婚約者 〜チーナ・センライの場合①〜

「チーナ様。リヤン様からお手紙が届いております」


「あら、ありがとう」


 受け取った紙は複数枚あるようで、一体何が書かれているのかと心が躍る。時折、手紙をもらいながら隣国のペティット王国の話を聞いているけれど、今はどんなことをしているのかしら。これでも一応、一刻の王女だから気になっても仕方ないわよね。


書かれている内容に目を通していると、どうやらリヤン様だけが書いたわけではなさそう。もう一人の筆跡を見つけて手紙の最後を見ると、そこにはカズーキ様の名前が。


あら、あの人も手紙を書くのね。それにしてもあの見た目からは想像できない字を書かれるのね。文字だけ見ると、どこかの国の王子様のよう。まぁ、あの鋭い三白眼からは考えられないけれど。


「……へぇ」


おっと、ごめんあそばせ。ほんのちょっとだけ声に出てしまいましたわ。書かれている内容を目にしたら低い声が出てしまいました。


何か不都合なことがあったのかと先ほど手紙を届けてくれた使用人は「どうかしましたか!」と慌てて駆け寄ってきた。


「いえ、何もないわ。気にしないで」


首を横に振って彼女を制する。にっこりと微笑むと、つられたのか頬を引き攣らせて去って行った。あらら、そんな顔をしなくてもいいじゃない。私はただこの手紙の内容にどうしようもなく抱いてしまった苛つきを笑顔で消化しただけなのに。


ぐしゃぐしゃになってしまった手紙をもう一度広げた。


「私のことを暴れ馬と同じ扱いをしていた、と。……次会うのはいつだったかしら」


全く、あの人は一体何をしているのかしら。ある日突然勇者になるから旅に出るとか言いにきて、こちらはこれ以上問題を起こしてほしく……ではなく、危険な目に遭ってほしくないから止めたのに。


全力で首を横に振る私の目を真っ直ぐ見て「人々を救いたい」と言われたなら頷くしかないじゃないの。


はぁ、と深く深くため息をついた。激しいアピールをされて渋々婚約したのに、いつの間に彼に絆されてしまったのかしら。思い返せばそこそこしつこいアピールをしてきたような。


そうそう、城の前で私の名前を呼んだかと思えばいきなり歌い始めたこともあったわね。まぁ、物凄い音痴でティータイムの紅茶を吹き出してしまいましたわ。庭で飼っている犬が今まで見たことないほどに吠えていたわね。


温厚だったあの子が吠えるほどってどういうことかしら。


「チーナ! 遊びに来たよ!」


「リリー、また来たの? 今日は何から逃げてきたのかしら?」


「やだなぁ、毎回逃げてきているとでも?」


「違うの?」


「大正解! 今日はお裁縫だったけど、飽きたから脱出してきた!」


通りでさっきから使用人たちが走り回っているわけね。侵入者でもいるのかと思ったじゃない。へへ、と照れているこの子は従姉妹のリリー。歳は一つしか変わらないのだが、姉妹のようだと言われるの。


ただ、この子は物凄い飽き性ですぐに授業から逃げているのでいい加減叔父様に叱られればいいと思っているわ。


「あ、何これー!」


「カズーキ様とリヤン様から手紙が届いたの。読む?」


「読む読む! どーせ、あいつのこと書いてあるんでしょ?」


「まぁ、そうね」


机に置いた手紙をかき集めて片っ端から読んでいく。物語を読むのには苦労するくせに、人の手紙を読むのは早いんだから。好奇心が強いのも困りようね。湯気がなくなった紅茶を一口飲む。


さて、リヤン様の手紙はまだでしたね。一体何が書かれているのかしら。



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