ハナズオウ

@rabbit090

第1話

 嘘じゃないの、信じてよ。

 こんなに涙にまみれるのは久しぶりだった。大人になってから感情的になることなどあまりなかったし、それを恥ずかしいこととしていた私にとっては、屈辱にしかならなかった。

 「七子ななこ、逃げよう。」

 「嫌よ、私は絶対に嫌。逃げるならあんた一人で逃げて、それでいいから。」

 未代みよは何も分かっていない。だから簡単に全てを片付けてしまえるのだ、と思っていた。

 「馬鹿なこと言わないでよ、だってもう、ダメなんだって、分かってるでしょ?」

 「分かってるわよ。だから言ってるの。」

 「何それ、話にならないじゃない。私、もう行くから、追ってこないで。」

 そう言い切って、私はとっととその場を後にした。

 きっとあんな所に居続けたらいいことなどない。それが分かっているから、私は何年間も一緒にいた、親友を裏切った。


 手をつないで、歩いている。

 いつもの光景だった。

 私と未代は有名な間柄だった。

 なぜなら、私も未代も、犯罪者の子供だったから。しかも、未代の場合はもっと苛烈で、家族がほとんど何らかの犯罪を犯しているといったひどい状況だった。それでよく、彼女の父親はこの土地で、会社勤めを続けられるよなあ、とは思っているけれど、ちょっと見ただけでは普通な(ちょっとイケメンな)おじさんにしか見えなかった。

 が、私の場合は違う。

 私は家族というか、もっと前。

 祖母の息子、私のおじ、健泰たけやすは、素行の悪い男だった。特に、女性が絡む事件をよく起こしており、そのことで家族全員が苦労してきたのだという。

 けど私は別に、叔父のことが嫌いではない。会えば、ちょっと気安いおっさんというか、悪い奴ではない。だから祖母もそんな息子を捨て置けはしないのだろうし、実際おじはいつも女性に囲まれていて、笑っている。

 不気味な程、ある意味安定していると言っても過言ではなかった。

 そんな私達だったけれど、小学校で知り合ってすぐに仲良くなっていた。

 性格は全く違うし(未代は明るく、私は大人しい)、付き合いそうな人も全然違うはずなのに、多分同級生から浮いた存在だったのかもしれない、私と未代はずっと一緒にいた。

 

 「あ、未代久しぶり。」

 「七子…?」

 未代は、不思議そうな顔で私を見ていた。

 私は、しかしそれを平然とした顔で見返していた。

 何も疑問に思うことなどない、私は、今恋をしている。だから変わって当然だ。未代とはだから、もう半年程は連絡を取っていなかったように思う。

 別に、それでもいいけれど。

 私は、そんな感じでずっと嫌な態度をとり続けていた。しかし、未代は私を、放っておかなかった。

 そのことで私は救われ、そして私たちは壊れていった。

 壊れているという自覚は無かった、けれど、その先にあったのは何でもない、本当に何にもなることのできない、真っ暗でしかなかったのだ。

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