旅の途中② 〜カズーキ・ユエンの場合⑥〜

「もうここには来ません! どうか、どうかお慈悲を! 病気の弟がいるのです!」


「うるさい! 何度も代わり代わり来やがって! 角を折られるだけでは分からないのか!」


「申し訳ございません! ですが、一週間何も食べられてないのです。少しだけ、ほんの少しだけでもいいのです。食料を分けてください!」


何度も頭を下げ、必死の様子で叫んでいたのは一人の魔物。いや、人間に近い魔物だろうか。どことなくオークに似ているような気もするが、それにしては痩せ細っている。棒切れのような腕と足。どこからどう見ても屈強なオークには見えない。ゴブリンだろうか。


「なぁ、カズーキ」


「何だよ」


「どんな行動しても、俺について来てくれるか?」


「はぁ? 何を今更。俺とリヤン以外に誰がお前の面倒を見れるかっての」


「だよな。うん、ありがとう。じゃ、ここで待っててくれ」


唐突な質問に答えると、納得したらしいスィースは前に進んで行った。


「シーバさん」


「あぁ、勇者様! こちらです。こいつらが何度も人を変えて盗みを働いているのです」


「そうですか。それで、私にどのようなご用件で?」


「二度と盗みが働けないようにしてください。腕を折るもよし、足を一本折っても大丈夫でしょう。あの角も健気な魔物が私に差し出してくれたのです。それ以上の物はもうないでしょう」


「頭おかしいんじゃねぇか、あいつ」


数メートル離れて見ていた俺は、思わず声が出てしまった。懇切ていねいに用事を聞いているあいつもあいつだが、それを聞かれて嬉々として答えているあの顔。どこからどう見ても愉悦に浸っているしか思えない。うっとりとした目で、あの飾り立てた角を思い出しているのか、ベラベラと話を続けて行く。


「さぁ、勇者様! こいつらに制裁を! さぁさぁ! 早く!」


唾を飛ばして捲し立てるシーバ。予想以上に危ないやつかもしれない。今は何も持っていないが、スィースの剣を奪って何かする可能性は十分に考えられる。嫌な予想は当たってほしくない。剣を持って来て正解だった。カシャン、と鞘から剣を抜こうとした時。


「本当に、いいのですか?」


「えぇ! もちろん!」


「こんなにも痩せ細って、挙げ句の果てに罠まで仕掛けて。彼の足に歯が食い込んでいますが」


「だから何だと言うのです! こいつらが悪いのでしょう!」


「確かに、盗みは良くないですね。では、シーバさんのいう通り切って差し上げましょう」


おいおいおい、何言っているんだ。助けるのだとばかり思っていた俺は思わず「スィース!」と声を荒げた。続けて言おうと思ったのだが、手をこちらに向けてきた。黙っていろと言うことか。鞘から剣を抜き、大きく振り上げる。


その間も魔物は「お助けください! お願いします!」と叫んでいる。本当に止めなくていいのだろうか。いや、あいつを信じろ。無闇に傷つけるやつではないことを俺らが一番知っている。勢いよく振り下ろされたと同時に、ガシャンと金属音が聞こえた。


「……え?」


「ほら、これで足はもらった。食料がないなら、俺が代わりに送ってやろう。そうすれば、弟さんも元気になるさ」


「で、でも……」


「ここら辺だよな? 大体でいいから場所を教えてくれないか? 俺の信頼できる部下にたくさん持って行かせるから」


戸惑っている魔物。それもそのはず、切ると言っていたのに実際に切られたのは罠。足を入れると自動的に足に食い込むその罠は、綺麗に壊されたのだ。やっぱり、あいつはお人好しだな。勇者がこんなことをするなんて知られたら、何を言われるか分かったものじゃない。


「ま、あいつらしいな」


「はぁっはぁっ ごめん、遅れた! あれ、もしかして俺の出番ない感じ?」


「おう、遅かったな。今解決したところだ」


息を切らして走って来たのは完璧に準備をしてきたリヤン。俺らと違って用意するものも多いだろうし、仕方ないか。出番がないにしろ、これで解決しただろう。呆気に取られていた魔物も何度も何度もお礼を言い、「いいっていいって!」と得意げになっているスィースがいた。


