第二話

 夕刻のゲート付近はざわついている。

「触るんじゃねえよ!」

「何言ってんだ! こんなもん持ち込みやがって! もう一回豚箱ぶち込まれたいか!」

「何を偉そうに! やれるもんならやってみろ!」

 獄卒の喚く声に対して、先輩獄吏の厳しい声が答える。

 フェンスの向こう側は、明らかに荒廃したものが残る“荒野”である。

 居住区の近くはこれでもきれいにしているが、少し遠くには建物の廃墟がぽつんぽつんと見えており、緑に覆われているところもあった。

 基本的には枯れた荒れた大地だが、森のようになっている部分もある。しかし、その森の部分の汚染はひどいものであり、それこそ獄卒でなければ近づけないような場所であった。

 その荒野と居住区の間のゲートはフェンスの出入り口にあり、そこにずらっと獄卒の列が並ぶ。

 カドは、新米であることもあって、あからさまに問題の獄卒を回されることはない。ただ、若いと相手の獄卒も舐めた態度を取るので、毅然として対応する。

 短絡的で直情的なものの多い彼らとて、懲罰はそれなりに怖い。仮に獄吏を殺したとなれば、下手をすれば消滅刑、そうでなくても囚人の多い北の都市コキュートスに送られることになる。コキュートス送りと言われるその懲罰は、獄卒達の中でも恐れられている。

 そのために、一応獄卒達は、カドのような新米の命令もきくのだ。だから、弱みをみせてはいけない。

 変な雑談を振ってくる獄卒もいるが、対応してろくなことはないので、カドは機械的に対応することにしている。

 獄卒をひとり、また一人とチェックしていく。

 抵抗する獄卒には、先輩獄吏が厳しく接しているので、今の所は大きな問題にはなっていなかった。

 しかし、今日は朝外に出て行った獄卒も多かったので、帰ってくる獄卒の数も多かった。

(帰ってくるのは、本来いいことなんだろうけどな)

 しかし、帰還する獄卒が多いと、渋滞が発生してしまうのだ。

 帰ってこない時は、大体、食われているからであり、その場合の捜索はしない。一定の期間をおいて、死亡したとみなされる。

 だが、まれにうまく逃れて悪事を働いているものもいるらしく、荒野に住み着いているものもいるとか。荒野は中央局の監視が入らないため、非合法な品物の受け渡しにも使われる。盗品を隠す場所もあるらしい。

 そういうアジトと都市を行き来するお使いの獄卒も中にはいる。妙なものを持ち込んでいないか確認が必要なのだった。

 もっとも、あからさまにまずいものを持ち込むは大体ゲートは使わない。フェンスの破れている場所をすり抜けて、出入りしていることも多いからだ。

 それでも最低限、怪しいものを持ち込ませないため、ゲートでの身体検査などが行われている。形式的な部分も多いが、やらないよりマシなのだ。

 ゲートを通るのは獄卒にもメリットのある部分もあり、抜け道組にしても、定期的にゲートを使うのだから。

(ふう、だいぶんはけたな)

 せっせとこなしたおかげか、ようやく列が三分の一以下になっていた。

 なんだか今日は疲れた。早く仕事をあがりたい。カドがそんな風に考えて、次の獄卒を検査しようとした時だ。

「おい、こら、何通ろうとしてんだ。IDを見せろ」

「は?」

 とかすれたハスキーな男の声が響いた。

「おいおい、顔パスじゃねえのかよ。俺が何回ここ通ってると思ってやがるんだ! って、あー、なるほど、担当変わったのかよ」

「そうだ。貴様、普段抜け道組だろう! 赴任してから顔を見てない」

 面倒そうな獄卒の声に、先輩獄吏が厳しくいうが獄卒は気に留めていないようだ。

「ふん、別に調べられて悪いことなんざねえんだが、ここ並ぶのが面倒でな。アンタらの手際が悪いから近寄らねえんだよ。改善しろよ、カイゼン!」

「お前らが抵抗しなければ、すぐに終わる。ほら、あっちに行ってID見せてチェック受けろ! カド!」

「はい!」

 先輩獄吏は、この獄卒をちょうど手の空いていたカドにチェックさせるつもりのようだ。返事をして顔をあげる。

 そして、IDカードを獄卒に要求しようとした。

「早くIDを……」

 といいかけたカドは思わずギクリとした。

 そこに立っているのは、長身の男だ。しかし体の方は病的に痩せている。抜身のナイフのような鋭い気配の男だ。抑えきれなかった殺気が全身から漂っているようで、不気味さが際立つ。

