魔王城② 〜モーミ・エクスペティットの場合①〜

ズーキくんとリヤンくんとのお茶会が終わった後、片付けをスンくんに任せて三人を見送りに行った。バカ息子であるスィースが来るとは聞いていたけど、まさかあの幼馴染の二人を連れてくるとは思わなかったわ。


最後帰る時、あんなにも震えていた息子はしっかり私の目を見て「行ってきます」と言っていた。あぁ、あの子も大人になったのね。小さい時に私がいなくなったばかりに、たくさん辛い思いをしてきただろうに。


それでも、母親である私を恨むことなく真っ直ぐに育ってくれて嬉しい。


「また、静かになるわねぇ」


「そうですね。というか、モーミ様。本当にご隠居なさるんですか?」


「もちろん。今すぐにでもしたい」


「でも、他の魔物たちに止められますよー?」


「えぇ……別に、私じゃなくてもいいじゃない……」


「よくないから言っているんですよ」


もうこれも片付けますね、とほんの一口だけお茶が残っているカップを持って行った。久しぶりに他の誰かと飲んだお茶は美味しかった。美味しくて美味しくて、もう二度とあの味を楽しめないのかと思うと、心の奥がキュウっと音を鳴らせる。


自分の息子が魔王城に向かっていると聞いた時には、本当に嬉しかった。あの国から追い出されてどれだけ経ったのか。正直、数えていない。というより、数えてしまったら現実を受け入れなくなりそうだったから。


あの人の見栄のために私は死んだことにされ、『今すぐ出ていけ』と追放された日。もちろん抵抗はしたのだが、まだ幼い息子を人質に取られてしまい胸が張り裂ける思いでペティット王国を後にした。


「……はぁ。嫌なこと思い出しちゃった」


「どうかされましたか?」


「ううん、ちょっとね。そういえば、元魔王って元気にしてる?」


「一応、元気みたいですよ。今では畑仕事をしているとか。今度、野菜を届けるって張り切っていました」


「老後の楽しみを見つけたのね」


そうですね、と相槌を打ちながらテーブルを片付けた。いつもスンくんと二人でお茶会をしているので、すぐに取り出せるようにテーブルが近くに置かれている。


魔法で出せばいいと言われるが、自分の手でできることは自分でするべきだ。何でもかんでも魔法に頼りすぎると、いざという時に何もできない。あのゴッド・アーシがそうだったのだから。


「にしても、勇者御一行はなかなか強そうでしたね。俺、勝てるか自信ないなぁ」


「何言ってるのよ。息子なんて、スンくんの足元にも及ばないって!」


「そんなに褒められると照れますね。あ、そういえばオークたちがこの前初めて人間と交渉したって言ってましたよ! モーミ様、根気強く教えてましたもんね」


「それは良かった。私なんて、何もしてないわよ。頑張ったあの子たちの成果だからね。他の子達も困っていたらいつでも言うように伝えるのよ。あんたはそのためにもここにいるのだからね」


「了解でーす」


彼独特の返事の仕方は随分前に慣れた。初め聞いた時はあまりにもだらしがないので指導したのだが、無理そうだったのですぐに諦めた。しかし、彼の仕事はこの返事に反して正確で速い。


個人的な指標だが、このようなタイプは本来の力を発揮するのには環境が必要だ。だからこそ、働きやすいように大勢いた部下たちに暇を与えて自力で暮らしていけるように教えたのだ。


初めこそ苦戦しており、団体行動ができない魔物たちや金貨の価値を知らない彼らにその価値観から教えるのには苦労した。元魔王の統治時代はまさに弱肉強食だったらしく、飢え死にする者も多かったとか。


今はそんな時代ではない。


誰もが平和に過ごせて、人間と魔物が上手く共存できる社会が必要なのだ。それなのに、あの国王と言ったら話を聞かない。それどころか、自分が好き放題できるように私を追い出す始末。


全く、とんでもない家に嫁いだものだ。

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