U-RED in THE HELL —プリズナー・ハンター—
渡来亜輝彦
黄昏ボーダーゲート
第一話
空は徐々に金色の輝きを見せている。
気がつけば、太陽が傾きかけていた。
もう夕刻。
もうこんな時間。
仕事の終わる時間。
だが。
(なんで、俺がこんな仕事)
フェンスの内側のゲートで、カドはくさっていた。
仕事の終わる少し前。この夕方にこそ、カドの一番面倒な仕事が訪れる。
朝夕二回にピークがくるこの仕事。しかし、負担はがっつり検査しなければならない夕方の方が大きい。
たまたま夕方に任務に当たっているカドは、それなもので夕方が嫌いだ。
(仕事、辞めたいな)
カドはため息をつく。
トオル・カドは新米の獄吏だ。管理局の職員、獄吏とはいわゆるお役人であり、公務員である。
カドはまだ獄吏になって二年程度。ようやくる仕事にも慣れてきた。カドは獄吏の中でも荒事にも対応できる治安維持局で働いてきた。別途警察権を持った警察部署があるものの、不逞な輩も多いため、治安維持に関する武力行使もできる部署が管理局にも直属であるのだ。
ほとんど軍人、いわゆる
もともと正義感も強く、体力や腕にも自信があった。きっと、市民を守る花形の仕事につける。上官達の覚えも悪くはない。
カドは、正直期待していたのだった。
しかし、そんな彼が配置された場所はシャロゥグの街を守る街外れのゲートであった。
都市を守る栄誉ある仕事。それには違いないけれど、そこでのカドの主な仕事は——。
「おいおい、審査早くしてくれよ」
「後がつかえてんだぞ」
(うるさいな、クズどもが!)
夕暮れを前にして帰還してきた『獄卒』どもの口汚い不平が聞こえるのに、カドは心の中で吐き捨てるように言ったものだ。
(死刑を免れただけの犯罪者がよ! 偉そうに!)
*
シャロゥグは、E管区でも大きなエリアだった。
管区の中でも荒野と呼ばれる荒れた大地に区切られているこの大地では、シャロゥグはかなり大きな街だった。
そんな街の荒野に面した場所には、フェンスが張られている。この街は、フェンスによって守られており、ほぼどこの管区のどの街も同じだった。
それはこの
この世界は、悪意のプログラムに染まり、人やものを感染させてしまう『汚泥』と、汚泥に感染したものが怪物化し襲撃して他者を取り込もうとする『囚人』に悩まされてきた。汚泥はそれでも触らなければさほど脅威ではないが、汚泥の塊が破壊意思を持って敵対的行動を取る囚人は非常に厄介であり、強い脅威なのだった。
そんな囚人の掃討や汚泥の除去には、管理局公式の軍隊の兵士である
その問題に対処するべく生まれたのが『獄卒』のシステムだった。
獄卒は、肉体改造を受けた強化兵士であり、汚泥への耐性が強く、さらに肉体修復の機能があり、実質的に不死身だった。この世界の住人が待つという識別票なるモノにしても、他のものとは違っている。
しかし、そんな強い肉体改造をするにあたって、普通の市民を使えるはずもなく、彼等はほぼなんらかの罪を犯した犯罪者であり、その運用もわかりやすく使い捨てだ。
大概に素行も悪いが、瀕死になっても蘇生させられて戦場に戻される彼等は精神的に不安定になりやすく、なんからの精神的な問題を抱えがちである。
そんなこともあり、彼等の耐用年数は五年と言われて久しい。
が、そんな悲惨な彼等の事情を考慮しても、実際に目の前に現れる獄卒たちにはロクデナシが多い。
それゆえ、対応する獄吏にもストレスはかかる。馴れ合う獄吏もいるし、汚職もあるらしいが、大抵の獄吏は彼らを見下し、軽蔑している。カドのような正義感のつよい獄吏ならなおさらで、その環境が更に負の感情を渦巻かせるのだ。
カドが派遣されたのは、獄卒が荒野に仕事である囚人狩りをするために出ていくゲートだった。
獄卒の適切な管理と彼等が悪事を行うのを防ぐためもあり、出入りをチェックする。稀に正気かどうか微妙な獄卒が暴れたり、不正を指摘されてキレるので、そこの担当獄吏は戦闘訓練を積んだ治安維持要員が当てられる。まさにカドはそのための人員だ。
流石の使い捨て要員とはいえ、危険の多い夜間の狩りは禁止されており、獄卒は朝にゲートを通り外に出て、夕刻に戻ってくる。
稀に不正にフェンスの破れ目を使っている獄卒もいるが、基本的には正規ルートを通るし、その方が彼らも都合のいいこともある。
したがって朝晩、ゲートには獄卒の列ができるわけであり、そんな面倒な獄卒の相手をするのがカドの主な仕事だ。
列で待っている間に喧嘩を始める獄卒もいれば、不正に荒野から何か持ち込む獄卒もいるわけで、それなりに荒っぽい職場であり、心も荒みやすい。
荒んでいる先輩同様、カドもなにかと気持ちが毛羽立ってしまうのだ。
(こんな仕事とか聞いてない。養育施設出身だから、獄吏になるのはわかっていたけれど、でも、他の部署や民間の方がまだよさそうだな)
すっかり夢も希望もなくして、カドは嫌々仕事を続けている。だが、腐っていても仕方がない。時間はゆるゆるやってくる。そろそろ自分がゲートの検査を担当する時間だ。
