魔王城 〜リヤン・ハイムーンの場合④〜
「ほらほら、食べちゃって。お腹空いているでしょう」
「あ、ありがとうございます。あれ、スィースの分は……」
「あぁ、あの子はあそこで固まっているから。いいの、いいの。ささ、食べちゃいましょ!」
ちらっと扉の後ろら辺に隠れているスィースを見たが、未だにガタガタと震えている。どうしてあそこまで震えているのだろうか。確かに王妃様は怖い。なんというか、魔王様と言っても差し支えないほど迫力がある。
だが、悪いことをしなければ優しい。人情に熱い人だとも聞いているが、自分の息子には違うのだろうか。
「さっきの続きだけど、私が生きていたことは内緒にしてくれない?」
「え? どうしてですか? 王妃様が生きていたと知ったらアーシ様もお喜びになるかと……」
「そうね。あなたたちから見たら、そう見えるのよね。でも、そうじゃないの。あの人、私のことが邪魔になったから捨てたのよ」
「捨てた?」
思わぬ言葉に口の中に入れようとしていたお茶が止まった。カップを持ったまま、カチッと氷のように。俺だけではなかったようで、同じようにカズーキも細い三白眼の目を見開いている。それほどまでに彼女の話す内容は重い。
「ほら、あの人自分より優れている人がいるの、嫌がるでしょう? 神様のように扱わないと拗ねちゃうじゃない。『ゴッド・アーシ』なんてあだ名を付けたチーナちゃんはさすがね」
「あれ、チーナ様が考えたんだ……ではなく、その、たったそれだけで?」
「いいえ。あの人にとっては『たったそれだけ』ではないの。自分の尊厳に関わることだもの。息の根を止める気でやるわよ」
じっと俺たちを見る目に背中に一筋の汗が垂れた。確かに、今までのアーシ様の出来事を思い出すと心当たりがある。心がない、という言い方もおかしいのだが、人を人だと思っていない節がある。
薄々気づいている大臣も多いだろうが、口に出すことは憚れる。彼の気分次第では死刑にもなり得るのだから。
「まぁ、それで私は追い出されたの。だからね、ここに来て見たことは誰にも話してはいけないの。これは命令よ。王妃としての最後の命令」
命令と言いながら、俺たちにお願いをしているようにも見えるモーミ様。恐らく、俺たちの今後のことを考えての苦肉の策だろう。誰が好きで自分の息子を放置して消えるだろうか。
一人息子のスィースを、俺たちを同じように可愛がってくれていた彼女のどこにそんな無慈悲な心があるだろうか。ぎゅっと拳を握る。湯気が微かに見える中身は冷えてしまったのだろう。最後の小さな白い湯気が消えた。
「分かりました。誠心誠意、お応えいたします。カズーキも、そうだろう?」
「もちろん。お世話になった恩は必ず返します」
恐らくこれが最後のティータイムになるだろう。今後会えるかどうかも分からない。だが、必ず神様はどこかで見ている。最後の最後まで、死んでからもこの秘密は外に漏れないようにしよう。二人で頭を下げた。本当は跪いて誓うのだが、モーミ様に止められた。
「さーて、ちょっと冷めちゃったわね! スンくん! もう一度、お茶を入れてくれないかしら?」
「はいはぁーい。ただいまぁー」
しんみりとした空気に間延びした声が入ってきた。スィースの時には苛立ってしまうのだが、このスンという悪魔の時はすんなりと受け入れられる。魔法でもかけているのかと疑いたくもなるが、きっと二人のこの空気感が良いのだろう。羨ましい限りだ。
「ところで、魔王ってどこにいるんですか?」
「え? あぁ、あいつ? えっとね、私が倒しちゃった!」
「……え?」
「いやねぇ? 追い出された時にどこにも行くあてがないからウロウロしてたのよ。そしたらこの魔王城に着いちゃって。一晩でもいいから泊めてもらえないかなって思って魔王に会いに行ったの。でも魔王ったら、あ、元魔王か。元魔王が怒っちゃってねぇ? で、戦いざるを得ないじゃない? そしたら私、勝っちゃったの! ほんと、面白いでしょう?」
あはははは、と大きく口を開けて笑っているモーミ様。またタイミングよくやって来たスンは同じように笑いながら、「あれは傑作でしたねぇ」と俺たちのカップを手に取った。
いやいやいや、笑い事ではないだろう。魔王を倒した? 一人で? 仮にでも魔物たちをまとめている長だぞ?
そんな簡単に倒されたら俺たちは必要なかったのではないだろうか。悶々と考えて「ははは」と本日二度目の引き攣り笑いをした。
「あ、そうそう。これも言わなきゃって思っていてね。魔王はもう倒しちゃったから、死んだってアーシ様に伝えておいて。そしたらあの人も満足するでしょう」
「それは構わないのですが……その、スィースの手柄になりますけど、いいのですか?」
「えぇ? そんなのいいのよ。気にすることじゃないわ。私、もうそろそろ隠居生活を送りたかったからね。スンくんだけ連れて、のーんびり余生を過ごすわ」
ふわっとお茶の香りが広がり、「ふぅ」と一息吐く王妃様。せっかく温めてもらったスイートポテトに手をつけることなんてできるはずもなく、ただただ頭の中で今の状況を整理しようとしていた。
ちらっと横を見ると、固まっていた時の緊張感はどこへ消えたのか、お菓子を食べてお茶を啜ってやがる。お前、さっきまで死にそうな顔をしていたのに何しているんだ。目で訴えようともしたが、気づかないようなので諦めた。
「ま、これからもバカ息子と仲良くしてあげて。あの子の味方は、あなたたちしかいないから。何があっても、頼んだわよ」
「はい。この命にかけても、お守りします」
「そんな、命だなんて大袈裟よ! でも、お願いね」
「はい!」
カズーキと俺との声が初めて揃った瞬間だった。
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