第2話 「負け犬」と「主人公」

「起きてるかい?新入りくん?」


 目を覚ますとそこは見慣れない天井が見えるベッドの上だった。天井にはポツポツと変な穴が空いていて、どことなく鼻につく薬の臭いがする。壁は眩しいほど白く、前と右の二方を薄い緑色のカーテンで仕切られている。俺を起こした声の主はその仕切られた空間の中で椅子を持ってきて座っていた。周りを見てみた感じから思うに俺は医療室のような場所、その一角に寝ていたようだ。

 、、、ん?新入り?俺のこと?……ああそうか!俺合格したのか!いや頑張った甲斐があったというものだよな!本当に、大変だった!

 自分の身体に目線を落とすと身体中に包帯が巻いてあった。肘や膝などの関節でさえ、ぐるぐるまきにされて、かなり動きにくい。しかも、オーディションで蹴られた部分はあざになっているのか動かすとズキズキ痛む。

 それでも?まあ?めっちゃ蹴られたしめっちゃ罵られたけど、合格すればそれはそれでいいや!まずは合格できた事を喜ぼう!

 しかしこの横に座っている男の人は誰だろう?この明らかに胡散臭そうな丸眼鏡の男は?大体30代前半か?下手したらもっと上かも。背はあまり高くなく、ゆとりのあるフワッとしたベージュの服を来ている。「新入り」という言葉から考えるに、どうやら「クラップハンズ」の人っぽそうだけど、、、うーん。やっぱり見た事ないな。


「おっと僕が誰か分からないようだねー?」


 男は俺の顔を見て、まるで前フリをするように芝居がかった口調で話しかけてきた。


「ならば教えてあげよう。僕はセナリオ。ここの劇団の天!才!脚本家さ!スゴイだろー?光栄だろー?褒めてくれてもいいんだよー?」

「えっ!脚本家!?す、スゲェ!!いつもクラップハンズの劇、観てます!」

「おお!いい反応だ!本ッ当に久しぶりだよー!その反応!最近みんな僕が台本書くのが当たり前みたいな感じで接してくるし、あの「エピローグ」なんか、『黙って書けよ。馬鹿が。それが仕事だろ?』とか言ってくるしー!」

「あー分かります!そういう人いますよね〜俺も面接官の人が最悪の悪魔みたいな人でもう死ぬかと思いましたよ〜」

「お前らワイワイ楽しそうだな。俺も混ぜてくれよ」


 新しい訪問者の声に医務室中の空気が凍る。

 音もなく現れたのは、俺をイジメ倒した面接官のイケメンだった。


「ゲッ、エピローグ!!!」

「ゲッじゃねーよ、セナリオ。お前ここでサボってる暇あんのかよ」

「いやぁ、あはははは」

「次のシーンの台本はあがってるんだろな?」

「も、もちろんだよー。だけど新入りくんに色々教えてあげなきゃでしょー?だからちょっとの間渡すの待っててもらってもいいかなぁー?」

「、、、チッ、締切今日までだから覚えとけよ」


 そう言ってまた音もなく出ていった。あのバイオレンスイケメンはエピローグというらしい。嵐のような人だ。触れる物全てを吹き飛ばすような迫力がある。怖ぇ。あの人に蹴られてできた傷がさらにズキズキ痛むような気がした。


「、、、ふぅ、さっきのがエピローグ。残念イケメン。性格が終わってるサディストだよー。入ってきた時は可愛い後輩だったんだけどねー。今じゃ本当におっかないヤツになっちゃったよー。基本的には裏方だけど、たまに役者もやる。オールマイティなやつだよー。双子の兄がいるんだけど顔が似てるのに性格が真逆だから、気をつけてねー。まあ間違えないだろうけどー。」

「あの、エピローグって本名じゃないですよね?一体何ですか?」

「ああ、それは後にしようと思ってたけどいいや。おーいもう1人の新人くーん!」

「は、はい。な、なんですか?」


 呼ばれて狭い医務室に入って来たのは、気弱そうで俺と同じくらいの歳に見えるハッキリと喋らない男だった。彼は髪がツヤツヤで、見た目のフォルムも柔らかく、女みたいな男だなと言う印象だ。

 彼は、どうやらここで喋っている事は結構外に聞こえるようで、話していた内容は把握していた。しかし、新入りっていう事はあの面接を通ってきたのだろうか?この子は俺の同期って事になるのだろうか?てかなんで怪我してないんだ?俺はそんなことを痛む頭でグルグルと考えていた。


「よし!2人が揃った事だし、説明するねー!」


 男が入ったのを確認してから、セナリオさんは声を上げた。またもや芝居臭く。


「セナリオやエピローグって名前は僕がつけた名前で、この仕事するにあたるキャラクターネームみたいなものなんだよー。この劇団にいる子のなかには、名前が公表されるとまずいって子もいるしねー。」