 赤みのある短い髪。

 白いジャケットスーツに刀を大小二本。赤いシャツと謎の模様の派手なネクタイ。ネクタイピンは髑髏の意匠。

(スーツの獄卒か。これは、面倒そうだな)

 と、さほど経験のないカドでも、思わずそう考える。

 実は、戦闘服にふさわしからぬ服装の獄卒は、それなりにいる。

 残りの列にいる連中をみても、分かる通り、彼らの服装は千差万別だ。街の不良みたいなだらっとしたラフな服から戦闘用のタクティクススーツまで。

 それはいかにも彼等が烏合の衆であることの証左であるようにも思えるもので、全く揃っていない。

 ただ、その中でもスーツ姿の獄卒には、少し別の傾向があった。彼等はかつて施行されていた身分制の影響下にあることが多いのだ。

 WARRウォールと呼ばれる旧軍人階級出身者の獄卒は、かつてのプライドを獄卒になってからも維持していることが多い。戦闘時にそれなりのファッションとしてスーツを着るのも、彼等なりの主張であり、武器も古のやり方に則って刀を二本携帯することも多かった。

 WARR出身者が獄卒になることも多かったので、獄卒街ではそうした男達をよく見かける。

 ただ本当に、ハンティングにジャケットをきるような者は、獄卒の中でも一握りだ。彼等の多くは、ジャケットを特注で仕立てておいる。動きを邪魔しない、そして防御性もあるストレッチ素材を使い、対汚泥用のコーティングをほどこしている。それは金もかかるが、ただのおしゃれな伊達男というだけでなく、かなり対囚人戦闘に詳しくないとできない。自分の戦闘スタイルに合わせた上で、オシャレも通しているということなのだ。

 ということで、その姿で荒野まで出てくる獄卒は、大体、玄人なのだ。

 そう考えると、目の前の痩身の男の剣呑な気配も説明できる。

 見かけ倒しでないのなら、目の前の男は、獄卒の中でも、耐用年数を越えて生存しているようなベテランの獄卒のはずだった。

 新米とはいえ、カドは戦闘訓練をうけている。目の前の獄卒が、そんじょそこらの雑魚ではないことについては、流石に勘づいていた。

 彼は、他にたくさんいる凶悪な獄卒の中でもことさらに危険な気配を漂わせている。その殺気に当てられて、思わずカドは立ち止まってしまった。

 カドが棒立ちしていると、獄卒が先輩獄吏に悪態をつく。

「チッ、いい加減生体認証に変えろよ。設備資金足りねえのか、貧乏くせえな」

「うるさい! そんなことは管理局に直接言えよ!」

 先輩獄吏も舌打ちを返す。

「しょうがねえ。さっさと終わらせようぜ」

 そして、獄卒がちらっとカドに目を向ける。

 男の右目は傷で潰れ、白く濁っていた。代わりに反対の目は、今の夕暮れの空のような、燃え上がるような赤褐色である。

 据わった瞳が、カドを無感情に捉える。

 気後れしてはならないと思っていたカドだが、反射的に身がすくんでしまった。

(まずい。コイツ、やっぱり普通のやつじゃない)

 が、獄卒の男が、ふと左目を大きく開いた。

「なんだ、お前。見ない顔だよな」

 獄卒の態度が何故か緩んだ。別に笑っているわけでもないが、彼の殺気がほんの少し和らぎ、自分に向けられる視線が心なしか優しくなる。

「担当変わったってきいてたが、お前、まだ相当若いだろ。学校出たてか?」

 カドがなんと答えようかと考えた時、忌々しそうに先輩が獄卒に言った。

「ああ。そいつは入りたてだ。貴重な新入りなんでな。潰されちゃ困る。厄介かけるなよ!」

「そんなことするわけがねえだろ! 少子化のここじゃ、餓鬼と若造は宝だからなあ。つーか、むしろ、先輩方にいじめられねえかが心配だぜ」

 獄卒は先輩獄吏にそう憎まれ口を叩く。

「IDを」

 気を取り直して、そういうと、獄卒はすんなりとIDカードを差し出す気になったらしい。

「ほらよ。スワロ、出してやれ」

 肩にいた丸い赤いだるまみたいなモノアイの小さなロボットが、胸ポケットの手帳からそれをさしだしてくる。

(獄卒用の戦闘用アシスタントか?)