空き時間にデスクワークをしていたカドは、ため息をついてモニターの前を離れ、事務所を出た。
カドがゲートに向かって歩いて行く間の廊下に、待合室があった。
人はほぼいないし、いたところで気をとめることはないのだが、その時は違った。
「あれっ、カドくんじゃない?」
と馴れ馴れしい様子で、声をかけてきたものがいたのだ。
まだ若い男の声だった。
みればそこに一人の青年がすわっている。
待合室、といっても、獄卒を待つ人間は、あまりいない。大体がなんらかで獄卒に連絡を取りたい人間で、獄吏が公務できているか、それかロクでもない役目できている獄卒に関わる不逞の輩かのどちらか。
が、少なくとも来訪者は後者ではない。
青年はあどけなく、顔自体も童顔。背もさほど高いわけでない。いっそ少年と言っても良いような姿だ。地味なので際立ってはいないが、よく見ると美少年らしさもある容貌。
凶悪でいかつい獄卒とそれに対抗する高圧的でいかつい獄吏しかいないゲートの中で、その平和な一般人ヅラは非常に目立つ。
紛れ込んで休憩している市民だろうか? それなら危険なので、ここで休むのはやめるように伝えなければならない。
獄卒同士の争いに巻き込まれる可能性がゼロではない。
と思った時、彼が首を傾げた。
「あれ? トオルくんだよね、トオル・カド。覚えてない? 俺、タイロ・ユーサだよ。施設で一緒だった」
「あ、ああ」
そう言われて思い出した。
「タイロか、びっくりした」
ハローグローブでは少子化の問題があり、自然に産まれる子供は少ない。人工的に作られる子供も多いが、引き取り手の問題やそのほかの家庭の事情などで施設で育てられる子供の方が多かった。
カドもそうで、シャロゥグの施設で養育されてきたが、確か、同じ施設にいた一つか二つほど下の男子だったのが、目の前にいるタイロだ。
それなりに仲良くしていたし、明るく穏やかな彼はいつでも好印象のある人物だった。
適性を活かして治安維持の実働部隊になるべく訓練校にすすんだカドと同時期、機械工学の才能があったタイロは、そうした専門の学校に進んだはずだった。
その後は、同窓会的なつながりのSNSで話したことはあったが、直接連絡を取ることはなかったと思う。
カドは懐かしくなっていた。と、同時にそんなほのぼのした彼がこんなところにいるのは、どうも不似合いだった。
「ひさしぶりだな。元気そうでなによりだけど、こんなところで何をしているんだ?」
と問いかけるカドに彼は頷く。
「いや、俺、今、獄卒管理課にいるんだよね」
とタイロは明るく答える。
獄卒管理課は、文字通り、獄卒の管理を行う部署だ。獄卒の評価や福利厚生などを扱う部署であり、カドのいる部署のように力づくでどうにかすることはないが、獄卒との接触が多いため、何かと荒んだ気配があるときく。
「タイロには似合わないな」
「えー、やっぱり? 俺もそう思うんだよねえ」
タイロは呑気にそういっている。
「でも、まあ配置されちゃったんだよね。でね、俺の担当している獄卒さんが、今日、ここから荒野にハンティングに出ているらしくて、ちょっとお話したいことがあったからさ。迎えにきたんだよ」
タイロは獄卒管理課の獄吏とも思えない、くったくない表情だ。彼が楽天家なのは元からだったが、それにしてもどうなのだろうか、と思ってしまうほどだった。
しかし、そういうところは、昔から変わらない。カドははからずも和んでしまう。
「そうか。たいへんだな」
「まあねえ。でも、カドくんのが大変でしょ。ここ、囚人の襲撃とかもあるし、獄卒さんもたまに暴れるし。でも、カドくん昔から強かったからなあ。俺は強くないから、獄卒さんに暴れられたら、本当こまるんだよね」
タイロは、明るく苦労話をする。
「カドくんは、その制服もかっこいいよね。希望通り、実戦もあるとこにいけたんだ。かっこいいなあ」
カドの苦悩も知らないで、タイロはおっとりとそういって目を細める。しかし、同じく獄卒で苦労していそうなことや、タイロの人柄もあってか、あまり腹立たしく思わなかった。
寧ろ、すこしほっとする。
「待合室で待ってるから、皆さんの仕事の邪魔にはならないとおもう。もうちょっといてもいいかなあ」
「ああもちろんだ。でも獄卒の奴らに絡まれないようにな」
「うん、ありがとう」
そういってからタイロは、言った。
「そうだ。同じシャロウグにいるんだし、今度飲みに行こうよ」
「ああ、それはいいな。俺からも連絡する」
「うん。よろしくね」
そろそろ獄卒が戻ってくる時間だ。ちらりと壁の時計をみる。
カドは、タイロと別れて、担当のゲートに向かった。
黄昏の気配が、ゲートの外の荒野に立ち込めていた。その空気は、ほんのりとその空間に巣食う魔物の香りをさせている。
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