第4話 『転機』の予兆

 いやぁ今日一日大変だった。鬼畜な面接から始まり、怪我した状態で豪華な設備での体力づくり。色々もらった薬を飲んで痛みも引いてきたけど、やっぱりどう考えても、あの面接はおかしい。なんだ?意味あったか?納得いかねぇよな。いつかやり返してやりたい。

 ………いや、実を言うと、もうそんなに怒ってないんだ。何故なら、とってもいい事があったからだ!ビックリするんだけど、なんとこの劇場。団員が泊まれる部屋が2階に幾つもあって、団員なんだからって、ドラマツルギーさんが住んでもいいよって言ってね!今日とめてもらうことになったんだよ!部屋の中はマジで高めのホテルみたいな内装で、俺の借りてるアパートなんか比べ物になんないだよ。なんといってもトイレと風呂が別々なんだよ。すごくねーか?ユニットバスじゃないんだぜ?ベッドも1人で寝るには若干広すぎるくらいの大きさだし、オシャレなアンティーク調のテーブルも置いてある。いいんすか?!ほんとにこんなとこに泊まっていいんすか?!めちゃくちゃ豪華やんけ。

 あ、でも着替え持って来てねぇや。一回家帰って取りにいこかな。飯も食ってないし、そこら辺で買ってくるか。

 俺はそう思い、劇場から出る事にした。

 辺りはすでに薄暗く、街灯の光がなければ暗闇だろう。星や月が輝いて見える。心なしか、打撲や擦り傷だらけの足も軽い。

 今日はなんだかんだ良い日だった。長年の推し、ドラマツルギーさんと会うどころか今後も働けるなんて!終わり良ければ全てよし!

 夜道に俺の足音が柔らかく響いた。


「ちょっと、そこのお兄さん。」


 そんな夜道の中、俺を呼び止める声が聞こえる。

 辺りを見回してみると、そこには外套を羽織った、40代くらいの渋い顔をしたおじさんが立っていた。


「…俺の事ですか?」

「お兄さん以外に誰がいるって、言うんだい?」

「確かに、そうですね。どうかしましたか?」

「そうそう!そうなんだ。道に迷っちまってねぇ。」

「道、ですか。」


 よく見るとおじさんは手に地図を持っている事に気づく。


「ここらへんの地形がよう分かんねえんだよなぁ。お兄さん。地図読めるかい?ここに行きたいんだけど。」

「え?どこですか?」

「ほらここ!」


 おじさんが指している位置はよく見えない。


「すみません。どこですか?」

「こーこ!もっと近づいて!」

 

俺は近づく。

 

「あ、はい。えっとどこですか?」

「もっともっと近づいて!」


俺は更に近づく。

 

「はあ……どこですか?」


 すると次の瞬間、おじさんは無理矢理肩を組んできた。


「えっ!なんですか?!」

「お兄さん、ママから教わってねぇのか?知らない人と喋っちゃ危ないってよ。」

「え?」


 すぐさま、おじさんは俺の口元に布を押し付ける。

 薬品的なベタベタに甘い匂いが脳を揺らした。

 意識が遠のいていくのを感じる。

 あ、今日は良い1日では無いのかも知れない。

 そう思った直後、意識が途切れるのだった。


「よう、お兄さん。お目覚めか?」


 俺を起こしたのは、いつもの目覚まし時計ではなく、俺を拉致したおじさんの声だった。

 薄汚れた灰色のコンクリート床が靴底と擦れて音が鳴る。トタンの壁が四方に取り囲む、広い工場のような場所に俺は座っていた。

 脳の奥がじんわり痛い。

 見渡すとおじさん以外にも、黒いスーツを着た男が何人も俺を監視するように立っている。

 身体はロープで椅子に括り付けられていて、動けそうにない。


「あんた。俺に何をした!何が目的だ!」

「まあ、待てよ。俺も手荒らな真似をするつもりはない。ただ、お話がしたいだけだ。」

「話?」

「ああ、お兄さん。お前はあの『クラップ ハンズ』の劇場から出て来たよな。」

「…ああ。」

「じゃあ。劇団員なワケだよな。」

「そうだな。」

「ドラマツルギーの野郎を知っているだろう?」

「ああ。それが?」


 おじさんは至極真剣な顔をして、俺に言う。

 