 獄卒は、戦闘の補助や精神ケアにアシスタントという人工知能搭載のシステムを使うことが多いのだが、そんな自律型のロボットを連れているのは流石に少ない。維持費も馬鹿にならないらしいし、稼ぎが良くても物好きしか連れないと言われている。

 大体がタブレットやウェアラブル型の人工知能つきアシスタントをつかっていると聞いていたが……。

 と、IDをスキャンしてみて、カドはギョッとした。

(UNDER評価だ……けど、こいつは……)

 つまり、素行不良で評価の低い獄卒であるということだ。

 UNDER評価で、プラス加点がなく、懲罰を喰らうマイナス200点までの間で、ふらふらしている不逞な獄卒は珍しくない。そんな驚くことはない。

 が、目の前の痩身の獄卒は、評価は悪いが、ハンティング成績がずば抜けて良い。いわゆる、支部の獄卒内でも、エースといって良い成績だ。IDカードの表面にも黒い星が五つ並んで刻印されている。

(なんだ、こいつ。成績がエースなのに、評価が悪すぎる)

 その悪い評価の原因はなんだろうか。

 データベースを今すぐ開けば、きっとわかる。けれど、どうせろくなものでもないだろう。同士討ちをしているなどの、何かしらの問題行動を起こしているに違いないのだ。

 思わず、ゾッとした時。

 獄卒のハスキーな声が、聞こえた。

「しかし、若いのに大変だな。俺を含めて獄卒なんて底辺クズしかあねえし。相手すんの、面倒くせえだろ」

「っ、私語は……」

 つつしむようにと言いかけたが、獄卒はマイペースに気にせず言った。

「こんなとこいたら、精神、淀んじまうよな。ははっ、獄卒は真剣に相手しねえほうがいいぞ、小僧」

「小僧……」

 小僧呼ばわりされてカドは内心もやりとする。施設内でカドはそれなりに大柄で、先のタイロみたいな小柄な少年もいたせいで、敢えて子供扱いするものはいなかった。

 しかし、文句をいう気力も度胸もあるわけではなく、呆然としていると、寧ろ獄卒の方から促された。

「ぼんやりしてたら、怒られるぜ? ほら、まず持ち込みがないかどうかのチェックするだろ。まあ、なにもないけど」

 言われなくても、と思いながら、慌ててカドはチェックに入った。

 持ち込み物の検査や、獄卒の携帯が禁じられている銃器の不所持の確認、汚泥レベルチェック。確かにやることは多い。

 アシスタントの回収した囚人識別票の不正チェック……時間があればここで成績評価と報酬の算定までするのだが、そんなことをしていると、ただでさえ渋滞しているゲートの列が大変なことになる。それは、獄卒には後で管理課や詰所などのポイントで申告機を通してもらうことにして、ここでは簡易検査で通ってもらっていた。

 その際に、この獄卒の成績がわかる。

(やっぱり、今日だけで四匹は仕留めてる。しかも、単独? なんなんだ、このひと)

 獄卒間では『星』と称される囚人の核にある識別票データは、仕留めたものが基本的にアシスタントに回収させる。集団で狩りをしているものは、事前に仲間内で契約を交わして事務局に通知して成績を分けあったり、個人間でやり取りもしているらしいが。

 チラッとカドは彼を見やる。

 右目を失明しているのもあるが、この獄卒、どうも右袖の中身がなさそうだった。腕がなさそうなのだ。

 獄卒になったあとは、基本的に修復はされる体だが、その前の傷は修復されないときいている。とすると、左手しか使えないか、戦闘時に義肢をつけているかだろう。

 それでも、きっと他の獄卒より不利にはなる。

 それでなくても、殺気や気配こそ危なさそうだが、実は彼は落ち着いた場所でみると、そんなに強そうでもないのだ。強面だが痩せてもいる。

(雰囲気異様だが。なんとなく、そこまで強そうに見えないんだけど、星、工面したのかな)

 獄卒間では星は、金銭でもやり取りされる。と。

「今日はイマイチなんだよな」

 獄卒が、カドの気持ちを見透かしたように呟いた。

「今日はあんまりいい感じのやついなかったんだよな。キリのいいところで、五匹にしたかったんだけどよ。ゲート通るならもうちょいかさ増しするべきだったかな」

 半端な数だとカッコ悪いだろ、と獄卒は、苦笑する。

 その笑い方が、なぜか妙に親しみを覚える気がしてしまい、慌ててカドは湧き上がった気持ちを振り払うのだった。

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