の頭のおかしい空気には染まってないからな! 気に入らない一族を肉じゃがにもしないし、戦争にも行く気はないからな!」


「うんうん、肉じゃがよりトマトジュースだよね」


「違ぁーうっ!!」


 こうして、ちょっぴり頭のおかしい変態少女ココロと、すごく頭のおかしい我が家から抜け出したわたしは、友達として共に王城への道を歩んだのだった。

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