旅の途中② 〜カズーキ・ユエンの場合④〜

「すみません、ちょっと遅くなりました。それでは、お部屋をご案内いたしますので彼に着いて行ってください」


ヒョコッと現れた彼の数メートル後ろにいる一人の男性が頭を下げていた。俺も反射的に同じことをし、騒いでいたリヤンも「ありがとうございます」と言って頭を下げた。もちろん、スィースの頭を鷲掴みにして。


礼儀正しく振る舞っている従者らしき男性は、手慣れたように俺たちを案内した。さすがに一人人一部屋とはいかないようだが、なかなか豪華な部屋に通された。一部屋とは言っても二人は寝転がれるであろうベッドが三つ置かれており、シーバなりに見栄を張った結果だろうか。


「おー! めっちゃ広い!」


「ありがとうございます。シーバ様ご自慢の一室でございます。ごゆっくりとおくつろぎください。また何かありましたら、いつでもお声掛けください」


「何から何まで、申し訳ないです」


「いえいえ。それでは私はこれで失礼します」


深々と頭を下げた彼は静かに下りパタリと豪華絢爛な扉が閉められた。


「さて、スィース。さっきの話の続きなのだが」


「え? 続き?」


「あいつの様子がおかしいって話だよ」


従者の男性がいなくなった直後、鎧を脱ぎ捨ててベッドに飛び込んでいたスィース。ボフンボフンと音を立てながら楽しんでいるようだが、話を振られたことによりピタッと止まった。考えているようだが、もう忘れてしまったのだろうか。遊んでいた反動なのか、ベッドの軋む音がかすかに聞こえた。


「あぁ、あれか! そうそう。なんかさ、ただ嫌いなだけって感じがしなくてさぁ。んー、見たことある気がするんだけどなぁー」


「何だ、はっきりしないな。お前にしては珍しいじゃないか」


うんうん唸っているこいつをジトっと見つめると、「そうなんだよ!」といきなり起き上がった。寝転がった状態から勢いよく起き上がると、思っていたより跳ねたようでブロンドがふわふわと動く。


「昔、似たようなことがあった気がして仕方ないんだよ。でも、それが思い出せなくてめっちゃモヤモヤしているところ」


「あーあるよなぁ。あと少しで思い出せそうなのに思い出せないやつ」


激しく同意しているらしいリヤンは何度も頷いていた。俺は「早く思い出せ」と頭を叩く。痛そうにしているこいつを見て、昔のことか、と思い出した。自分のことではなく、スィースのことを。昔と言っても具体的にいつの話か分からないので何も言えないのだが、それなりに苦労してきたのは確かだ。


立場上、心無いことを言われるのも多かったのだが、それ以上にあのゴッド・アーシと呼ばれる国王様からの仕打ちが一番酷かっただろう。目の前で見ることはなかったのだが、ドア越しで怒鳴り声を何度聞いたことか。その度に何か反論しているようだったがあの方が話を聞くわけもなく、弱々しく「はい、お父様」と心細そうな声が聞こえていた。


「なぁ、カズーキもそう思うだろ?」


「あ? すまん、聞いてなかった」


「おいー、ちゃんと聞いてくれよ! 思い出せない時ってモヤモヤするよなって話!」


「そうか? 俺はすぐに諦めるけどな」


「いや、今回諦められたら困るのは俺らなんだよ」


「それもそうか。おら、早く思い出せよ、スィース」


ぐりぐりと人差し指をこいつの頬に埋め込む。強めに押し込んでいることもあり、「痛い痛い!」と何とか逃れようとするスィース。逃すものか。こいつの勘は当たる。よく当たる。


たまーに外れるけど、それは本当にレアだ。激レアと言っても過言ではない。だからこそ、思い出してもらわないと困るのだ。違和感があるのなら、早めに知っておかないと。


「あ、思い出した! ほら、お父様だよ!」


「お父様? 国王様がどうしたって言うんだよ」


「あいつ、お父様と同じ目をしてた!」


国王様と、同じ目を?


「魔物が嫌いとかじゃないと思うよ。たぶん、痛めつけるのが目的なんだと思う」


「お前、何を言っているんだ? そじゃあ、まるで……」


「痛めつける理由をわざわざ見つけているってことか?」


「そうじゃないかな。だって、どう見ても楽しんでいる感じだったし」


開いた口が塞がらないらしいリヤン。どう反応すれば良いのか分からないのだろう。どう考えても異常者だ。そんな異常者の家に俺たちはいる。逃げるべきだろうか。

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