「な、何をしているのですか!」


「何って、成敗したけど?」


「し、してないですよ! こいつ、ピンピンしてるじゃないですか! 体の一部は? どうしてこんなことを!」


「うるさいなぁ。さっきから優しく言ってやってんのに、まだ分かんないの? もうこの子達は悪さしないから大丈夫だよ。お腹空いてたんだろ? それくらい、俺がどうにかするって」


「そうではなく!」


今にも暴れ出しそうなシーバは顔を真っ赤にして勇者を問いただしている。激昂していると言っても過言ではないな、これは。解決したとばかり思っていたが、再び不穏な空気が漂ってきた。


鞘におさめた剣をもう一度構えると、横では杖を持ったリヤンがいつでも止めれるように構えていた。考えることは同じだな。


「あぁ、そんなにも一部が欲しいならこれやるよ」


「何ですか、これは」


「何って、爪だよ、爪。ついでに足の爪を少しだけ切ったんだ。爪も体の一部だし、これでいいだろ? あ、でも装飾には向いてないからやめた方がいいと思うぞ!」


何かを渡したらしいスィースは、「はー終わった終わった!」と満足したようにこちらへと戻ってきた。魔物はオロオロと困った顔をしていたので、「早く戻れよ」と俺が言うと一礼して去って行った。さて、これでいいだろう。戻ろうか、と言おうとしたとき。


「ふざけんじゃねぇぞ、このクソガキ! 勇者だと思って調子に乗りやがって!」


「いや、俺ちゃんと勇者だし」


「うるさいうるさいうるさい!」


狂ったように批判しているシーバ。もらった体の一部を投げ捨て、ドシドシと足音を立ててどこかへ消えてしまった。屋敷とは正反対の方向へ走って行く姿を見て、おそらく逃げた魔物を追うのだろうと考えた。


しかし、こんな暗闇で見つかるわけない。暗闇は人間にとってかなり不利だ。それに、ここに戻ってくるかどうかも怪しいところだろう。抜きかけの剣をもう一度鞘に戻し、「もう一回寝ようぜ」と言っているスィースについて行った。



このまま居続けるのは危ないとリヤンが説得していたのだが、お気楽なこいつは「大丈夫だって!」と払いのけ、そのままベッドへと潜って行った。すぐに眠りについたのか、寝息が聞こえる。俺も不安ではあるのだが、魔物を追って行ったきり戻って来てないようなので、可能性は低いと判断。


うだうだ言っているリヤンを無理やりベッドの中に押し込み、自分自身も体を休めようと眠りについた。



「……なーんてな。詰めが甘いな、シーバ」



暗闇の中で動く人影が一つ。俺の声に反応したそいつは、振り上げていた剣をピタッと止めた。窓から溢れている月の光が反射して、鋭い剣先が見える。剣先の方向はぐっすりと深い眠りに落ちているスィース。あの状態ではどんな音がしても起きないだろう。はぁ、とため息をつき人影に近づく。


「やることが見え見えなんだよ。こいつでももうちょっとマシな演技するぜ」


「まぁ、仕方ないさ。こいつ、村民にもあまり好かれてないらしいし。悪いことが、だーい好きなんだよな?」


続けてリヤンの声が聞こえたかと思うと、ばっと振り返る。話しかけても一向に何も言わないらしいシーバ。往生際が悪いというか、何というか。逆上にも程がある。


「で、どうするんだ? ここで俺らに制裁を下されるか、国王様に告げ口するか。選ばせてやるよ」


「……何のことだかさっぱり分かりませんね」


「まだしらばっくれる気でいるのか。じゃあ、国王様に伝えて処罰してもらおう。きっと、死ぬより厳しい罰が待っているだろうな」


恐ろしく冷徹な国王様でもさすがに自分の息子を暗殺されそうになったと聞いたら、何かしら行動をするだろう。それに、国民が黙っていない。国王様よりもスィースの方が慕われているからな。


