第8話 病床来客
日曜日が過ぎ、月曜日になった。若冲は相変わらずベッドの中にいた。微熱と倦怠感がまだ続いている。
祖母の小百合が作ってくれたお粥を食べ、トイレに立つ他は、殆どの時間を若冲は眠って過ごした。
その、月曜日の午後の事。
若冲が浅い眠りから目覚めてみると、枕元にふたりの人影があった。
驚いた事に、枕元でスツールに腰を下ろして若冲を見守って居たのは直美とよしのだった。よしのが制服を身に着けたままなのを鑑みるに、学校から直接此処まで来たのだろう。
よしのは青い顔をして心配そうにしている。直美は少し機嫌が悪いようだ。
若冲が目を丸くしていると、直美が少し怒ったようなトーンで言った。
「私は確かに『横断幕に絵を描いてくれ』とは頼んだけど、『寝食を忘れてひと晩で仕上げろ』とは言わなかったわよ」
若冲はそこで初めて寝床から体を起こし、そして直美に問いかけた。
「…見舞いに来てくれたんですか」
よしのが無言でこくんと頷く。直美が言葉を続けた。
「おばあ様から電話があった時は驚いたわよ。鼻血出して気絶してたんですって?」
「お恥ずかしながら」
若冲がやや恐縮しながら言うと、直美は安心したように微かに溜息をつき、それまで不機嫌そうだった表情を一転柔らかなそれに変えて微笑んだ。
「ところで、横断幕見せて貰ったわ。想像以上の出来栄えね。やっぱりアンタに頼んで正解だったわね…クラスのみんなも喜ぶわよ」
「ありがとうございます」
若冲が礼を言うと、直美は「礼を言うのはこちらよ」とぽつりと言った。そして、再び厳しい顔つきになって若冲の額を人差し指で軽く小突いた。
「取り敢えず、明日も休みなさい。これは担任命令よ。ノートはよしのにコピーを取らせて持って来させるから、心配無用よ」
そう言って、直美はよしのの肩をぽんと叩き、ゆっくりと立ち上がった。
「じゃ、私は学校の仕事がまだ残ってるから帰るわね。よしのはそのまま少し世間話でもしてあげなさい」
直美が帰ってしまうと、部屋は急にしんとした雰囲気になった。
若冲もよしのも元来口が重く、あまり饒舌な方ではない。当然と言えば当然だろう。
暫く沈黙が続いた後、最初に口を開いたのはよしのの方だった。
「…横断幕、私も見せて貰ったよ。凄いね、あんな絵が描けるなんて」
「ありがとう」
若冲が微かに笑みを見せながら答えると、よしのが続けてとつとつと話しだした。
「…実はジャックくんが寝てる間、少しジャックくんの部屋を見せて貰っちゃった。結構本の好みが私に似てるね」
突然のカムアウトにきょとんとしている若冲に向かって、よしのは続けた。
「私、図書室に結構出入りしてるの。若し絵の参考になりそうな資料が見つかったら、ジャックくんに教えてあげるね」
「重ね重ね済まないね」
若冲はぺこりと頭を下げた。そんな若冲に、よしのは大きなサイズの封筒を差し出した。
「…これ、今日のノートのコピー。重要なところには蛍光ペンでラインを引いてあるから、参考にしてね」
「ウチの孫の為に済みませんね、小山さん」
小百合が玄米茶を淹れた湯呑と茶菓子をお盆に乗せて現れた。
「折角なので、もう少しゆっくりして下さいね」
「あ、ありがとうございます」
よしのが慌てて頭を下げて、お茶と茶菓子を受け取る。小百合はもうひとつ、別の湯呑を若冲に差し出した。
「番茶の湯冷ましよ。病み上がりの水分補給にはこれが良いんですって」
湯呑を手に取った若冲には、その湯呑の程よい暖かさが心地良かった。
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