旅の途中② 〜カズーキ・ユエンの場合⑤〜
「逃げ出すか?」
「いや、このまま泊ろう。きっと、今日にでもその犯人が現れるかもしれないし」
「そんなすぐに来るものなのか」
「さぁ? 勘だよ、勘。当たらなかったらごめんな!」
「お前の首だけで許してやるよ」
俺死ぬじゃん、と言っているスィースを無視して自身の荷物を床に置いた。一番手前のベッドはこいつが使ったので、その向かい側にあるベッドの近くに自分の甲冑を置く。ガシャン、と音が鳴った。
まともに休むことなく進んできたこともあり、ふっと力が抜けて、そのままベッドに向かって飛び込んだ。ぼすん、と跳ねるベッドの中にこのまま埋まってしまいそうだ。
「おい、そのまま寝るんじゃないぞ」
「だーいじょうぶだって。今のうちに休んでおこうぜ。何があるか分からないし」
「そうそう。大体、リヤンはいつも気を張りすぎなんだよなぁー」
「誰のせいで気を張っていると思ってるんだ、このやろう」
同じくベッドに飛び込んだスィースはお尻らへんをぐりぐりと蹴られている。イラつきが止まらないのだろうが、笑顔で人のケツをいじめているリヤンみたいにはなりたくないな。
「痛い痛い!」と何度目かの悲鳴が部屋の中に響く。スィースの言った通りになるのなら、早めに休んでおくのが得策だろう。あぁ、疲れが一気に出てきたようだ。沈んでいく自分の体の重さを感じながら、意識を深いところまで沈めて行った。
パチっと目が開いた時には外は真っ暗だった。明かりをつけ忘れたのか、俺らの部屋の中は真っ暗。少し湿ったベッドから顔を上げると、だらしなく寝ているスィースと荷物をしっかり片付けてから寝たであろうリヤンの姿。
「今、何時だ?」
部屋の中を見渡すが、時計らしきものがない。暗闇の中でどうにか目を凝らしていると、コンコンと軽快な音が二回鳴る。反応するべきか悩んだが、少しの間を空けて「はい」と返事をした。
「シーバでございます」
「あぁ、今開けます」
ギシっと鳴った古めかしい音。綺麗に飾られてはいるが、そこまで手入れがされていないのだろう。しょせんは、三流と言ったところだろうか。内側からかけられていた鍵を開け、少しだけドアを開く。目覚めた直後の光が目に入り、目を細めた。
「すみません、お休みのところ。今、よろしいでしょうか」
「別にいいが。何かあったのか?」
「本日話していた魔物が、罠にかかったのです」
「罠?」
「はい。ですので、ぜひとも勇者様に倒して欲しく伺ったのです」
罠にかかった。そんなこと、話していただろうか。畑が荒らされていることに困っているのは分かっていたのだが、罠を仕掛けるとは聞いていない。光に慣れ始めた目をパチパチと瞬きをさせた。
「……とりあえず、二人を起こすから待っていてくれないか。準備ができ次第、俺らも行く」
「かしこまりました。ありがとうございます」
深々と頭を下げているシーバに対して何も言わず、バタンと扉を閉める。落ち着け。まずは、リヤンを起こそう。それからスィースを起こしてから考える。やはりあいつは、どこかおかしい。
最後の最後まで礼儀正しく冷静に話をしているのを見て、背中に毛虫が這っているような感覚がしたのだ。魔物相手ではなく、人間相手にこんな感情になるなんて、おかしいに決まっている。
「リヤン、起きろ。魔物が出たらしい」
「んー……? 何、もう朝?」
「ちげぇよ。あの野郎、罠を仕掛けていたらしい」
「は? 罠? 何だよ、罠って」
「俺も分からん。やっぱりどこかおかしいぞ、あの地主」
眠そうに目を擦っていたリヤンは俺の言葉でパチっと目が覚めたらしい。ガバッと勢いよく起き上がって「説明してくれ」と寝癖のついた髪の毛で真剣に見つめてきた。
「いや、先にスィースを起こしてからだ。おい、起きろ」
「んぁー?」
「起きろ。魔物が出たってよ」
「んー……あと少しで支度終わるからぁー……」
「こいつ、いつになったらちゃんと起きれるようになるんだよ」
「まぁ仕方ないな。おい、スィース。起きろ、スィース。……チッ おーきーろぉぉ!」
「うわぁ! な、何!」
小さな舌打ちの後に大きな大きな声で叫びつつ、思いっきりこいつの体を起こしたリヤン。何か怖いものが聞こえた気がするが、気のせいだろう。何が起きたのか分からないらしい金髪野郎は周りをキョロキョロと見渡している。
まぁ、起きないこいつが悪いから仕方ないよな。「起きたか?」と俺が声をかけると、真っ暗になっている部屋に気づいたようで「え、今何時?」と時間を聞いてきた。
「さぁな。それより、魔物が出たってシーバが」
「お、やっぱり出たか。で、今はどうなってる?」
「それが、罠をいつの間にか仕掛けていたみたいで。その魔物とやらは引っかかっているらしい」
「なるほどなぁ」
「どうする」
「どうするって?」
「魔物を倒すのか?」
「それは会ってみないと分からないなぁ」
ボサボサ頭のままで考えている姿はかなり間抜けなのだが、本人は至って真剣。こいつの指示があるまで待っていて正解だっただろう。
その横では同じく寝癖が軽くついている状態の頭をどうにかして直しているリヤンの姿が。そのついででいいからこいつのくるくるフワフワの髪の毛をどうにかしてくれないだろうか。
「よし、とりあえず、シーバのところへ向かおう。話はそれからだ。カズーキ、すぐに行けるか?」
「あぁ」
「じゃ、行こうか。リヤン、先に行ってるぞー」
「え、待てよ!」
ベッドの端っこに置かれていた剣を持ち、そのまま勢いよく扉を開けて出て行った。こいつが急いでいると言うのなら、それ相応の理由があるのだろう。寝癖直しの途中のリヤンは焦っているようだったが、すぐに来るはずだ。
スィースについて行くべく、近くに置きっぱなしにしていた剣を片手に持ち、走り去った勇者を追いかけた。
外に出た時にはスィースの姿はなく、だたっ広い畑が広がっていた。明かりが少ない村だからなのか、真っ暗な暗闇が広がっている。どうするか、と悩んでいると「勇者様、こいつです!」と声を荒げているシーバの声が響いていた。
声のする方へ走って行く。ザクザクと土を踏む音がする。その中に「お、お願いします!」と涙まじりの声が聞こえてきた。
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