第14話 御宅拝見(前編)

ある日の放課後。


「ジャックの家に遊びに行って見たいな」

唐突に智浩がそんな事を言い出した。

「突然だなお前」

呆れたように恵一が返す。

「あ、僕は構わないよ。今日は部活休みだし。ただウチには誰も居ないから碌なもてなしも出来ないけど」

「突然お邪魔して大丈夫なのか」

若冲の返事に恵一が表情を曇らせる。

「うん、大丈夫だよ。今日は朝からばあちゃんが出掛けてて居ないから、ひとりでどう過ごそうかと思ってたんだ」

「ほなら、学校帰りにみんなで寄ってこかー」

裕樹が相変わらずのんびりとした調子で続いた。


若冲が友人達と連れ立って校門に至ったその時、9人乗りの白いワンボックスが校門前に止まった。

「若冲くん、迎えに来たよ」

運転席のドアが開き、快活そうな雰囲気のショートボブの20代中半くらいの女性が若冲達の前に姿を見せた。

「あ、義姉(ねえ)さん」

若冲が少しだけ驚きを見せた。


ワンボックスの運転手は若冲の兄・東洋の妻で、若冲にとっては義理の姉にあたる女性、竹林寺麻世(ちくりんじ まよ)だった。

助手席には今年5歳になる麻世の娘…若冲にとっては姪にあたる…の竹林寺望 (ちくりんじ のぞみ)が小さな手を振っている。


「ジャック、お姉さん居たの?」

智弘が意外そうな顔をした。

「正確には、僕の兄貴の奥さん。住んでる場所は別々なんだけど、たまにウチに来て色々やって貰ってるんだ」

「ジャックくん、お兄さんが居てはるの?」

裕樹が訊ねる。

「うん。僕とはだいぶ歳が離れてるけどね。今は一流サラリーマンとしてバリバリ働いてるよ」

「知らなかったぜ」

智弘が感心したように言う。そんな智弘と祐樹を見て恵一が険しい顔つきをした。

「挨拶も無しにぶつぶつ喋ってる奴があるか」

露骨に顔を顰めてふたりを嗜めた後、恵一は慌てて自己紹介した。

「初めまして、ジャック…いや、竹林寺君のクラスメイトの雪野恵一と言います」

他の級友達も慌てて恵一の自己紹介に続く。

「俺、樋口智弘って言います」

「僕は川澄裕樹と言います、どうぞ宜しく」

「…神木天と申します」

「いつもウチの若冲くんがお世話になってます、竹林寺麻世と言います。こっちのチビは望」

若冲のクラスメイト達の挨拶に、麻世は笑顔で返す。

「義姉さん、今日友達をウチまで連れて行こうと思ったんだけど、大丈夫だよね?」

「大丈夫よ?あ、おばあちゃんは今日夜遅くまで戻らないって言ってたから、お夕飯は店屋物を取って頂戴って。お金も預かってあるからね」

「判った。って事は、義姉さんは夜には帰っちゃうんだね」

「ごめんね。おばあちゃんが戻るまでは居てあげたいんだけど、夕方までに旦那ちゃんを迎えに行かなきゃならないの」

「了解」

若冲が頷いたところで、麻世が少年達に声をかけた。

「じゃ、折角だからみんな車に乗って。ウチまで車で移動しましょう」


ワンボックスに揺られる事20分。

到着したのは如何にも由緒あり気な古びた一軒家の日本家屋だった。

屋根は瓦で葺かれ、庭には手入れが行き届いた古い植込みが濃い緑を見せている。

智弘と裕樹は一様に驚きの表情を見せた。

「…ジャックの家ってひょっとして大金持ちなのか?」

智弘の問いに、若冲はちょっとだけおかしそうに答えた。

「家がでかいだけで、大した金持ちじゃないよ」

「ひょっとして、由緒ある家柄とか?」

そんな天の問いには麻世が答える。

「おじいちゃんが昔、剣道の道場を切り盛りしてたの。代々続く道場だったみたい。由緒はともかく、長く続いた家系なのは確かかもね」


✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽


それから5分後。


居間にしつらえられた大きな卓袱台を囲んで、少年達は思い思いの姿勢で腰を下ろしていた。

麻世がお盆に麦茶を淹れたグラスを乗せてやって来た。

「今日は遊びに来てくれてありがとうね。ゆっくりして行ってね」

「あ、お気遣いどうもすみません」

恵一が頭を下げた。少し緊張しているようだ。

「そんな固くならなくても良いよ、リラックスして」

若冲が笑顔で言う。智浩は居間の造作を見て、感心したように溜息を漏らした。

「しっかし滅茶苦茶年季の入った家だなー。柱とか黒光りしてるし。手入れとか大変そうだなー」

「大掃除の時は結構大変だよ、専門の業者さんに頼まなきゃならないからね」

若冲が答えると、壁に掛けられた絵をしげしげと眺めていた裕樹が訊ねた。

「あの絵はみんなジャックくんが描いたものなん?」

「うん」

若冲が描いたと言う絵は動物画だけではなく、ボタニカルアートや水墨画など、いろいろと種類がある。裕樹は感心した。

「いろいろ描いてるんやなー」

「ホント、若冲くんは絵を描くのが生き甲斐のようなものだからね」

麻世が望をあやしながら微笑んだ。


「ところで、みんな若冲くんの事を『ジャック』って呼んでるけど、何で?」

突然の麻世の問いに、智弘が喜色満面で答える。

「若冲を文字って『ジャック』。名付け親は俺です。本人も気に入ってくれてるみたいです」

麻世が目を丸くすると、若冲は嬉しそうにひと言添えた。

「智浩くんは、僕に親しみ易いニックネームをつけてくれた初めての人なんだよ」

控えめながら嬉しそうな若冲と、喜色満面の智弘を、代わる代わる見ていた麻世だったが、やがてにこやかに結んだ。


「良いお友達が出来て良かったわね、若冲くん」

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