報告書 〜アーシ・ペティットの場合②〜
「勇者様はお元気そうですか?」
「あぁ。今回も村人を助けたそうだ。そのお礼を私にも送ってくれたらしい。ナーイも食べるか?」
「いえ、私は結構です。今からひ孫と一緒に勉強をする約束をしているのでここでお暇させてもらいます。それでは」
スッと下がっていったあいつを見送り、パタっと閉まった扉を見つめた。食えないやつだ。前々から気に食わないと思っていたのだ。前代から仕えているからと言って、何かと口を挟んでくるのが気に入らない。
あの日から大臣を総入れ替えしたのにも関わらず、ナーシの人望は熱く誰もが「彼がいないと始まりません」と言うから仕方なく大臣の一人として入れたのに。
「まぁ、それくらいはいいか。さて、あいつは一体どんなフルーツを送ってくれたのだろうか」
見たことのないものには未だ抵抗があるのだが、こうして成長している息子の姿を見ると感極まる。やはり私も、親になったのだろう。
母親がいないという状況は可哀想だと思ったのだが、仕方のないことだったのだ。私にもできないことがあるからな。
近くにいた従者にこのフルーツを切ってくるように言い、先ほど目を通していた紙を再度手に取った。スィースの母親の行方についての報告書か。婚約者であるチーナ王女がまだ探していると誰かから聞いたな。
全く、余計なことをしやがって。私がもうするなと言ったのだから大人しく言うことを聞けばいいものを。しかし、昔から親交のあるセンライ王国との関係を悪くするわけにはいかない。少しずつこのことから遠ざければどうにかなるだろう。
筆を持ち自身の名前を書く。特に意味はないのだが、見たという証拠として残した方が良いだろう。数枚にわたり書かれていた内容に目を通すことなく、次の書類に手をつけた。
「アーシ様。ご準備が整いました」
「おお。もう切ったのか。早く持って来い」
「その……失礼ながら申し上げますが、本当にお食べになるのでしょうか?」
「何を言っておるのだ。我が息子がわざわざ送ってきてくれたフルーツを食べないでどうする。それともなんだ、変なものでも入っていたのか?」
「いえ、そんなことは一切ございません!」
フルーツを切るように頼んだ従者の顔は少し青ざめているようで、具合が悪いようにも見える。他のことで何かしら問題があったのだろうか。私が食べると言っているのだからすぐにでも持って来ればいいものを。
渋る彼に苛立ちを募らせていると、「それでは、お持ちします」と神妙な顔をして一度扉の外へ出てしまった。
「……ん? なんだ、この妙な匂い」
「失礼します。アーシ様、こちらがスィース様が送っていただいたフルーツ、ドリアンでございます」
「うっ な、なんだこの腐ったような臭い!」
明らかに鼻声になっているこいつ。私の目の前に置いたかと思うと、すぐに数メートルほど距離を空けた。こいつがこれを出すことをためらったのはこれか。
はじめに言ってくれればいいものを。本当に薄情な奴らばかりで困ったものだ。私はこんなにも骨身を削ってこの国に尽くしていると言うのに。
自分の鼻を摘んでこれを下げるように命令しようとした。しかし、先ほどまでそこにいた従者の姿が見当たらない。逃げたのか。国王である私にこんなことをするとは恥を知れ。
「くそっ」
舌打ちをして文句を言おうにも、鼻からだけでなく口からも臭いが伝わってくる。ここまで強烈な食べ物は見たことがない。捨ててしまおうかと考えた時、ノックが三回聞こえた。
「なんだ! 私は今忙しい!」
「アーシ様。こちら、先ほど届いた手紙でございます」
「そんなのは後で良い! 早くこれを下げろ!」
「いえ、今すぐご覧になった方が……」
「あぁ、もう何だ!」
先ほどの従者とは違うやつが中へと入ってきた。こいつもこのドリアンの臭いに勘付いたのか、鼻で息をするのを止めている。どいつもこいつも自分のことばかり考えやがって。
ガシガシと頭を掻いてイライラをどうにかして治めようとする。奪い取った手紙は先ほどよりも分厚く、何枚もあるらしい。一体、誰がこんなにも手紙を書いてきたのだ。
ガサガサと音を立て文字を目で追った時、ヒュッと喉が鳴った。
「こ、これは……」
「スィース様と従者二人からの請求書でございます」
「請求書? あいつは一体何をしたと言うのだ」
「あの、その、それは知らない方がアーシ様の身のためかと……」
「何だ、言ってみろ」
ウジウジとしているこいつの頭を叩いてやりたい気持ちでいっぱいになる。だめだ、こんなことをすると今度は私がこの国を追放されかねない。二度目の失敗はさすがに国民は許さないはずだ。視線を泳がしているこいつをじっと見つめると、勘弁したのか「実は」と答え始めた。
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