Clap your hands

うさだるま

第1話 オーディション


『この世はすべて舞台だ。

そして男も女もその役者に過ぎない。』


人生が劇ならば、きっと悲劇だろう。






 人生、娯楽がないと面白くない。娯楽が嫌いな人間がいない事がその証明だろう。ゲームや本、テレビや漫画だってとても良い娯楽だ。

 皆んなもどれか一つには触れた事があるだろう。名だたる娯楽が蔓延る世界、

 だが、その中でも俺が好きなのは演劇だ。

 俺は幼いころから街で一番でかい劇団「クラップハンズ」の劇を見に行ってた。毎月末に親にねだって連れてってもらってな。煌びやかな照明や鮮明な音響が心を揺らし、素晴らしい台本と生きている演技が観客を没頭させる。何をとっても他の劇団に負けない最高の劇を見る事ができる場所。

 子供ながらに「いつかあの舞台の上に立ちたい。」そう思ってた。今考えたら、そこそこ高価な劇なのに俺の両親はよく連れてってくれたよな。

 まあいいや、そんな事は今どうでもいいんだ。皆んな聞いてくれ!俺は今から、その演劇に関して一世一代の大!イベント!があるんだよ!

聞いて驚け!なんとな、さっき言ってたあの「クラップハンズ」のオーディションに出れることになったんだよ!あっ!そこじゃねーか。まずお前は誰だって話だよな!俺は、


「オーディション番号7番入れ」


 おっと、話してる場合じゃねーや

 自己紹介は後へのお楽しみってことでな!


「失礼しまーす!!!」


 こういうのは初印象が大事なんだ。人間も見た目が8割って言うしな。ファーストインプレッションだっけ?力強くハキハキと!

 そう思い出来るだけ明るくパワフルに部屋に入ると、部屋の中は想像していた固っ苦しいオーディションの会場とは違い、向こう一面鏡張りのダンスとかを練習する部屋だった。ただダンスなんかできないほど床には物が散らかっていて、その真ん中に椅子も机もなく上下黒スーツで整った顔立ちの男が気怠そうに立っていた。

 黒髪に赤い瞳の鋭い目つき、背丈は高く、俺より若干年上に見える。彼は片手をズボンのポケットにいれ、態度悪くこちらを見ていた。

 しかし、驚きはしたものの、面接会場にいるという事は彼はおそらく面接官だろう。

 俺はもう一度全力で喋り始める。


「オーディション番号7番の、、、」

「いい、いらない」


 面接官らしき男に初っ端から出鼻をくじかれた。


「、、、え?」

「名前なんて聞いてない」

「えっ、でも」

「覚えられないし覚えるつもりもないからいらない」

「はぁ、そうですか」


「はあ、そうですか」と答えたものの、俺は内心怒り心頭だった。

 なんだこの面接官は?すました顔しやがって。一体何様なんだ?イケメンだからって調子に乗りやがって!

 ブツブツ心の中で呟く。

 しかし、この部屋。何にもないどころか物が散乱しているのでどこに立ったらいいのか分からない。足の踏み場もないと言えば言い過ぎなのだが、それでも子供が遊んで散らかした後みたいだ。

 あたりを見回すと木材やネジの入った箱。懐中電灯や何に使うのか分からないロボットアームなどよく分からない物が積み重なったり倒れたりしている。劇で使う小道具だろうか?にしても適当に置きすぎだが。


「なにぼーっとしてんの?オーディションに来たんじゃないの?」

「えっと、そうなんですけど、椅子とかは?」

「いつも使ってる部屋が清掃中だから今回は特別にこの部屋使ってるんだよ。だからそういう椅子とかも用意してない。そもそも椅子とか使わないしな」

「へぇ、そうなんですね。」

「どうでもいい事聞くなよ。馬鹿に付き合ってる暇はないんだ」


 吐き捨てるように面接官は言う


「、、、すみません」

「まあいいや、お前みたいな馬鹿でも即不合格にはならないからな。」

「、、、ありがとうございます」

「うちの劇団は基本的には実技が求められる。」

「実技、演技ですか?」

「それもあるけど、演技をするために一番大事なのは体力だな。特に殺陣の演技なんか死ぬほど辛い」

「じゃあ体力測定ですか?」

「基本的にはそうだ。ほら受け取れ」


 そういって渡されたのは、その辺に落ちていた木刀だった。


「なんですか、これ」

「その木刀で俺を叩け。」


ん?