「あいつを殺してくれ。」

「…!」


 俺は突然の事過ぎて言葉が出なかった。


「どうして?!ドラマツルギーさんを?!」

「お前には関係ない事だろ?お前はただ、劇場に戻ってアイツをぶち殺せばいい。簡単だ。なんなら銃やなんかは俺らが貸してやる。な?俺らじゃ劇場内はお断りだからよぉ。」


 おじさんは吐息がかかるほど身を乗り出して、俺に頼み込む。タバコの匂いがキツい。


「そんな事、するワケないだろ?!第一、ただの劇団員の俺になんでそんなことを頼むんだ?!頭がおかしいんじゃないのか!?」

「…ただの劇団員?」


 おじさんは俺の言葉を不思議に思ったのか、急に黙って困惑の表情を浮かべる。周りの黒服達もざわつき始めた。


「お前、ただの劇団員って言ったか?」

「…?それがなんだ!」

「お前、知らされてないのか?あそこはただの劇団じゃねえ。」

「何のことだ?!」

「………止めだ。」


 おっさんは急に、何もかもがどうでも良くなったかのように、顔の横で左右に振って言った。


「俺もヤキが回ったか?何にも知らねえ馬鹿1人捕まえた所で、ヤツに敵うわけねぇよな。」

「おい!なんの事だ!」

「うるせぇ!死にたくなけりゃ黙ってろ!」


 おっさんは外套の内ポケットから拳銃を取り出して、銃口を俺の額に当てた。

 

「…!」

「じゃあよ。何にも知らねえお前に教えてやるよ。『クラップ ハンズ』の事をよぉ。ありがたいと思えよ?まあ、なんだ。冥土の土産ってヤツだ。そうだな。何から話そうか。初めに言って置くと、お前が所属している劇団はただの劇団じゃねえ。暗殺組織だ。」

「な!」

「おい!黙ってろって言ったよな!頭吹き飛ばされてぇならそう言えよ!」


 おじさんは拳銃で俺の足の甲を打つ。鋭い痛みが走り、身体が跳ねる。革靴に空いた穴からドクドクと血が流れて、靴下が濡れる。火薬の匂いが鼻をついた。

 

「………がっ!」

「静かに聞いてくれるなら、いいんだ。信じられねぇかも知れないけどな。ヤツらの本業は演劇ではなく、暗殺だ。その証拠に劇団としての『クラップ ハンズ』は暗殺組織としての『クラップ ハンズ』より日が浅い。気に入らねえヤツらを隠れて殺す。それがヤツらなのさ。俺は、そんなヤツらが嫌いで嫌いで仕方がねえんだよ。ただでさえ、俺ら『アルブレヒト ファミリー』と仕事が被っているっていうのによ。アイツらをやろうとしてもドラマツルギーのやつが強くてイケねえ。だからお前らの中の誰かを拉致って、脅して、殺そうとしたワケだ。分かったか?」

「………」

「分かったか!って聞いてんだよ!」

「…!はい!」

「黙れ!うるせえんだよこの野郎。もういいよ。お兄さん。もうお前に何も求めちゃいない。この程度の事も知らないってんなら、さよならだ。」


 そう言うとおじさんは黒服に合図する。黒服の手には黒光りする拳銃が握られている。


「無能な自分を恨みな。」

「おい!止めろ!やめて!ねえ!」

「撃て。」


 俺は目を瞑る。身体全身が強張り、恐怖で震える。やめて、助けて、怖い…色んな感情が駆け巡り、走馬灯さえ流れ始める。

 ………しかし、いくら待っても発砲はされない。


「え?」


 俺は恐る恐る、目を開けると、そこには沢山の床に突っ伏した黒服とタバコを口に咥え、クシャクシャのスーツに身を包んだ味方のオッサン…マクガフィンが立っていたのだった。


「よお!坊主!生きてるか?はは!すまねえな!新人は危ねえから1人で帰っちゃいけねえんだがな。伝える前にお前がどっか行っちまうもんだから、セナリオのやつが心配してたぜ?ま、俺はどうでも良いがな!はは!」


 最初に会った時と同じような軽薄なセリフも今はただ、安心する。


「そういや坊主。俺の仕事が気になってたよな?見せてやるよ。今からな。」


 薄暗い廃工場の中、マクガフィンの目が光っているように見えた。

 おそらくここが俺にとっての『転機』となるのだろう。

 


 

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