第5話 食堂にて
翌日。
昼休み、学生食堂で天と若冲が同じテーブルで昼食を摂っている。
普段、若冲は祖母・小百合が作った弁当を教室の自席で食べる事が多い。若しかしたら、若冲が学生食堂で昼食を摂るのはこれが初めてかも知れない。
「本当にきつねうどんと稲荷寿司だけで良かったの?もっと高いもの頼んでも良かったのに」
天が、するするときつねうどんを手繰る若冲に向かって言うと、若冲は微かに微笑んだ。
「大丈夫大丈夫、僕の大好物だから」
天が若冲に頼んだ犬…ウェルシュ・コーギーの絵は、天が若冲に接触を図った翌日には完成した。
色鉛筆、水彩色鉛筆、ゲルインクペンを併用した、所謂「ミクストメディア」と呼ばれる手法で描かれたそのイラストは、天を感動させ、野次馬然に集まって来た智弘や恵一を唸らせた。
そして若冲が言った通り、謝礼はその日の若冲の昼食を天が奢る事で賄われる次第となった。
若冲は食堂に着くと、天にきつねうどんと稲荷寿司のセットをリクエストした。
…そして、今に至ると言う訳である。
差し向かいでテーブルについた若冲と天は、それぞれの注文した食事を楽しんだ。
若冲はきつねうどんと稲荷寿司のセットを。
天は日替わり定食を。
時折言葉を交わす他は黙って食事に集中する異色のコンビに、居並ぶ女子生徒の関心が集まった。
ひそひそと囁きながらちらちらと若冲と天の事を見ている。
それに気が付いた若冲が、振り向きざまに低い声で言った。
「…見世物じゃないぞ」
低い声でそう言われて、若冲が怒っていると思ったのだろう。慌てて女子生徒が周囲から離れる。
天がそんな若冲を見てぽつりと言った。
「ジャック、結構気がきついね」
「そうかな」
そんなふたりのテーブルに、3人の男子生徒が近づく。
智弘と恵一と裕樹のトリオだ。
「なージャック、ここ座って良いか?混んでて席が空いてないんだよ」
智弘が言った。
「空いてるよ」
若冲が答え、天も黙って頷いた。
智弘が真っ先に空いている席につく。続けて裕樹と恵一が座った。
「ジャックの描いたコーギーの絵、凄かったなぁ」
智弘が開口一番そう言った。のんびりと裕樹が続く。
「可愛く描けてたなぁ」
恵一は無言のまま、たぬきうどんとおにぎりのセットを黙々と食べている。
暫く皆が黙々と食事を続けた後、智弘が能天気にこんな事を言った。
「ジャック、この分だと暫く昼飯に困らないぜ」
「…絵を描く機械じゃ無いんだぞ、ジャックは」
恵一が智弘を窘める。
「然し何やなぁ、神木君が犬好きだったとは意外やったなぁ」
裕樹がぽつりと言った。
「意外だった?」
天が裕樹に向かって問う。そこへ智弘が嘴を挟んだ。
「神木の事だから、狼とか豹とか、そう言うカッコいいのが好きなのかと思ってたよ」
「良く言われる」
天がひと言、そう答えた。それから思い出したように付け加えた。
「…僕の事は『アマツ』と呼んでくれると嬉しい」
「アマツ君かぁ。何かカッコ良ぇなぁ。変身ヒーローの主人公みたいや」
裕樹が感心したように言った。
「じゃ、遠慮なく今後は『アマツ』と呼ばせて貰うぜ。宜しくな、天。俺の事も『トモヒロ』と呼んでくれ」
智弘が言った。恵一が続く。
「俺の事は『ケイイチ』で頼む」
「僕の事は『ユウキ』と呼んでや」
最後に裕樹がそう言った。天は三人の顔を見てから、ぽつりと言った。
「…宜しく」
若冲は、そんな級友達の姿を微かな笑みと共に眺めていた。
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