第4話 初依頼

若冲の趣味が『絵を描く事』であると露呈した、その翌日の事。


午前の授業が終わり、昼食の時間が来た。自席で弁当を広げる若冲の元に、すっと近寄った人影がある。


「…お昼ごはんを食べてる途中で悪いんだけど、ちょっと良いかな」


若冲が顔を上げると、そこには若冲より頭一つ分位背が高く、きりっとハンサムな顔つきをした、然し何処となく影がある雰囲気の少年が立っていた。

「えっと、ごめん、まだクラスメイト全員の顔と名前が一致してなくて…」

「…神木天 (かみき あまつ)。宜しくね。…えっと、名前は何て呼べばいいかな」

「ジャックで良いよ」

若冲が笑顔で言うと、神木天と名乗った少年はぽつりと返答した。

「じゃぁ、僕の事も『アマツ』と呼んで」

「それで、用件は?」

若冲が言うと、天は少し呼吸をして、それから答えた。


「実は、ジャックに絵を1枚描いて欲しいんだ」

「動物の絵とかなら幾らでも描くけど、何かリクエストある?」

「…犬の絵。コーギーとかダックスフントとかそんな感じの犬。出来ればカラーでお願いしたいんだけど、大丈夫かな?」

「色鉛筆画で良ければ、大丈夫だよ。サイズはどうする?」

「ハガキ位の大きさで描いて貰いたいんだけど」

「了解。今日家に戻ったら早速取り掛かるよ」

「ありがとう」

天は礼を述べると、その後少し言い淀んでいる様子だったが、やがて思い切ったように

「それで、絵を描いた謝礼の事なんだけど…」

「あ、タダで良いよ」

若冲は何事もないような表情で答えた。

「そんな、悪いよ」

天が戸惑ったような様子で言う。そんな天の姿を見て、若冲は少しだけ遠慮がちに続けた。

「元々僕の絵はそんな、まだまだお金取れるレベルのモンじゃないから」

「でも…それじゃ何だか申し訳ない」

天はそれだけ言ってもじもじしている。見かけのクールさに相反してシャイなんだな…と若冲は内心思った。


暫く沈黙が続いた後、やがて若冲が口を開いた。

「じゃ、こうしよう。今度の昼ごはん、学生食堂で何か奢って貰える?」

「そんな条件で良いの?」

天が信じられないと言う表情で若冲の顔を見る。

「うん、それで良いよ」

若冲がそう言うと、天は安心したような表情を浮かべた。

「それじゃ、宜しくね」

「嗚呼そうだ」

若冲が思い出したように言ったので天が目を丸くする。


「どうして犬の絵が入用なのか、差支えが無ければ聞かせて貰えるかな?」


問われた天は少し間を置いて、こんな事を話し始めた。


「実は僕、犬が好きなんだけど…僕には歳が離れた妹が居てね。妹が小さい内は『ペットが噛みついたり引っ掻いたりすると困るから』って理由で、ペットが飼えない事になったんだ。それで、今まで犬の雑誌とか写真集とかを読んで、犬を飼いたい気持ちを紛らせてたんだけど、昨日、ジャックの絵を見せて貰って『ジャックに僕だけの犬の絵を描いて貰おう』って思って…」


「判った。天くんに満足して貰えるよう、心を込めて描かせて貰うね」

若冲が力強く頷くと、天はほっとしたような表情で一礼して自分の席に戻って行った。


入れ替わりに、智弘と恵一と裕樹のトリオが若冲の席に近づいて来る。智弘が小声で若冲に耳打ちした。

「ジャック、神木の奴と何話してたの?」

「嗚呼、絵を1枚頼まれたんだよ」

若冲が答えると、智弘が意外そうな顔をした。

「おっかなくなかった?あいつ、今までクラスの誰とも仲良くならず、ずっと一匹狼を貫いてたんだぜ」

「そうなんだ」

若冲が意外そうな顔をすると、恵一が続けた。

「神木の奴、2年になってから俺達と同じクラスになったんだが…今まで誰とも馴れ合おうとしなかったし、誰かに自分から声をかけてくる事も無かったんだよ。幾ら絵を頼む為とは言え、向こうから声をかけてくるなんてちょっと驚きだ」

「ジャックくんの絵の魔力やなー」

のんびりした口調で裕樹が続く。

「ホントだ、魔力だぜ魔力。ジャックの絵の魔力があいつの心を溶かしたんだ」

智弘が鼻息も荒くそう言った。

「とにかく、頼まれたからには最善の仕事をしなくてはね」

若冲がそう言うと、智弘がにかっと笑ってこう続けた。

「なぁジャック、俺も今度絵を頼んで良いか?」

「調子に乗るな」

恵一が智弘を肘で小突く。

「おおう」

よろけながら痛がる智弘の姿を見て、裕樹が声をあげて笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る