4.『電波系ヒロイン』

 前提として、ブラックデッド家は名家の部類に入る一族だ。


 建国当時より歴代皇帝とは親密な関係を築いており、三大将軍の座を全て独占しているため、お金には困らない。そもそも、国の軍事費を握っている軍事大臣の地位にわたしの母がいる時点でお察しだ。


 たぶん、横領とか公私混同とかいっぱいしてる。この前なんかアリスの誕生日を祝うために王城の大広間を貸し切ったのだ。


 すぐさま牢屋にぶち込まれても文句は言えないと思うのだが、そこはブラックデッド家、ルナニア帝国の軍事力の化身である一族だ。使い込んでいる軍事費以上の成果を日々叩き出しているため、誰も何も言えないのだ。


 ……まあ、うちに文句をつけたらその日の晩に一族みーんな肉じゃが(火の通ったミンチ)になっちゃうからね。うん。


「……うぅ……」


 そんな無駄に力も金もあるが倫理観の一切が欠如した一族の屋敷は、とても大きい。そして庭園などはさらにラージスケールだ。


 隣の家がブラックデッド家から距離を取りたいがためだけに土地を譲渡したとかいうなんとも悲しいお話であるのだが。


 一応辺境に結構デカい領地も持ってはいるものの、ほとんど家族はそこに通っていない。戦争に出ていて滅多に戻ってこない姉、学校の寮に暮らす妹、引きこもりのわたしも含めて、みんな帝都で暮らしている。


 父が隠居するとか言い出したのは、領地の存在をやっと思い出したからなのか。


 ……うーん。違う気がする。


「……うぅ……誰かぁ……」


 そういえば、新しい子供はどっちがいいとか聞いてきたな。相変わらず両親は元気いっぱいだ。わたしとしては、四姉妹もいいけれど可愛い弟というのも一興……。


「……しん、じゃう……」


 さて、不要な現実逃避はここまでにしよう。そろそろ本気で死にそう。


 何やら不穏なフラグをメイドは立てていたが(わたしはいわゆる地獄耳というやつだ、なんか可愛くないからリリアス・イヤーとしておく)流石に自分の屋敷の庭で遭難するようなヘマはしない。


 ただ、まぁ……王城までいけるというわけでもなく。


 太陽の直射日光にじっくりと炙られたわたしは、現在庭園から出て一歩歩いたところで倒れ伏している。


 だって、しょうがないじゃん。八年間も引きこもってたし、外に出れただけでも偉いと思わないか? 日差しに弱い肌、発達していない身体、ここに八年間凝縮された運動不足が伸し掛かってきたというわけだ。


 わたしは今、人通りもそれなりにある往来に倒れている。しかし、頭がおかしいともっぱら噂のブラックデッド家から出てきた美少女など、人々はまるで助けようともしない。むしろ珍獣扱いで写真を取られることもあった。殺すぞ。


 うぅ……なめていた。まさかこんなところでわたしが死ぬだなんて。


「リリアス・ブラックデッドちゃん、だよね?」


 わたあめのような甘い響きの声が降ってきた。わたしの周囲の日差しが遮られる。


 わたしの名前だ。しかも、『ちゃん』ときたか。フルネーム&ちゃん付けとは、なかなか変わった呼び方だな。


 ゆっくりと顔を上げる。


 膝を抱えるように身をかがめて、倒れているわたしに日傘を差す少女がいた。


 抜けるような空色の少女だった。


 うなじの辺りで切りそろえた髪は淡い空色をしている。長身だ。わたしのてっぺんが丁度胸のあたりに来る。

 身体付きは大人の色気を醸し出しているが、やわらかそうなほっぺたは朱に染まり、おどおどと自信なさげに揺れる銀の瞳は見た目よりずっと幼気な印象をこの少女に与えている。


 すごく綺麗。わたしに届くくらいの美少女かも。


「……う、うん。わたしがリリアスだけど……えっと、きょうはいい天気だにゃ」


「うん、そうだね!」


 やばい。かんでしまった。どうしよう。屋敷の外の人と話すのなんて何年ぶりだろ。


 後、その格好でしゃがむとパンツ見えそうだけど、言ったほうがいいのかな。


「……きみは誰?」


「私だよ、私! 私のこと覚えてない? 私、ココロだよ。ココロ・ローゼマリー!」


「…………?」


 はて、これが最近増えているというオレオレ詐欺というものなのか。確かにこんな美少女にお金をせがまれれば貢ぎたくなるのも納得だ。

 しましまの布がさっきから見えているせいで気を取られてしまう。


「……そうだよね。小さいころだもんね。私みたいな影の薄い虫ケラなんて覚えてもらえないよね……小さい頃一緒に遊んだのに……一緒にセミの抜け殻を集めたのに……まだその時の抜け殻持ってるのに……」


「えっと」


 色々と言いたいことがあるけど、それよりもなんだ。ココロだったか? こんな子とわたしは小さなころに会っていたというのか。セミの抜け殻集め? そんなアウトドアな趣味は持った覚えがないぞ。手に泥がつくじゃないか。


 一緒に魔法の鍛錬をした。山に入ったわたしが首を飛ばした熊をかついで戻ってきた。何回もわたしにじゃれつかれて殺された。虫ケラ呼ばわりされた。エトセトラエトセトラ……。


 いや、言い連ねてくれたところでまったく記憶にないんだけど。


「…………ぐすっ」


「ああ、泣かないで! えっと、そうだ! 覚えてるぞ、覚えてる! 確か……ゲームを一緒にしたよな!!」


「うぅ、覚えてくれているの……? ゲーム……うん、確かにしたよ」


「そう、そうだよな! あれは楽しかったな!」


 でまかせである。ただ……この子が涙を流すのだけはなんだかイヤだ。せっかくの可愛い子だし、笑顔が似合うと思うのだ。


「あなたが開催したデスセレクション魔物バトルロイヤル……私も参加することになって……ボリボリ頭から魔物に……」


 何その物騒なゲーム。ぜってぇやりたくねぇ。


「っ、いやいやいやいや、違う、違うから! あれは悪かった、反省してるから!」


 わたし、そんな非人道的なゲームなんて開催した記憶ないし!?


 こちとら平和主義者だぞ。きっと誰かと勘違いしているに違いない。ドーラ姉さんとか、そういうのやりそうだし……きっとそうだ。姉さんには悪いけど、断じてわたしではない。


「とりあえず、うちの車……あがる?」


「えっと、じゃあ、お言葉に甘えて」


 ココロの手を取り、ふらふらと立ち上がったわたしの前には小さな魔力車があった。ココロは立ち振る舞いからどこかの貴族っぽい。


 そういえば、水とかしばらく飲んでないな。のど乾いたな。


「粗茶だけど、どうぞ」


「あ、ありがと」


 中に座ると、すかさずココロはお茶を出してくれた。

 やばい。なんだかこの子、すごいぞ。


 車がゆっくりと走り出す。

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