「じゃあ、あなた達も口封じさせて……」


「そうか。じゃあ、交渉決裂だな」


パンっと弾ける音がした後、カランと床に何かが落ちる音がした。「くっ……」と腕を押さえているのを無視してもう一度杖を振るリヤン。ドンっと壁にぶつかり、体内から空気をこぼしていた。ゆっくりと近づきながら剣を拾う。


「さて、どうしてやろうか。窓から落としてもいいなぁ。このくらいの高さなら死なないだろ」


「ま、待て! 俺が悪かった! だから、見逃してくれ!」


「今更命乞いか。くだらないな」


「あ、あんな人間に従うって言うのか! 噂では、知能レベルが異常なほど低いと聞いたぞ! あんな馬鹿に従い続けるのか!」


杖を構えているリヤンは目を大きく開いたまま、シーバの命乞いを一蹴した。おそらく、俺よりもこいつの方が怒っている。一般人相手なので強さは幾分か加減しているのだろうが、握っている杖が今にも折れてしまいそうなほど音を鳴らしている。今回は、俺の出番はなさそうだな。


「……そうだな。あいつは馬鹿さ。俺の話を聞かずに突っ走るし、人のご飯を横取りするし、勉強もほとんどできなかった」


「そ、それなら……!」


「でもな、お前みたいな真似は絶対しない。人や魔物関係なく、困った人には手を差し伸べる。優しさの塊だ。お前と一緒にするんじゃねぇよ」


ぐっと握られた杖を振ると、床に座ったままのシーバが浮かび上がった。体が浮く感覚に慣れていないこいつは「や、やめろ!」と暴れようとする。しかし、誰かに掴まれた訳でもない状態ではなす術もなく、ガチャリと開かれた窓へとゆっくり向かって行く。


「お前は、敵に回してはいけない人間を敵に回した。一生、死ぬまで、後悔するがいいよ」


「や、やめてくれっ た、頼む!」


「じゃあな」


豪華な窓から見える月を背景に、ぎゃああと叫び声が響いていた。




「どうもお世話になりました」


「いえ、何もできずに申し訳ございません。主人様も一緒にお見送りできれば良かったのですが」


「仕方ありませんよ。中に入れなくなったから外から入ろうとして落ちたのですからね」


「それもそうですね。本当にありがとうございます」


深々と頭を下げているリヤン。互いを労っている姿を見て、俺には真似できないなと実感させられる。朝イチでここを出発することになった俺らは従者であるこの人に見送られた。最後の最後まで色々あったのだが、終わり良ければすべて良しと言うことでいいだろう。


「シーバがいないのは残念だったけど、ありがとう! また遊びに来るからな!」


「えぇ、お待ちしております」


別れの挨拶もそこそこに、無駄に豪華な家を出た。俺たちが見えなくなるまで頭を下げている彼はあんなやつに仕えているのは勿体無い。余計なお世話だろうが、一刻も早くまともな主人に出会って欲しいものだ。


「そういえば、昨日の夜何かあったのか?」


予想外のこいつの言葉に心臓が跳ねた。もしかして、起きていたのだろうか。いや、あの時はしっかり夢の中にいたはず。嫌な心臓の跳ね方を感じながら、「何が?」とそっけなく答えた。


「いやぁ、何か叫び声が聞こえた気がしたんだけどなぁ」


「あぁ、きっと動物の声だよ。叫び声みたいに聞こえるって言われているからな」


いやいや、そんな言い訳で誤魔化せるか?  ちらっとリヤンの方を見る。しかし、顔色を一切変えることなく馬を歩かせていた。


「あ、そうなのか! えー俺知らなかったなぁ。リヤンは物知りだな!」


「お前が知らなさすぎるだけだろう。な、カズーキ?」


「あぁ、そうだな」


こいつが馬鹿で良かった。

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