婚約者〜チーナ・センライの場合②〜

『チーナ様へ


突然のお手紙失礼致します。お元気でしょうか。さて、今回出した手紙ですが、スィースのことについて心配しているかと思いましてご連絡致しました。今は魔王を倒すべく、順調に進んでおります。自身の能力を最大に活かし、国民に愛されているようです。時折、宿代を全て民に渡してしまったり、右と左を間違えて命の危機を感じたりしていますが、それもご愛嬌でしょう』


「ゴッホゴッホ……」


「チーナ様! 大丈夫ですか!」


「え、えぇ。ごめんなさい、気にしないで」


ふぅ、危ない危ない。手紙を読みながら紅茶を飲むなんて、はしたないことをするものではないですね。お陰でお紅茶が無駄になってしまいましたわ。


相変わらずのトラブルメーカーのようで何より。そして、幼馴染のお二人の心中お察し致しますわ。


あの国の王子として生まれ、小さい時に母親が行方不明になり、父親としての役目を果たさない父親のもとでよく生きてきたものです。


目の前で他の手紙を読んでいたリリーも驚いていたのだが、「本当、変わらないねぇ」と呆れたようにため息をついていますわ。風に煽られたのか、ふわふわのカプチーノのような髪が揺れ「あ、そっちも見せて!」と私の手から手紙を取った。


「こらこら、そんなことしないの。私も途中なのよ」


「いいじゃーん! あ、私が内容読んであげるよ!」


新しいおもちゃを見つけた目をしている彼女。全く、好奇心だけで動くのをどうにかできないかしらね。まぁ、可愛い従姉妹だから大目に見ましょう。ここで咎めても機嫌が悪くなっては困りますから。


「えーっと、『一国の王子として、そして、勇者としての自覚が芽生えてきたようです。不器用ながらも自身の正義のもと、これからも多くの人々を助けるでしょう。私もカズーキと共に彼を支えいこうと思います。それでは、お身体にお気をつけて』だってさ! リヤン様、相変わらず丁寧な言葉遣いだよねぇ。本当、あいつとは大違い!」


「もう、リリーはスィースを敵視しすぎです。何をそんなに嫌いになるのです?」


「だって、気に入らないもん!」


そうですか、と視線を逸らした。私からしたら二人とも同族嫌悪のように見えますけど。でも、そんなことを言ったら二人してまた喧嘩を始めかねないから気をつけないと。


数年前に婚約式をした時にも大きな喧嘩に発展してそれはもう大変でしたよ。目が合い、自己紹介して、数分会話したと後すぐに喧嘩勃発。どんな街にでもそんな喧嘩っ早い人はいませんよ、全く。


まだウダウダと何かを話しているリリーの話を右から左に流し、彼のお母さんが頭の中に。行方不明になったと聞いた時には私の国も力を貸すと言って探しましたが、一切手掛かりが見つかりませんでしたわね。


通常なら何かしら物が落ちていたりするのですけど、あれは少し不自然だったような。そのことを国王様であるゴット・アーシ……ではなく、アーシ・ペティット様に伝えたところ「あなたが首を突っ込むことではない」と言われてしまいましたわ。


本当、今思い出しても腹立たしいですわね、あのクソ親父。


まぁでも、私の考えたあだ名が広まっているようで嬉しいので許してあげます。


「ちょ、チーナ! 取っ手が!」


「あら、ごめんなさい。私としたことが」


「もう、気をつけてよ! チーナの力は熊より強いんだから!」


「……えぇ、そうね。気をつけるわ」


リリーの声により、私が持っていたティーカップの取っ手が割れてしまっていたよう。ピキッと音が鳴ったことに気が付きませんでしたわ。考え事はよくないわね。過去のイライラを思い出したら止まらなくなります。一度コップを置き、深く息を吐いて吸った。


「ノース様ぁー! リリーはここに逃げておりますわよぉー!」


「え、チーナ! な、何してるの?」


「あなたがちゃんとお勉強できるようにしてあげただけよ」


「もしかして、熊って言ったこと怒ってる……?」


「そんなこと、ないわよ」


「絶対怒ってるじゃん! ……って、うわ、来た!」


ガタッと勢いよく立ち上がった彼女はひらひらのドレスの裾をたぐり、走り去って行くのを見てにっこり微笑んだわ。私にあんなこと言わなければわざわざ声を張り上げる必要なかったのに。本当、賢いのか賢くないのか、どちらなんでしょうね。


ふぅと一息ついていると、遠くから「リーリーさーまぁー!」と鬼の形相で走って来るノース様。女性の家庭教師と聞いていましたが、私たちのようにドレスを着ることなく男性のような格好をしてる様子。


珍しいと思って見つめていると、かなり遠くまで逃げたリリーを見つけたらしく二階の建物から叫んでいますわ。


「見つけましたよー! 今度こそ、絶対に逃しませんからね!」


元気でいいわね、と再度コップを手に取って紅茶を一口。やはり、スィースの味覚だけは信用できますわね。いつも私に世界の美味しいものを買ってプレゼントしてくれてるの。


変なものも多いけど、お馬鹿なあの人は味覚だけはしっかりしているようで全部美味しいと評判。そこはお母様に似て良かったわ。


「……あら、まだ続きが?」


リリーが置きっぱなしにしていた手紙の下に、まだ新しい手紙が。私としたことが、気づかなかったのね。まぁリリーが突然現れたから仕方ないわ。やれやれ、と心の中で唱えながら手紙を手に持ち読み直しました。


『追伸 オークを見て『チーナに似ている!』と言っていたことをここにご報告いたします』


「……ふふっ さーて、どうしてやろうかしら」


しばらくはあの人のお仕置きを考えることで忙しくなりそうね。

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