「、、、Mなんですか?」

「、、、違う。やはり馬鹿だなお前は。」

「すみません」

「はぁ…仕方ない説明するからよく聞いておけ」


 大きなため息をついた後、面倒くさそうに面接官は説明を始める


「基本的には鬼ごっこみたいな物だ。その木刀が俺に掠りでもしたら合格になる。ただ俺はこの部屋を逃げ回るし、お前をしばく。好きにしばく。好きなだけしばく。お前が降参したり、気絶したら不合格だ」

「いや、それと演劇にどんな関係があるんですか?」

「別になんでもいいだろ、面接なんて。ここは俺に一任されている。簡単に済むならその方がいい」

「答えになってないですよ!」

「いいから始めるぞ。覚悟はいいか?よーいスタート!」


 そうイケメンが言うと既にイケメンはそこにはいなかった。優に5メートルはあっただろう小道具地帯を超えて、俺の目の前まで詰めて来ていたのだ。慌てて木刀を振り下ろす。だが木刀は虚しく空を切る。イケメンは余裕そうに避けた木刀が床に当たるのを確認しながら、ついでのように俺の脇腹を肘で殴った。


「ぐげっ!」


 イケメンの肘が鳩尾に入り、潰れたカエルのような声がでる。

 ただそんな事はお構いなしに、姿勢が崩れた俺にイケメンは追い討ちの蹴りをかます。


「うがっ!」


 容赦なく迫る革靴の爪先が突き刺さり、そこから鋭い痛みが登ってくる。その痛みに耐えきれず、俺はなすすべなく転がってしまった。

それでもなんとか、歯を食いしばり立ち上がるがその時にはもうイケメンの蹴りがやってきていて、また抵抗すらできずに倒れてしまうのだ。

 まだ面接は始まったばかりだが、既にこの部屋に入ってから、立ち上がっている時間よりも倒れている時間の方が長くなってしまいそうだった。


「おいおいどうした?こんなに近くに来てやってるのに木刀が当たりませんはおかしいだろ?」


 何度も蹴り飛ばされて、うつ伏せで倒れるしかできない自分に対して、蹴りと共に低く芯に響くような声が聞こえてくる。

 蹴られながらも声のする方に木刀を振る。

 しかし当たり前のように避けられる。

 鈍い痛みが全身を襲い続ける。

 なんとか這ってここから逃げなくては。


「早くしてくれよ。飽きてきた。惨めに逃げ回っても意味ないだろ?」


 なんて身勝手なやつだ。

 こんな状況でどうしろと言うんだ?

 うずくまっている俺を蹴り続けると言うイジメでもなかなかない光景がそこにはあった。

 痛い、痛い、痛い

 ただ今の自分にはもう泣き言も文句も言う余裕はなく、ただただ蹴られながら這い回ることしかできない。もう木刀も後一回くらいしか振る気力は残っていない。

 、、、でも降参はしない。したくない。ようやく得た、せっかくのチャンスだ。無駄にするものか。無駄にしてなるものか。

 絶対に、、、!


「普通のやつは降参する頃合いなんだが、どこまで這い回るつもりだよ」

「た、ただボコボコに、蹴られてた訳じゃない!」


 うつ伏せに潰れたまま、喉に血が絡んだようなガラガラ声で、空しい虚勢を張る。作戦に対する覚悟が揺らがないように。

 

「へぇ、なんだ?なんかあんのか?」


 最初の一振りで早々に正面突破はできないと踏んで、作戦を蹴られながら思いついた。

 俺が狙ったのは、この部屋に散乱する小道具の中の一つ、さっき見えた懐中電灯!這い回りながら木刀を持ってない方の左手で拾って、うつ伏せになって隠していた!このキーアイテム!そして、その光をこの性悪イケメンの目に当てれば!目が眩んで隙ができるはず!

 喰らえ!クソ野郎!


「あー、それか。さっき見た」

「えっ、」


ガッッ


イケメンに向けようとしたはずの手が上がらない。それどころか激痛が走る。それもそのはず、手首を踏まれているのだ。


「お前以外にもオーディション受けてるやつはいるんだよ。なぁ、お前は今日だけでも前に6人いるって事を考えなかったのか?その度に俺は色々やられるんだ。もう大体馬鹿どもが何やるか分かるんだよ。馬鹿らしい。お前が頑張って考えたアイデアは2人前の馬鹿と同じアイデアだったってわけだ。ちなみに教えといてやるが、その馬鹿は不合格だ。全く大したアイデアだな?」


 絶望だった。なにも考えられず真っ白になった。必死に考えて、ボロボロになってまで通そうとした作戦が見破られてたなんて、心が折れないほうが難しい。俺の心はもう完全に、負けていた。

 だからただの悪あがきだった。

 俺は踏まれて十分に上がらない手首で無理矢理、懐中電灯をつけていた。


「無駄な事はやめて降参しろ。どこを照らしている?」


 そんな声が聞こえるが体は止まらなかった。

 光は直進し、正面の壁の鏡に反射し、イケメンの目に当たる!


「なっ!」


 目に光が当たったイケメンはほんの一瞬隙ができた。隙とも呼べないようなほんの一瞬の隙だったが、

 その一瞬を見逃さなかった。

 木刀を残りの力を全て込めて振る。


「うおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 木刀は空を切る事なくイケメンの足に弱々しく当たった。


「当たった、、、当たったぞ、、、当たった!!」

「うるせぇな、黙れ。馬鹿が」


 イケメンはオマケに蹴りを入れた後、俺の上から降りた。


「俺はこれで合格ですか?!」


 ふらふらと立ち上がりながら、イケメンに聞く


「、、、チッ、ああ、合格だ。」

「あ、ありがとうございます」


 ちゃんと発音できてただろうか。

 あれ?なんか世界が傾いてきて、、、?

 そんな事を思いながら、俺の意識は切れた。

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