第2話 暗さの先

 この瞬間が一番好きだ。

 誰でもない、たった一人ではない、とても満たされた至福の時間。

 「寝なよ。」

 「眠れないの。」

 「またそんなこと言ってるけど、明日仕事だろ?早く寝た方がいいよ、君、最近すごく疲れてる気がする。」

 「思い違いだって、私は別に疲れてない。」

 「…全く。」

 そう言って笑った、山本は私の好きな男だった。

 とてもとても好きだった。

 「七子さ、でも本当に平気なのか?」

 「平気だって、平気だってば。」

 「はあ…。」

 呆れたように笑っている、この男の心の中にはいつも、安定した風のようなものが吹いているように思う。

 私とは違って、何か、そういう何か穏やかなものですでに満たされていて、私はただそれを求めて、とどまっているのだと思う。

 だから、いつかは終わることは分かっていた。

 だが、終わらせるにはまだ早いのだと、意地を張っていた。

 はずだったのに、

 「未代、聞いて。私、あの男と別れたの。」

 「うん、そうなんだ。」

 未代は、少し素っ気ない言動で、そう言った。

 大人になった未代は、とてもきれいな女になっていた。

 そして、化粧を施して、笑いながら微笑んでいたのだと思う。

 「でもさ、何で?七子その山本さんのこと、好きだったんでしょ?じゃあ、結婚すればいいじゃない。」

 白っとした顔で、七子はそう言った。

 私は、それに少しカチンときて、言い返した。

 「は?私があの人と続かないって、言ってたのは七子じゃない。」

 「そうだよ、そう思ってたもの。でも違ったじゃない、その人は、山本さんは七子のこと受け入れてるから。七子も、その人のことを受け入れたんでしょ?なら、続けるべきだよ、貴重なんだよ、そういう人。」

 と、真剣に答えられて私は黙り込んだ。

 そりゃあ、私だって別れたくなかった。できることなら一緒にいたかった、けれど自信がなかった、そして、彼はそんな私を見て、手を離した。

 離れてしまったものは戻せない、それは仕方が無いのかもしれない。

 本当に、どうしようもなくてたまらなかった。

 「…もういいの。その話はおいて置こう。」

 「…分かった。」

 私は、話を切り替えた。だって、もう聞かれたくもない、触れて欲しくなどない、静かに心の中にしまっておきたかったのだ。


 それから、私達はまた頻繁に会うようになった。

 職場が近くて、ランチを一緒に行ったり、やっぱり気が合うなと笑い合っていた。

 

 そして、見てしまった。

 未代は、私とは違った。

 彼女はもしかしたら、私に見せている一面などほんの少しのものだったのかもしれない。

 いつも、冷静に物事を捉えているはずだったのに、彼女は派手な服を着て、派手な化粧を施して、見たこともないような格好で男と歩いていた。

 しかし、その男は恋人ではない。

 確実に、年齢に見合うような恋人ではない。

 だって、私は知っていたから。

 未代が、壊れている時に見せるサイン、それは笑った時にひきつる口元だった。

 震えながら、さらに顔は引きつっていく。

 きっと見逃さなかったのは、私だけだ。

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