第15話 御宅拝見(後編)
「折角だから僕の部屋も見て行くかい?」
暫く経って、場がそこそこ和んだところで若冲が智弘達に声をかけた。
「見たい見たい!」
智弘が真っ先に叫んだ。
「僕も興味あるなぁ」
裕樹が続いた。
「じゃ、僕について来て」
若冲が松葉杖に手をかけてゆっくりと立ち上がった。足がしびれたのか、少しよろけそうになる。それを智弘と裕樹がごく自然に支えてやる。
「ありがとう」
若冲が笑顔を見せる。智弘が黙って頷いた。
居間から出て、そこそこ長い廊下の向こうに若冲の部屋はあった。
八畳ほどの広さのその部屋には絨毯が敷かれ、勉強机とベッド、そして本がびっしりと詰められた本棚が幾つもあった。
「すげぇ、分厚くて難しそうな本がいっぱいある」
智弘が目を丸くした。
「この本棚の中身を鑑みるに、ジャックは相当な読書家のようだな」
「絵の資料が殆どだけどね」
恵一の言葉に若冲はそう返事をした。
「それにしては本のジャンルがいろいろな種類揃ってるやん」
「まぁ、僕が描いてる絵のジャンルがいろいろだからね」
裕樹の言葉にも、何事も無いように若冲は返す。
智弘は本棚に近づき、一冊の本に手をかけた。
「ちょっと読ませて貰って良い?」
「良いよ、好きなだけ読んで」
若冲の答えに智弘が一冊の本に手をかける、その本を見て天が声をあげた。
「あ、これ『ハピの暢気な日常』じゃない?」
「良く知ってるね」
天が反応を示したのは、南の島を舞台に、擬人化された動物達が活躍する『ハピの暢気な日常』と言う絵物語の本だった。
「ウチの妹が好きな絵本なんだよ。グッズも幾つか持ってる」
「僕もグッズを幾つか持ってるよ」
天の言葉に若冲はそう返し、本棚の上を指し示した。若冲が指し示した先には、小は小指の先ほどのサイズのものから、大は掌に余るほどの大きさの様々な動物のフィギアが並んでいる。先述の『ハピの暢気な日常』に登場する動物達のフィギアだ。
「おー!すげぇ!再現度高ぇ!」
智弘が歓声をあげる。
「いちいち煩いぞ智弘」
「だってほら!こんなに小さいのにめっちゃ再現度高いんだぜ!」
呆れる恵一に向かい、智弘は小指の先ほどの大きさのウサギのフィギアを摘み上げて興奮気味に叫ぶ。
確かにそのウサギのフィギアを始め、どのフィギアも精巧に作られていた。
「他にもいろいろフィギアがあるみたいだね。このフィギアは…ひょっとして外国のメーカーの奴?」
そう言って天が指し示したのは、極めて緻密でリアルな恐竜のフィギアだ。
「うん。それは確かドイツのメーカーの奴かな。誕生日プレゼントに親戚から貰ったんだ」
動物達の精巧なフィギアを前に興奮する智弘を見ながら、若冲は嬉しそうな顔をしている。恵一が言った。
「済まんな、智弘の奴が煩くて。あいつ頭の中身がガキだから、こう言うの見ると年甲斐も無く騒ぎ出すんだ」
「大丈夫だよ」
若冲は、何処か嬉しそうに頷いた。
「おっと、こっちにあるのは『ネモと愉快な仲間達』やね」
裕樹がもう一冊の絵物語の本を手に取る。
それは小さなパンダのぬいぐるみに憑依した宇宙人の子供を中心に、様々な幻想的なキャラクターが登場する『ネモと愉快な仲間達』と言う絵物語の本だった。
「確か『ハピの暢気な日常』と『ネモと愉快な仲間達』って同じ作者さんやったよね?」
裕樹が若冲に問いかける。
「そう。夢飼龍 (むかい りゅい)って言う絵描きさん。夢飼さんの絵、好きなんだ。優しい感じがして。…でも、残念な事に若い内に亡くなっちゃって、世に出た作品の数はそんなに多くないけどね」
「そうやったんや」
裕樹が少しだけ沈痛な面持ちになった。若冲は言った。
「いつか、僕も夢飼さんみたいに、多くの人を和ませられる絵を描けるようになれたらいいな…って思ってるんだ」
そんな若冲の述懐に対して、恵一がきっぱりと言った。
「…ジャックはもう十分その域に達してるよ」
その後も若冲と級友達は談笑したり、トランプやオセロをしたりして楽しんだが、やがて空が薄暗くなり、夜の気配が近づいて来た。
麻世が少年達に声をかける。
「私はこれから旦那ちゃんを迎えに駅まで出るんだけど、若し帰り道が同じなら、途中まで序でに車で送るよ。どう?」
「あ、大丈夫です、歩いて帰れますから」
恵一が一同を代表して言った。
玄関で靴を履き始めた級友達に、若冲が声をかけた。
「今度は日曜日、みんなの都合の良い時にまた遊びにおいでよ」
「おう!是非そうさせて貰うぜ」
智弘が破顔一笑してサムズアップした。
「今度は何かお土産持って来た方が良ぇな」
裕樹が続いた。
「ジャックとは本の話題で良い会話が交わせそうだ。今度じっくり本について語り合おう」
「…僕もジャックとは本の趣味が合いそう。楽しい話が出来そうだ」
恵一と天が続く。
若冲はそんな級友達の姿を嬉しそうに眺めてたが、一呼吸置いてぽつりと言った。
「楽しみにしてるね」
級友達が帰った後、麻世はカバンの中から茶封筒を取り出して若冲に手渡した。
「はい。今夜のお夕飯分のお金。おばあちゃんが『たまには贅沢しなさい』って。3000円入ってるわよ」
「ありがとう。でも、ひとりじゃそんなに食べられないな」
「…それよりもさ」
麻世は少し表情を曇らせて若冲に訊ねた。
「お友達のみんなも帰っちゃって、ひとりのお夕飯がいつもより余計に寂しくなるんじゃない?大丈夫?」
「大丈夫だよ。ひとりの食事は慣れてる」
そう言ってから、若冲は珍しくにかっと笑って見せた。
「今日は友達のお陰で随分楽しい思いをさせて貰ったからね。それだけで十分晩ごはんのおかずになるよ」
「そう。それなら良いんだけど」
麻世が安心したような顔をすると、若冲は言葉を重ねた。
「兄貴に宜しく伝えて置いてよ。『友達が出来たお陰で、前の学校に居た時よりずっと楽しく学生生活を送ってる』って」
「判ったわ。伝えとく」
麻世は力強く頷くと、足元で退屈そうにしていた望を抱きかかえてワンボックスの助手席に乗せ、運転席の扉を開けた。
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