「はぁ。そうなんすね」

「じゃあそろそろ君たちの名前をつけてあげるよー!」

「おお!」


 名前か。確かに俺の好きな役者さんもドラマツルギーっていう名前だったし、俺もどうせならカッコいい名前が欲しい。どんな名前になるだろうか。考えてる最中にセナリオさんが言う。


「じゃあボロボロな君からー!君はねー、そうだなー、完全に負けまくりみたいな格好だからー、噛ませ犬、アンダードッグって意味でー、アウトサイダーでー!」

「…は?」

「ん?どうしたのー?」

「いやいやいや、待って下さいよ!アウトサイダーって響きはいいんすけど、噛ませ犬って酷くないですか?!」

「そういう役やって欲しいなーってなっちゃったから仕方ないよー」

「そんな!酷い!適当に決めるな!」

「いいじゃん。アウトサイダー。僕は好きだよ?これから一緒に頑張ろうよー。アウト」

「もう浸透させようとしてるし!」

「じゃあ次はオドオドな君ねー!君はー、そうだな、君には何かを感じるねー。よし!主役、ヒーローって意味のプロタゴニストでー!」

「プ、プロタゴニストですか?、、、」

「そうだよー!」

「ズリィ!!俺も主役っぽい名前がいい!」

「いいの!アウトは黙っててー!」

「ぼ、僕も主役なんて、む、無理です、、、」

「いいんだよー、やってたら慣れるからー。頑張ってねー!プロちゃん!」

「プ、プロちゃんですか、、、」

「よしじゃあ名前も決まったところで他の劇団員を紹介するからねー!だから後で舞台に来てねー!僕は台本書かなくちゃだからー!」


 そう言ってセナリオは舞台がある方らしい出てすぐの通路の右側へ走っていった。………

 ところでだ。アウトサイダーか。カッコいい名前だとは思う。ただ噛ませ犬、噛ませ犬かぁ。なんで同期が主役で俺が噛ませ犬?ちょっとばかし納得いかねぇよなぁ。アウトって略称もそうだ。なんかストライク!バッターアウト!のアウト感があるしな。てかボロボロだから噛ませ犬って何?ボロボロなのはあんたらの所のエピローグって人のせいなんだけど!


「あ、アウト君?でいいのかな?、、、」


 プロタゴニストが話しかけてきた。なんて返そう。プロちゃんって呼んでいいのか?まあいいか


「アウトでいいよ、プロちゃん」

「はは、プ、プロちゃんって恥ずかしいよね」

「そんなことないよ、いいじゃん俺なんか噛ませ犬だぜ?」

「あ、アウトサイダーなんてかっこいいじゃない」

「無理して褒めなくてもいいって」

「む、無理してないんだけどなぁ」

「痛て、まだ太腿とかが痛いんだよな。強く蹴りすぎなんだよ」

「、、、ア、アウトさ。いつ聞くか困ってたんだけど聞いていい?」

「ん?いいけど何?」

「な、なんでそんなボロボロなの?」

「これは面接で殴ったり蹴ったりされたからでって、プロちゃんも面接うけたから知ってるだろ?」

「い、いやそんな危ない面接してないよ、、」

「は?あのほら!木刀当てたら合格!みたいな」

「ど、どこの世界線の話?」

「いやここの話!信じられないかもだけど!」

「あ、頭怪我してるの?」

「いや、してるけども!ガチだって!」

「う、うそだぁ」

「本当だって!!じゃあプロちゃんはどんな面接だったんだよ!」

「ふ、普通に台本渡されて読んだ」

「うそだぁ」

「お、おかしい部分ないでしょ?」

「あのドSイケメンがそんな事するわけないじゃん」

「そ、そのドSイケメンさんを知らないんだけど」

「え?あの全身黒色の」

「し、知らない。僕のところはセナリオさんが面接官だったし」

「、、、まさか面接官によって、面接内容違うのか?」

「そ、そうなんじゃない?」

「じゃあとんでもないハズレじゃねーか!なんでこんな死にそうな目にあってんの?俺!」

「ご、ご愁傷様です」

「プロちゃん!他人事だと思って!」

「い、いや、一歩間違えたら僕もそうなってたって考えると怖くて他人事とは思えないよ…」

「それもそうか…あっそうだ、舞台だっけ?行かないとじゃない?」

「た、確かにそうだね」

「よし、行こうか。プロちゃん」

「う、うん。行こう、アウト」


 プロちゃんがいいやつそうでよかった。やっぱり同期は仲良くないとな。そんな事を思いながら出てすぐの通路をプロちゃんと左に曲がった。

そう、「左」に曲がった。


「おい、坊主共。こっちはスタッフオンリーだぞ?真面目に仕事やってるのがバレちまうじゃねーか。」


 左に真っ直ぐ行った道の奥の部屋(楽屋?)にくたびれた紺色のスーツをきて、ワイシャツもよれている、ヒゲもろくに剃ってない小汚くイカついオッサンがタバコを吸っていた。

