3.『ひきこもりから聖女へ』
殺人は良くないことである。
命は大切だし、家族が死ねば残された人が悲しむ。万国の共通認識だ。
そんな常識を地平の彼方まで投げ捨てたのが、ブラックデッド家及びそれを擁するルナニア帝国である。
『神殿復活』。
この国では、人は皇帝に対する信仰心を持っていれば翌日の日が昇る時刻に蘇ることができる。
太古の昔に建てられたとされる神殿、そこから溢れ出る魔力によって、人々は死を恐れなくなったのだ。
Q.人は死を恐れなくなるとどうなるの?
A.倫理観の欠如した野蛮人になる。
つくづく、世の中はクソである。
◇
使用人の間に話が広まっていく。
父に連れられて、自室から外に出る。人前では数ヶ月ぶりだ。
使用人たちはみんな盛大な歓声を上げてくれた。なんだかむずがゆくて、顔を下げてコソコソと移動する。
ふわりと風になびいて、白雪の髪がほどける。
今まで人に見られないよう夜中にこっそりトイレとかに行っていた時とは違う。屋敷の中が、なんだかとても新鮮だ。
……うん。悪くないかも。
目線を上げる。
苦悶の形相を浮かべる生首が、ずらりと玄関前のホールに並べてあった。生々しく、今にも悲鳴をあげて動き出しそうだ。
「ひえっ」
何あれ、チョー趣味悪いんだけど。こういうのが最近のインテリアのトレンドなのか? こんな趣味を持った連中と同じ血からわたしは生まれてきたのか?
「ああ、それか。一族が刈ってきた隣国の王たちを並べてみたんだ。どうだ、歴史を感じるだろう? アリスが最近気に入り始めてな、ハッハッハ!」
妹ォ!
「撤去っ! 今すぐ、全部っ!」
「なぜだ?」
「世間体っ! もう世間体もクソもないかもしれないけど、取り繕っていこうよ! もう少しさぁ!!」
いくら人が二十四時間単位でポンポン蘇るにしても、悪趣味すぎる。これでまた一つこの家から出ていく理由ができた。
「やっぱりこの家にいると頭がおかしくなる……わたしの外出用の服は用意してるよね? 着たらすぐに出るから!」
「お待ち下さい、お嬢様! 日焼け止めクリームを全身に塗ってください。日傘も特注のものを今作らせておりますので後二日ほど……」
「うるさいっ! わたしは早く家から出て、聖女になってちやほやされに行くんだっ!」
もたもたしていたら、父に当主の座を押し付けられてしまう。
メイドたちが慌てるのを傍目に、わたしはバカみたいに数が多いクローゼットの一つから、真っ黒なフリルドレスを取り出す。
どうやら妹の服らしい。
わたしの服は幼少期のものしかない。幼少期からずっと引きこもっていたからだ。しかしながら、まったくキツくなったりも、破けたりもしない。服が丈夫なのもあるが、それよりも。
「え……わたし、もしかして」
妹の服を適当に取り出しては、鏡の前で自分の身体に当てる。
妹、アリス・ブラックデッドの年齢は十二歳。
わたし、リリアス・ブラックデッドの年齢は十六歳。
冗談だろ……?
どの服もぴったりとサイズが合ってしまう。
四歳も年下の妹とわたしが同じ身長? 同じ体型?
多くの服があるということは、妹は絶賛成長期真っ最中ですくすく健全に成長しているということか?
……わたし、どうしてこうなった?
どさりと膝をついて頭を抱えてしまう。
「お嬢様! いかがなされましたかっ!?」
「……なぁ、わたしは……牛乳が嫌いだ。小魚も嫌いだし、毎日残していた。毎晩夜ふかしもしていた……これが、罰なのか……?」
「あきらめましょう」
メイドの首が左右に振られる。わたしは絶望した。
「……ぐうっ! やだよ、妹の同級生に、この服で歩き回っているわたしが見られるかもしれないだろ!? 屈辱だ! 過去のわたしをぶっ殺したい!!」
「あきらめて妹様の服を着ましょう。お嬢様が外出できる服はそれしかありません」
「やめろ! ……あいつに、アリスに見られたらまたバカにされる……『えぇ〜、お姉ちゃんはっずかしぃ! あたしの服着てるしー、まじウケるんですけど、プークスクス!』とか言われるに決まってる!」
「妹様は心優しい方です。理解してくださいますよ。これ以上暴れるのでしたら拘束させていただきます。──おかくご」
「玄関に生首飾ってる時点で優しくないよ! や、やめろよ、やめろおおおおおおおっ!?」
こうして、使用人やメイドの前で無惨に部屋着(パジャマ・薄水色)を引き剥がされたわたしは、全力の抵抗もむなしくお風呂に突っ込まれ、身体をごしごし洗われ、髪を優しく乾かされ、クシを丁寧に入れられ、妹の服に丁重に着替えさせられた。
ぷかぷかと宙に浮かぶ心地だ。
ちょっぴり他人に身体を洗ってもらったことが気持ちよかったとか、そういうのではない。断じてない。
「服の調整が終わりました。見てください、お綺麗ですよ、お嬢様」
鏡を前に持ってこられ、恐る恐る自分の姿を見る。妹の服を着させられて実に滑稽な格好をしているのかと思ったら……。
「……あれ、わたし」
黒いフリルドレスと真っ白な髪がまるで惹かれ合うべくして出会ったように調和していた。
雪色の肌。この世の清浄なものを全て集めたとしても、その頂点に位置するであろう真っ白な髪。
そこにちょこんと小さな顔が乗っている。作り物のように整った幼い美貌。深海のごとき群青の瞳。恥ずかしげに頬を染めたわたし。
……うん。これはこれは。
「可愛いじゃんか」
「自分で言いますか、それ」
メイドのツッコミが流れていく。
くるりと回るといい匂いまでしてくる気がする。八年間自室で密かに研究してきた様々なカワイイポーズをキメながら、わたしはぐっと拳を握りしめた。
「いける、いけるぞ! これなら聖女にだってなれるに違いない! そうと決まれば出発だ! 善は急げ、頭より足を動かせ!」
「考える前に殺しておけ?」
「そうだ!」
そうではない。これはブラックデッド家に伝わる由緒正しき格言だ。あれこれ思案を巡らせても、結局殺されれば関係無いよね、だから考える前に敵をいっぱい殺そうね。という早め早めの行動を促す言葉なのだ。
しかし、聖女か。どんな仕事だろうな。
やっぱりちやほやされるのがいいな。朝昼晩の食事付き。おやつは一日二回、お昼寝付きで血なまぐさい戦争とは無縁なのがいい。きっとそうだ。そうに違いない。
聖女最高!
「日傘はまだ作っていますが」
「そんなもの、このわたしには必要ないっ! 今のわたしなら、太陽の直射日光ごとき何の問題にもならない!」
「……はあ」
メイドの呆れたような声が聞こえた気がするが、そんなものは関係ないとばかりにブラックデッド家の玄関扉を勢いよく開け放つ。
爽やかな風とギラギラと照りつける日差しがわたしの視界を奪った。
未来が見える。輝かしい未来がわたしを呼んでいる!
「わたしはこれから就職するんだ! 社会人になるんだ! もう妹に一族の恥とか、居るだけ人間とか、穀潰しとか言われないでいいんだ! あははははっ!」
身を踊らせて、駆ける音が響いていく。
その姿が見えなくなってから、メイドがぽつりと呟いた。
「屋敷の庭を、無事に抜けられるといいのですが」
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