 何が真面目に仕事だ。明らかにサボってんだろ。舞台の裏って禁煙だろ?なんで吸ってんの?セナリオさん以外いい劇団員にあってないんだが。ここの劇団は治安が悪いやつしかいないのか?てかこのオッサン本当にスタッフか?スタッフオンリーだぞ。出てけよ。そんな考えを必死に抑え込む。本当に先輩だったら失礼にあたるし、それよりも気になる事があったからだ。

 そう、煌めく照明も、見渡す限りの赤い座椅子もそこにはない。あれ?ここは…?

 

「舞台じゃない?」

「あ?ジロジロしてどこ見てんだ?坊主。誰だ?お前ら?ん?………あー、今日入るって言ってた新入りのやつか?あれ?明日だったっけな?まあいいか。なんでも。はは!」

「えっと、はい。そうです。俺は今日から入る事になったアウトサイダーです。こっちは」

「プ、プロタゴニストです」

「はいはいそういうやつね。俺はえっとなんていったっけな?あー、年だな、もう、あっ、マクガフィン。マクガフィンだ。きっかけ、転機って意味らしいぞ?お前ら坊主どもは、悪いきっかけにならない事を祈るんだな!はは!」


 なんだこのオッサン。言葉に一切重みを感じない。


「あ、あの、マクガフィンさんは裏方の人ですか?役者の人ですか?」


 プロちゃんがオッサンに聞いた。


「あ?そうだな?俺は役者とか裏方とかじゃないんだけどな。あーそうだな。まあ強いて言うなら裏方だな。はは!」

「う、裏方の人なんですね」

「いや待てプロちゃん。この人本当にうちの劇団員か?役者でも、裏方でもないって言ってるぞ?」

「ん?なんだ?なんか文句あんのか?坊主ども。俺が言うことは100%正しいんだよ。常に、ずっと、有史以来からな!はは!」


 オッサンのふざけた言葉からは、酒の匂いがした。まだ昼間だぞ。やっぱり酔っ払いのオッサンが勝手に入ってきてしまった説を推したい。マクガフィンのくだりとか無かったことにしたい。俺が入りたかった劇団のなかにこんなやつがいるなんて信じたくない。


「マクガフィンさん。酒飲んでるんですか?」

「あ?羨ましいか?」

「いや、別に」

「いいだろ?今日の俺の仕事は終わったんだ。だから酒飲んでもいいし、ここでサボっててもいいんだよ。」

「へ、へぇ。裏方って早めに終わるんですね。」

「あ?メガロのやつ達か?まだやってるぞ?」

「え?」


 なんだか話がさっきから噛み合わない。


「あの、マクガフィンさんって何の仕事してるんですか?」

「さっき言ったろ?裏の仕事だよ。裏の。はは!」

「裏?」

「あ?セナリオから聞いてねーのか?裏って言うのは」

「おーい!そっちじゃないよー!こっち、こっちー!」


 話を遮って、走って来たのはセナリオさんだった。


「ごめんねー!どっちが舞台か伝えてなかったよねー!医務室から出て右側が舞台なんだー!ほら、あそこー!」

「す、すみません」

「いいんだよー!プロちゃんー!僕のミスだよー!ほら行きなー!みんな待ってるからー!」

「あ、ありがとうございます」

「アウトも早くー!」


 セナリオさんに急かされて舞台の方に向かった。マクガフィンさんの言いかけてた話は何だったのだろう。まあどうせ酔っ払いのうわ言だろう。


「マクガフィンー!楽屋でタバコ吸わないでよー!」

「あ?いいだろ?別に。はは!」

「うわ、酒くさー!もう飲んでるのー!?」

「なんだよ?俺の仕事が終わったのは情報屋のお前は知ってんだろ?」

「そういう事じゃなくてこの劇団の雰囲気の問題だよー!あの子達にも酷い先輩の姿を見せたくないしねー!」

「…あの子達、か。そういやセナリオ。お前ガキどもにまだ裏仕事の話してねえのな。ちゃんと説明しろよ?どうせ後から話すんだ。俺みたいな酷い先輩の話もな。はは!」

「わかってるよー…ちゃんと話さないとねー…」


 紫煙にまかれた楽屋の中、セナリオはそう呟いた。

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